ソウサ邸での昼食
午前中の仕事を終えたミリの祖母ユーレと、かなり仕事を前倒して片付けて来たミリの伯父ヤールもソウサ邸に戻り、ミリ達と合流しての昼食となった。
ユーレが皆に尋ねる。
「ミリが商人にならないって話は、もうしちゃった?」
「え?なんで?どう言う事?」
ユーレの質問にヤールが慌てる。
それに対してミリの祖父ダンが、ユーレの質問にだけ答えた。
「いや、まだだよ。一緒に聞きたいだろうと思って、話題にしてなかったから」
「そうなのね?ありがとう。じゃあ今訊いて良い?ミリ?」
「うん、お祖母ちゃん。商人にならない理由?」
「ええ。ソウサ商会に迷惑が掛かるからって聞いたけど、そうなの?」
「それはなくもないけど、商人になって私に何が出来るかを考えたら、私じゃないと出来ない事は特になくて、それだとやってもやらなくても一緒だから、やらない方が良いかなって」
質問をしたユーレは、想定と全然違うミリの答に言葉を詰まらせる。
代わりに口を開いたのはミリのもう一人の伯父ワールだ。
「ミリは商売は好きじゃないのか?」
「そうだよ。行商、楽しかったんじゃないのか?」
ワールの質問にヤールが被せた。
「楽しかったし好きだよ?」
「そうだよな」
「じゃあなんでさ?」
「好きなだけじゃ、商売は出来ないでしょ?」
もっともなミリの答に、ワールもヤールもまた、言葉を継げなかった。
代わりにダンがミリに尋ねる。
「行商だけではなく、好きは好んだね?」
「商売自体?」
「ああ」
「うん」
ミリの返事に、ユーレとワールとヤールがホッと息を吐いて肩の力を抜いた。
「そう。好きは好きなのね」
「それなら良かった」
「でも、行商であれだけ売り上げたのに、商人にならないのか?」
「でも、利益はほとんど出せなかったし」
「日帰りは効率が悪いからな」
「護衛費も経費計上したんだろう?」
「薄利で多売を狙ったのよね?」
「うん。馬車に積めるだけ積んで、半日で売り切れる様に」
ユーレとワールとヤールは、今度は揃って溜め息を小さく漏らす。
「なんでミリは商人を目指さないんだ?」
「好きだと言うし、考えもしっかりしているから、向いてると思うけど?」
「他になりたいものがあるのか?」
「貴族として生きるのかい?」
その言葉を言ったダンを三人が振り向いた。そして直ぐに三人は、ミリを振り向き直す。
「そうなの?ミリ?」
「貴族になっちゃうのか?」
「なっちゃうって、ミリは今も貴族だろ?でも、もしかして、縁談があったのか?」
「縁談はあったけど」
「なに?!」
「本当か?!」
「どちらの方となの?!」
立ち上がってテーブルに手を突いて、乗りださん程の三人の勢いに、反射的に体を引きながら、ミリは答える。
「パサンドさんからだけど」
「なんだ」
「あの件か」
「ビックリしたわ」
三人はまたホッと肩の力を抜いて、椅子に座り直した。
「その話もあったな」
「忘れてたよ」
「貴族の方からは縁談が来てないのね?」
「うん。他には聞いてない」
三人が取り敢えず落ち着いたのを見て、ダンが言った。
「それで?ミリは大人になっても、貴族として生きるのかい?」
「ううん。私が貴族で居続けるには、貴族と結婚しなくちゃだから、それは無理でしょう?」
「無理って、なぜだい?」
「だって、私には貴族の血が流れてないから」
「ラーラにも貴族の血は流れてないけど、バルさんの奧さんになったよ?」
「それは知ってるけど、お父様とお母様は例外でしょ?」
「まあ、そうだね」
それらの遣り取りに、ミリの曾祖母フェリが「血筋じゃないよね?」と呟く。
「血筋?曾お祖母ちゃん、何の事?」
「あんたの母さんも、同じ様な事を言ってたからね」
「なんて言ってたの?」
「バルと結婚できないとかなんとかさ」
「え?お母様がごねた話?私、そんな事言った?」
「貴族の血が流れてないから貴族になれないとか、好きなだけじゃ商人になれないとか」
「だってそうでしょ?」
「じゃあミリ、お前は、何ならなれんだい?」
フェリの問いに、ミリは咄嗟に答を返せない。
「ミリ。私はこの歳まで、自分が商人だと思ってたけど、お前から見るとどうだい?違うかい?」
「え?そんな事ない。私から見ても誰から見ても、曾お祖母ちゃんは立派な商人だよ?」
「それは私が商人の資格を持ってるって事かい?」
「資格って言うか、だって曾お祖母ちゃんは商人なんでしょう?」
「だからお前のその判断は、何を根拠にしてるかって事だよ。私が訊きたいのは」
「だって、曾お祖母ちゃんには経験も実績もあるし」
「根拠を訊いてんだよ。商人でなけりゃ、商人としての経験も実績も積めないだろ?じゃあ私にはどんな資格があって、商人なんだい?」
「だって、実際、現に商人だし」
「ミリ、お前、私が生まれた時から、婆さんだったとは思ってないよね?」
「え?なんで?」
「なんでって、ミリだって生まれた時から、今の大きさじゃなかったんだよ?最初は赤ん坊で、大きくなって今みたいになって、やがてラーラの様になってユーレの様になって、いつか私みたいになるんだよ」
「祖母さんみたいはねえよ」
「うるさいよ、ヤール」
「私はそうだけど、曾お祖母ちゃんも?」
「当たり前じゃないか。私だって生まれた時は赤ん坊だし、ミリくらいの美少女だった事だってあんだよ。周りからも可愛がられたもんさ」
「そんな訳、ないだろう?」
「聞こえてるよ、ヤール」
ヤールの呟きを拾って、フェリは睨む。
ミリは気を逸らして、「ミリくらいの美少女」が自分への褒め言葉に当たるのかどうか、悩んでいた。




