朝のソウサ邸で
ミリがソウサ邸の玄関先で馬を降りると、ソウサ家の男性達が出迎えた。
先ずはミリの祖父ダンが腕を広げて近付いて、ミリを抱き締める。
「良く来たな、ミリ」
「おはよう、お祖父ちゃん。今朝はどうしたの?みんなも」
そのミリの言葉に、ミリの伯父ワールが答えた。
「ミリが父親の事を知ったと聞いて、本当はミリの家を訪ねようかと思っていたんだ。ほら、父さん、いつまでも抱いてないで、ミリを貸して」
「いや、まだだ」
「いいから、ほら」
「そうだよ父さん。ミリも嫌がってるじゃないか」
ミリのもう一人の伯父ヤールが口を挟んだ。
「なに?」
「嫌がってないよ、お祖父ちゃん。ヤール伯父ちゃん、変な事言わないで」
「そうだぞ、ヤール。ミリの言う通りだ。ほら父さんも、いい加減にミリを放せって。ほら、ミリ、おいで」
「うん、ワール伯父ちゃん」
「行っちゃうのか、ミリ?」
「よし、良く来たなミリ」
そう言うとワールはミリを高く持ち上げた。
「うん。おはよう、ワール伯父ちゃん」
ミリを持ち上げたまま、ワールはその場でクルクルと回り始める。
「ほら、次は俺だ。おいでミリ」
「うん、ヤール伯父ちゃん」
ワールはミリをヤールの腕に渡した。
「ミリは会う度に美人になるな」
ヤールのこれは、褒め言葉だ、とミリは考えた。
「ありがとう、ヤール伯父ちゃん」
「ほら、次は私だ」
「父さんは一番最初に抱いたろう?」
ミリに付いて来たコードナ家の護衛女性達は、ミリを奪い合うソウサ家の男達を少し呆れて見ていた。気持ちは分からないでもないけれど。
「良いから、ミリを寄越せ。ほら、ミリ、おいで」
「あ、うん、お祖父ちゃん」
「このまま、運んでやろう」
「いや、父さん、それは狡い」
「父さんだと足下が危ない。ミリを抱いたまま転んだら大変だ。ほら、俺に寄越して」
「いや、ミリ、俺が運んでやるから、俺のとこにおいで」
「お前は今、抱いてたろう?父さんの次は俺の番だ」
「いいや、俺は直ぐに父さんにミリを取られたんだから、俺が抱いて連れて行く。こればかりはワール兄さんに譲れない」
「お前は大概の事を俺に譲らないじゃないか」
「だったらなおさら、ミリの事をワール兄さんに譲る訳ないだろう?」
「お前達、いつまで玄関でごちゃごちゃやってんだい」
そう言いながらミリの曾祖母フェリが、玄関に姿を現した。
「でも、祖母さん」
「でもじゃないよ」
「曾お祖母ちゃん、おはよう」
「ああ、おはよう、ミリ。ほら、ダン、早くミリを下ろしな」
「いや、私が連れて行く」
「良いから下ろしな。ほら寄越せ」
そう言うとフェリは、ダンからミリを奪い取る。ワールとヤールは、ミリを抱いたままフェリが倒れないかと、二人の周りに腕を伸ばして不測の事態に備える。
しかしフェリは、危なげなくミリを抱き抱えると、下に下ろした。
「ミリ」
「なに?」
「今日は帳簿付けは中止だ」
「うん」
いつもならソウサ商会の王都本社で授業を受ける。それなのに今日はソウサ邸に来る様に言われたので、その時点でミリは帳簿付けは行わないと思っていた。
今日は子供達が集まっている広場にも、脱走して向かうのは無理だろう。
「その代わり、少し話をするよ。お前達はどうする?」
フェリはミリから視線を外して、男性達に顔を巡らせる。
「私は同席するよ」
「俺も同席する」
「俺も同席するけど、父さんもヤールも仕事は大丈夫なのか?」
「問題ないよ」
「俺も。午後頑張るから、問題ない」
「ダメだね。ヤールは仕事を片づけてから来な」
「え?なんで俺だけ?」
「ダンもワールも昨日のうちに仕事を前倒してんだよ。お前も少なくとも午前の分を済ませてから合流しな」
「じゃあ同席するかなんて、訊くなよ」
「ヤール伯父ちゃん、待ってるから、お仕事頑張って」
「ああ、分かった、ミリ。ミリが応援してくれたから、仕事が頑張れる。直ぐに終わらせるから、待っててくれ」
「うん」
ミリに手を振りながら仕事に向かうヤールに、ミリも手を振り返した。
そのヤールにフェリが言葉を投げる。
「ミリに応援されなくても、仕事は頑張んな」
ヤールは変な顔を向けて来るけれど、ダンとワールはその通りだと思った。
ミリもその通りだと思ってはいたけれど、それを態度には出さず、ヤールに笑顔を向け続けた。
馬を預けると、護衛達はミリと別れて控室に向かう。
ソウサ家の三人とミリが邸内を進むと、途中でミリの祖母ユーレと行き会った。
「ミリ」
「おはよう、お祖母ちゃん」
ユーレはミリの傍に跪き、ミリの体を抱き寄せる。
「おはよう。色々大変だったね」
ミリはユーレの言う大変が何の事を指すのか分からなかったけれど、色々と言うのだから普通とは違う事全般を示していると考えて、「うん」と答えた。
「これからミリと話すって言うけど、ユーレも来るかい?」
ダンの言葉にユーレはチラリとミリとフェリを見てワールを見て、ダンに視線を戻して「ううん」と首を左右に振った。
「仕事を片付けてから、まだ話が続いていたら参加するかも」
「そうか」
「ミリ?今日はお昼、ここで食べるの?」
「え?どうだろう?どうするの、曾お祖母ちゃん?」
「そうだね。ミリもたまにはこの家で食べるか」
「うん。だって、お祖母ちゃん」
「じゃあ私も遅くてもお昼には帰って来るから、みんなで一緒に食べましょう。ね?お義母さん?」
「ああ。じゃあユーレが帰って来るのを待ってから、昼にしよう。話はそんなに掛かんないけど、やる事は色々とあるし、それで良いね」
その場で使用人を捕まえて昼食の指示をし始めたユーレを残して、四人は廊下を先に進んだ。




