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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第一章 バルとラーラ
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18 茶会

 恋愛より家の都合で結婚が決まる世の中だとしても、誰かを好きになったり憧れたりしないでいられない事もある。

 そう言う気持ちを持っている人達皆に、交際ブームは最初は歓迎された。食い付いたと表現しても良い。


 結婚にたどり着く可能性が低い想い人と、仮初(かりそ)めとは言え交際できる。

 その希望を胸に交際練習を申し込んで、しかし玉砕してしまう人も当然存在した。憧れの人に憧れているのは自分だけではなく、順番待ちの列に並ばさせてもらえない事さえあった。


 また想い人と付き合い始める事が出来ても、自分では望んでいないのに関係解消に至る人もいた。相性が合わないと思われれば練習相手をクビになる。

 もちろん本当の結婚相手とも相性が合わないかも知れない。しかし合わない相性を克服する練習などは行う人はいなかった。

 もし本番でその可能性があるならなおさら練習では良い関係を経験するべきだと、選ぶ側の人達が主張したので表立ってはそれが支持された。



 交際練習が上手くいかない人の中には、上手くいかない理由を自分以外に求めた人もいる。普通はそうだ。そしてその様な場合には大概、負の感情を伴う。

 その感情が相手に向かうならまだ良い。いや、刃傷沙汰(にんじょうざた)になったりしたら良くはないけれど。

 けれども他の人に八つ当たりなどすれば、良い所なんて一つも無い。


 そして自分より成功していて自分より立場が弱い者がいるなら、八つ当たりの対象に選ばれる場合が多い。


 交際練習が上手くいっていて、何かと人々の話題に上るけれど、練習相手が有名人で、その練習相手には別に思い人がいて、本人の容姿は平凡で、身分は低く、立場も弱い。

 そんな人がいれば、交際練習に関係ない人間からにだって、言い掛かりを付けられる事もある。



 リリ・コーカデスは久し振りに茶会に参加していた。


 最近は開かれるのが交際練習(がら)みの茶会ばかりなので参加する事がなくなっていたけれど、今回の会はリリと同世代を中心に見知った女性だけが集まると言う事で招待に応じたのだ。

 (ふさ)ぎがちなリリを心配した家族が、参加を強く勧めたからでもある。家族がリリを心配している事は、リリも良く分かっていた。茶会に出席する事で家族が安心するなら、気が進まくても参加するくらい何ともない。


 茶会ではたわいも無い話ばかりが(かわ)わされて、交際ブームに関わる話題は出て来ない。意図的に外されているのかも知れない。

 そんな雰囲気だったので、警戒が緩んだ。


「リリ。あの女の事はどうするの?」


 急に話を振られ、リリはかなり慌てた。表情は取り繕ったが、顔からは少し血の気が引いている。

 言いたい事も訊きたい事も分かるけれど、それにしても直球過ぎだ、と他の参加者達も思った。でも訊きたい。


「あの女って?」


 そう返してリリは、カップに口を付けた。


 直前の話題に興味が持てずに少しぼおっとしてしまった瞬間を狙われて、質問されたのに違いない。

 (とぼ)け切れてはいないと思う。応えも素っ気なさ過ぎる。けれど油断していた状態だったのに、声が震えなかったのは上出来だ。


 しかし一向に続きの声が上がらない。

 あの女が誰なのか、リリの口から言わせたいのだろう。

 リリはカップを下ろして、質問者を見た。向こうもリリを見ている。他の参加者もリリを見ていた。

 この場に参加しているのは、交際練習に参加していないか上手(うま)く進められていない女性ばかり。交際が上手くいっているならこんな茶会には出ずに、パートナーとの時間を過ごしているだろう。

 参加者達はあの女の件は話題としてはとても興味があっても、うっかり発言をして隣の火の粉を自分が被る訳にはいかない。それなので皆、リリの言葉を待った。


 小さく息を()きながら、折れたのは主催者だった。


「あの女とは、ソウサ商会の娘の事かしら?」

「ええ」


 リリから目を逸らした質問者は、わざとつまらなそうに答える。


「バルが()れ込んでいる、ラーラと言う女の事ね」


 再び視線はリリに集まる。


 主催者の助けはもう当てには出来ない。この状況で主催者に出来るのは話題を打ち切る事だけだ。

 そうなったら、リリは言葉に詰まって声が出せなかった、と噂が広がるだろう。目に涙を浮かべていたとか、嗚咽を漏らしたとかの尾ヒレが直ぐ生える筈だ。脚も生えて噂は一人歩きし出す。根も葉もない新たな噂も産む。

 ここでしっかり対処をしておかないと、やがては本当に社交の場に立てなくなってしまうかも知れない。


「どうとは?」

「それを質問したのよ。このまま(ほう)っておいて良いのかしら?」

「放っておくも何も、私と彼女とは何の繋がりもないわ」

「バルを通して繋がっているでしょう?」

「バルは私にとって、ただの幼馴染みだもの。そう言う意味ではあなたも同じでしょう?」

「私はバルにあんなに言い寄られてはいなかったわ。毎日何度もプロポーズされていたあなたとは違うわね」

「プロポーズじゃないわよ。単なる交際の申し込みだわ」

「それ、今もあるのですか?バル様からの申し込みは?」


 別の声が挟まれる。まだ学院に入学していない少女の発言だった。


「・・・いいえ」


 質問をした少女はリリの応えに顔色を失くした。少女は質問をしておきながら、バルからリリへのアプローチが今はもう失くなっているとは思っていなかった。訊いてはいけない類の質問だった事を少女は悟る。

 既に事情を知っていた他の参加者も本当はリリの口から言わせたかったから、少女の事を良くやったと心の中で褒めていた。もちろんそんな事は態度に現さないけれど。


「ごめんなさい。失礼な事を訊きました」


 そう少女は悪手を重ねた。

 その言葉にリリは沈黙出来ない。沈黙したら負けだ。


「いいえ、良いのよ。毎日毎日、鬱陶しいと思っていたから、スッキリしているの」


 言いたく無いセリフを言わされて少し震えたリリの声を聞いて、少女は自分がまた失敗をした事に気付いた。

 そして参加者達は心の中で、少女に拍手喝采を浴びせていた。


 ただし中には、可哀想だな、と感じている人もいる。助け船とまではいかないけれど、救命ロープくらいの積もりで助けを出した。


「リリにだけではなく、バルさんは他の令嬢にも言い寄らなくなったわよね」

「そうね。リリさん程じゃないけれど、私もバルに言い寄られていたから、とても助かったわ」


 別のロープも投げられたが、大丈夫か?ちょっと自慢気だけれど、体を張って自分が新たな標的になる積もりか?溺れる人を助ける積もりで、自分が溺れたりしないだろうか?


 しかし主催者は、新たな要救助者を望まなかった。


「他の人達も、みんなホッとした様よ。そう考えると、ラーラと言う女のお陰かも知れないわね」


 主催者は溺れる人を助ける為に、土手を壊して川の水を抜いた。

 ただしそれによって、新たな被害が発生する。


「でもあの女、いい気になってるらしいわよね」

「そうなの?私もそれらしい事を聞いたけれど、本当なのかしら?」

「あちらこちらで大きな顔をしているらしいですね」

「交際練習している平民達には、先輩面して口出ししているらしいわよ」

「それこそバルさんに言い寄られて困っていたどなたかにも、助かったとか言われたのかも知れないですね。貴族相手にも敬意が足りないそうですから」

「貴族も出席するパーティーで、バル様の婚約者の様に振る舞っていたって、聞いた事があります」

「私も聞いたわ。バルと何曲も踊って」

「そうですよね。独り占めしてバルさんとだけ踊って、他の方に誘われても踊らなかったと聞きました」

「なんなのかしらそれ?婚約者気取りって事?」

「身分上、愛人じゃないですか?」

「あら、あの女、バルの愛人になる積もりなの?」

「もうなっているのではなくて?」

「あの女好きのバルが誰にも言い寄らなくなったのだから、たっぷり満足させてあげているのかもね」

「そう言えば、平民の中にはそう言う女がいるらしいじゃない」

「私も聞いたわ。交際練習で体を許したんですって?」

「私も耳にしたけれど、本当なのね」

「相手は貴族なのに、それを盾に結婚を迫っるって、どう言う気なのかしらね」

「え?相手は平民で、同時に何人にも体を許したって話だったはずよ?」

「なんですかそれは。まるで娼婦ですね」

「なんの練習なのかしらね」

「娼婦の練習なのではなくて?」


 クスクスと控えめな笑い声が広がる。


「娼婦も平民ですものね」

「そうね。ラーラと言う女も何人にも体を許す女も娼婦も、みんな平民だわ」

「わたくし達は男性と二人きりになるだけでも、純潔を疑われるのに」

「教育がされてないのよね」

「違うわよ。そう言う教育を受けているのよ、きっと」

「男に体を許しなさいって?まあ、いやだわ」

「でもそうでもなければ、平民があんなに多い訳ないでしょう?」

「確かに子供が出来る様な事をしなければ、子供は生まれないものね」

「平民は夫を騙して別の男性の子供を産んでいても、処刑されたりしないでしょう?血を守ると言う意識もないし。大勢の男性と関係を持つから、あんなに数がいるのよ」

「ねえ、リリさん?」

「はい?」


 会話を聞きながら気持ちが沈み続けていたリリは、主催者からの突然の呼び掛けに鈍い反応をしてしまった。


「ちょっと良いかしら?」

「はい」


 促されてリリは立ち上がり、特に説明のないまま別室に案内された。

 侍女が二人分のお茶を淹れて、退室する。

 リリの向かいに座った主催者が口を開いた。


「男性と二人きりになっただけで不貞を疑われる私達は、騙されて休憩室に男性と閉じ込められただけで、未来が(つい)えるし家にも損害が出ます。でも平民はそうではありません」

「ええ」

「もし平民を懲らしめるなら他の方法が必要でしょう?でも命を奪う程ではないなら、わたくし達には手段が結構限られるわ」

「それは、そうですね」


 反論する気にもなれなくて肯定してみたものの、限られた手段と言うものがリリには思い付かなかった。


「それだからそう言う時は、平民にやらせれば良いのよ。平民同士なら加減が分かるから、適切な手段で思い知らせる事が出来るの」

「そうなのですか」

「ええ。あなたがそれを望む事があれば、わたくしは相談に乗る事が出来ますよ?」

「そう、ですか」

「あなたのご両親も心配していたわ」

「え?ええ」

「だから今日はあなたに今の話を伝えたかったの」

「そうなのですね」

「もちろんあなたが望まないのなら、相談に乗った事はご両親には内緒にするから。ただリリさんの心が軽くなる手助けをする用意がある事は、覚えておいて」

「ありがとうございます」

「かなり顔色が悪いから、こちらで休憩なさって。皆さんには良い様に伝えて置きますから」

「そうですか。ありがとうございます。申し訳ありませんが、少し休ませて頂きます」

「いいえ、大丈夫ですよ。ゆっくりと休んで下さい」


 そう言って立ち上がった主催者は、リリが立ち上がろうとするのを制して、部屋を出て行った。

 入れ替わりに侍女が室内に入り、一礼すると衝立の向こうに姿を隠した。


 室内にはベッドもある。

 先程の、罠で休憩室に閉じ込められる話が頭に浮かぶ。今日この場ではそんな事にはならないだろうけれど、ベッドで横になる気にはなれない。


 リリは座っているソファの背もたれに体を預けて目を閉じて、取り敢えず胃の当たりの気持ち悪さが治まるまで、体の力を抜いて休む事にした。

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