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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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容赦

 夜になって、パノはミリの使っている客室を訪ねた。


「ミリ、遅くにごめんね」

「いいえ、パノ姉様」

「時間をちょうだいって私から言ったのに」

「大丈夫ですよ」

「取り敢えず、今は謝りに来ただけだから。明日でも明後日でもその後でも、ミリの都合の良い時に話す為の時間を貰える?」

「今晩は良いの?今晩でも良いですよ?」

昨夜(ゆうべ)、ミリは寝不足だったのでしょう?今晩は早く寝ると聞いたわ」

「私は構わないけれど?」

「でも、直ぐ終わる話でもないし」

「パノ姉様はもうお休みになるの?」

「いいえ。私はまだもう少し、起きている積もりだけれど」

「それなら構いません。お話を聞かせて」

「う~ん、そう?」

「はい」

「それならミリはベッドに入って。眠くなったらそこで話を中断しましょう」

「え?横になってパノ姉様の話を聞くなんて、そんな失礼な事、出来ません」

「寝る前にする、物語の読み聞かせの積もりで良いわよ?」

「そう言えば、昔は昼寝をする時に、パノ姉様がお話をしてくれましたよね?」

「覚えているの?ミリがまだ幼かった頃の話だけれど」

「ええ。お話の内容は忘れてしまったけれど、いつの間にか寝てしまっていて、目が覚めたらパノ姉様がいなくて、探した事を覚えているわ」

「確かに、そんな事もあったわね。ミリは起きると、泣きながら私を探して」

「え?泣いてなんていないわよ?」

「そう?涙を流していたと思ったけれど」

「それは、きっと、きっとあくびをしたから涙が零れていたのよ」

「ふふ、そうだったのね」


 そう言うとパノはミリに手を差し出した。

 ミリが手を握ると、パノは言葉を続ける。


「では、あの頃みたいに寝るまで傍にいてあげる」


 そう言いながら、パノはミリをベッドに導く。


「そんな、子供扱いしないで下さい」

「ふふ、そうね。でも、寝るまでミリの手を握っていても良い?」

「え?なぜ?」

「そうね。手持ち無沙汰だから?」


 パノはミリをベッドに寝かせると、ベッドの上に腰掛ける。片手はミリの手を握り、もう一方の手でミリの髪を撫でた。

 パノの手が前髪に触れると、ミリは反射で目を瞑る。


「パノ姉様。髪をいじられると、寝ちゃいます」

「寝たら続きは明日でも明後日でも良いわ」

「ダメ。今日聞きます」


 そう言ってミリは目を見開いた。

 パノはその上に手のひらを被せ、ミリのまぶたを閉じさせる。


「目は閉じて。眠って良いから」

「今日話が終わらなくて、寝る時に何日もパノ姉様に付き添って貰ったら、私は独りで寝られなくなってしまうわ」

「それなら話が終わらなかったら、続きは一日置きにするから。あなたに時間があれば、昼間でも良いし」

「でも」

「ミリ?このままだと、中々話が始められないわ」

「あ、ごめんなさい」

「いいえ。そのまま、目を閉じて聞いてね」


 ミリの目を覆っていた手をパノはゆっくりと離す。


「あなたのお父様の子供の頃の話もしたいけれど、取り敢えず今日はまず、お母様が事件に巻き込まれる少し前から話すわね?」


 そう言うとパノは、またミリの髪を撫で始めた。



「あなたのお父様とお母様が交際を始めたのはとても評判になって、それを真似して交際の練習として付き合い始める人達が増えたの。

 私の周りの独身者は、半分以上が交際練習をしていたわ。最終的に、一度もした事のない人は、1割もいないと思う。

 それなので私も試しに始めてみたの。興味があったし、ちょうど誘われたから」


「それでその相手との婚約話が持ち上がって、まだ何も決まっていなかったのだけれど、一番仲の良かった友人にだけ、どうしても伝えたかったの。

 何も決まっていなかったから、誰かに聞かれて話が漏れるのも困るので、内緒話が出来るお店を予約して、その友人を招待したの。

 その友人がリリ・コーカデス殿。当時は侯爵令嬢ね」


「その時に私が出した招待状が、お母様の誘拐犯に利用されたの。招待状に押した私の封印を別の封筒に貼り替えてね。

 良く見れば貼り替え跡も分かるのだけれど、普通はそんなの疑わないから、ソウサ家の皆さんもお母様も、私からの呼び出しだと思って、信じたわ」


「その頃は、コーハナル侯爵家とソウサ商会も、取引がほとんどなかったから、ソウサ家からは招待状についての問い合わせがコーハナル侯爵家に送られたわ。けれど付き合いがないから、ソウサ家の手紙の処理は後回しにされていた。

 この家でも差出人を見て、開かれずに捨てられる手紙があるでしょう?詐欺としか思えない投資話を執拗に持って来る人とか?

 ソウサ家からの手紙は捨てられてはいなかったけれど、開封もされてはいなかったわ」


「招待日当日になっても、コーハナル侯爵家からは何も回答をしていないままだったわ。

 でも貴族からの呼び出しだと思えば無碍には出来なくて、お母様は呼び出された店に向かい、そして誘拐されてしまったの」


 ミリの髪を撫でるパノの手は、いつの間にか止まっていた。


「私の婚約は、実はその時はまだ、家族の全面的な賛成が得られていなかったの。お相手の家とコーハナル家とは派閥が違って、どちらかと言うと対立していたからね。

 それでも家族は私の希望を汲んでくれる方向で調整しながら、取り敢えず婚約申請まで進めてくれていたのだけれど」


「だからリリには内緒で話をしたのよ。彼女には一番に知らせたかったし。お相手の家とコーカデス侯爵家とは敵対してはいなかったのもあるわ。そして、婚約が上手くいくか心細くて、彼女なら私を応援してくれるって、頼る気持ちも私にはあったの」



 パノは上半身を傾けて、ミリの手を両手で包んで自分の額に付けた。


「リリはそんな素振(そぶ)りを見せない様にしていたけれど、私はリリがバルを好きだと思っていた。

 リリがバルを取り返す為に、ラーラを貶めようとしたのかも知れない。

 そもそも私がリリに自分の婚約話をしたから、交際練習もしていなかったリリが、周囲に遅れる事を焦ったのかも知れない」


 話の流れがミリの望まない方に近付いている。

 ミリは目を開けてパノの様子を見ながら、話の方向の修正を試みた。


「パノ姉様?リリ・コーカデス殿がその様な事を匂わせたり仰ったりしたの?」

「・・・いいえ」

「リリ・コーカデス殿はパノ姉様の所為だとは仰ってはいないのよね?」


 パノは手から額を離して体を起こし、ミリを見る。


「ラーラの誘拐が?」

「はい」

「それは面と向かって言われた事はないし、リリがそう言っていたと言う噂も聞いた事がないわ」

「リリ・コーカデス殿は、パノ姉様の婚約話を聞いて、喜んで下さったのではない?」

「その場ではね。でも本当に喜んでいたのなら、ラーラを喚び出す為に、私の手紙を提供するなんてしないでしょう?」

「私なら、そんな誰が仕組んだのか分かる様な手段は取らないわ。犯人はパノ姉様とリリ・コーカデス殿の仲違(なかたが)いも狙ったのではないのかしら?」

「そうね。そうかも知れないわ」

「それにコーカデス家は、お母様の誘拐に端を発して、苦況に陥ったと聞いています」

「ええ。確かにあなたのお母様の誘拐事件を切っ掛けに、コーカデス家はトラブルが続いて、侯爵家から今は伯爵家になっているし」

「それなので誘拐犯の狙いは、コーカデス家からコーハナル侯爵家とコードナ侯爵家を引き離す事だったのではないかしら?」

「そうね。それは当時も疑われていたわ」

「やはり、そう思えるわよね。引き離すまではいかなくても、コーカデス家とコーハナル侯爵家やコードナ侯爵家との関係を強化させないだけでも、良かったのかも知れないし」

「でも、そんな事の為にラーラは誘拐されたって言うの?」

「企んだ人は、侯爵家間の関係強化を(さまた)げる為なら、平民一人の未来を閉ざすくらい、なんの抵抗も感じなかったのでしょう」

「・・・そうね」


 パノはミリから視線を下げた。


「もしかしたら、私の縁談相手の家とコーハナル侯爵家との接近も、警戒されたのかも知れないわね」

「対立をしていたのなら、それが解消されたら困る人はいるのかも。でも、パノ姉様の縁談を邪魔する事を目的にするには、迂遠過ぎるやり方だと思うけれど?」

「それが目的ではなくても、私の周囲に波風立てて、隙を作らせようとした可能性はあるでしょう?」

「なるほど。それが上手く嵌まって、パノ姉様の縁談が立ち消えたと」

「ええ」


 パノの悲しそうな表情は、パノが交際練習相手の事を思い出しているからだと、ミリは読み違えた。



「ミリ」

「はい、パノ姉様」

「私が交際練習相手を好きになったりしなければ、あなたのお母様は誘拐されなかったかも知れないわ」

「え?パノ姉様?」

「何らかの被害はあったかも知れないけれど、お母様と兄弟のように育った二人を亡くす事もなかったかも知れないし、ラーラとバルはもっと幸せになれたかも知れない」


 ミリは抵抗を謀る。


「それは根拠がありません」

「そうね」


 パノはミリの言葉を軽くいなした。


「でも、少なくともあなたに(つら)い思いをさせる事はなかったわ」

「いえ、パノ姉様」

「いいえミリ。あなたのお母様が悪魔と呼ばれたり、あなたが悪魔の子と呼ばれたり、そんな事のない未来があった筈。ラーラとバルが本当の夫婦で、ミリの本当の父親がバルで、誰も傷付かなかった平和な日々が過ごせていたのかも知れない」

「パノ姉様・・・」

「ミリ。あんな事になるなんて、私は思っていなかったの。自分に訪れた恋に浮かれていただけなの。ただラブラと幸せになりたいだけだった」


 ミリは反論しようと考えを練っていたけれど、ラブラって何?いや誰?話の流れ的にパノ姉様の交際練習相手よね?との疑問に思考が逸れた。


「だけど周りの事を思う事なく、自分の事だけを考えた結果、あなたの幸せに傷を付けてしまったわ」


 パノの声は震え始めていた。

 パノはミリの手を放し、両腕を広げて覆い被さって、ミリを抱き締めた。


「パノ姉様?」

「・・・ミリ」

「はい、パノ姉様」

「・・・ごめんなさい」


 ミリはここからの反論方法を考えていたけれど、パノが嗚咽を漏らし始めたので、中止した。


 ミリはパノの背中に腕を回す。


 パノが悪いとはミリには少しも思えない。

 パノが悪いと言う事は、ミリが生まれて来たのが間違いだと認める事になる。それにはミリは納得出来ない。

 それにパノが、ミリが生まれた事を悪いとなんて思ってはいないと、ミリは信じていた。


 パノはただ、自身を赦せないだけなのだ、とミリは思った。そしてパノを赦せるのは、自分だけなのだろうと思う。

 バルもラーラもパノに赦しを与えられるのかも知れない。けれどミリが赦さない限り、パノは自分自身を責め続けるのだろう。


 パノに罪があるとしても、それはラーラの誘拐事件そのものから比べたら、非常に軽微な罪だ。

 だからそれを罪だと、間違った行いだったと指摘する人は、これまでいなかったに違いない。

 それなので誰にも責められる事はなかった。それなので誰にも赦される事がなかった。


 ミリは自分がするべきは、パノに反論する事ではないと気付いた。パノはミリに罪を否定して貰う事など望んでいないと、ミリは思い至る。


 ミリはパノの背中をトントンと、小さい子を寝かし付ける時の様に、ゆっくりと繰り返して叩いた。


「はい、パノ姉様」


 ミリはパノの謝罪を受け容れた。

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