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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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入浴している裏でまた

 ミリがコードナ侯爵邸から自分の邸に戻ると、パノが出迎えた。


「お帰りなさい、ミリ、話は後でね」


 そのままパノは通り過ぎて行くので、ミリを出迎えた訳ではなかったのかも知れない。


 コードナ侯爵邸で疲れを()めて来たミリは、昨夜使った客室で休む事にした。



 ラーラが入浴している時間を狙って、ミリの使っている客室をバルが訪れた。

 ミリに勧められてバルはソファに座り、ミリもテーブルを挟んで向かい側に腰を下ろす。


「ミリ?」

「はい、お父様」

「その・・・ミリは今夜も、この部屋を使うのかい?」

「はい、その積もりです」

「そうなのか・・・でも、昨夜(ゆうべ)は良く眠れなかったのではないかい?今朝は大分(だいぶ)眠そうだったと聞いたよ?」

「少し寝るのが遅くなったからだと思います。その分、今夜は早く寝ますので」

「うん・・・そうか」

「はい」


 視線を下げたバルが話を再開するのをミリは待った。バルの話がこれで終わりとはミリは思っていない。


 意を決したバルが、ミリを向いて口を開く。


「今夜からまた、私とお母様と、一緒に寝ないかい?」

「それは何故ですか?お父様?」

「いや、(じつ)は、私もお母様も、昨夜は中々寝付けなくて、今朝は寝坊してしまったんだよ」

「私が一緒なら、寝付けるのですか?」

「そうだね。今まで通りなら大丈夫だと思うよ?」

「ですけれど、私が一緒だと、お父様とお母様は、本当の夫婦になれないままではありませんか?」

「いや、まあ、そうなのだけれど」


 バルは視線を彷徨(さまよ)わせた。


「お父様?つまりお父様は、お母様と本当の夫婦になりたくないと言う事ですか?」


 ミリの言葉をバルは慌てて否定する。


「いや違う!そうではないんだ」

「そうですよね?そう仰っていましたよね?」

「いや、まあ、そうだけれど・・・」


 バルは言い淀む。

 その通りなのだけれど、娘の前で断言して良かった話題だったのか、今更悩んだ。


「ですが、今の話をお母様が耳になさったらきっと、お父様は本当の夫婦になりたくないのかと受け取ると思いますし、そして傷付くと思います」

「いや、そうだけれど、それは私も思うけれど、私はお母様を傷付ける積もりで、こんな事を言っているのではないんだよ」

「はい。分かっています。だからこそ、お母様がいないこの時間を使って、お父様は私を訪ねていらっしゃったのでしょうから」

「うん、まあ、その通りなのだけれどね・・・」

「ですけれど、お父様のお気持ちに関わらず、お母様は傷付きますよ?」

「・・・ああ。分かっているよ」


 そう言ってバルは視線を落とす。

 ミリはテーブルを回ってバルの隣に腰掛け、バルの手を握った。


「お父様?お母様は、お父様に()れられるのは怖くないと、お父様の前で仰いましたよね?」

「ああ。そうだね」

「お父様が、お母様に触れる事に恋焦がれている、と仰ったのも、お母様は聞いています」


 バルは「ああ」と応えながら、娘の前で何を口走っているんだ昨日の俺、と思った。


「お母様は、お父様が触れて来ると思って、待っていらっしゃるかも知れませんよ?」

「あ、いや、それはそうかも知れないけれど・・・」


 バルは昨夜、背中からラーラに抱き締められた事を思い出す。


「少なくともお母様は、お父様に触れられる覚悟をなさっていると思います」

「それは・・・でも、いきなり触れるのは、さすがに」

「ええ。ですが私がまたお父様とお母様と一緒に寝たら、そのお母様の覚悟は無駄になるだけではなく、それこそお母様を傷付ける事になると私は考えます。お父様?違いますでしょうか?」


 バルは違うとは答えられなかった。

 けれども、自分が(おこな)おうとミリに持ち掛けていた事なので、その通りだと肯定を口にする事も出来ない。


「お父様?何も今すぐ、お母様と本当の夫婦になる必要はないと、私は思っています」

「うん、ああ」

「お母様も覚悟をしたとは言え、お父様を恐れてしまうかも知れない事自体、お母様は恐れていると思います」

「・・・そうだね・・・」

「それなので、お母様との距離を少しずつにでも縮めて行くのはどうでしょうか?」

「ああ・・・そうなのだけれどね」


 ミリはまだ押しが足りないのかと思った。


「お父様からお母様に触れる事は、出来ないのでしたでしょうか?」

「そうだね」

「それは、私が生まれる前からずっと、同じ状況ですか?」

「そうだな。お母様は手で掴まれるのを恐れたから、エスコートする様な時も、手の甲をお母様に向ける様にしていたからね」

「そのまま、それ以上の事には挑戦をしなかったのですか?」

「挑戦って、それは、まあ、うん」

「それは何故ですか?」

「いや、何故って言うか、結婚時にお母様に触れない事を約束したからね」

「触れない事の約束ですか?怖がらせない事ではなく?」

「怖がらせないのはもちろんだけれど、その為に私からお母様に(さわ)らない事も約束したんだ」

「それでしたら先ずは、その触らない約束の明示的な撤廃からですね」

「いや、でも」

「でもではありません。お父様はお母様に触れたいのでしょう?」

「それは、うん」


 バルは「うん」とは肯定したものの、娘に何を訊かれているんだ、と思うと途端に否定したくなった。少なくとも理由を付け足したい。

 けれどもミリが直ぐに声を出したので、バルは恥ずかしい言い訳を口にしなくて済んだ。


「それならまず、お母様にその気持ちを伝えましょう」

「え?いや、気持ちって、だって」


 バルがラーラに思いを告白したその日に、二人は戸籍上の夫婦になって、そしてそのまま今日(こんにち)まで来ている。

 それなので、付き合い始めたばかりの恋人状態が、そのまま今日(きょう)まで保存されている。バルの甘酸っぱそうな(うぶ)さはそれ由来だった。

 もちろんミリは、そんなバルの甘酸っぱさなど斟酌しない。父親の甘酸っぱさって、なにそれ?



「お父様?」

「え?はい」


 ここに来てのミリの声の真剣さに、バルは少し飲まれた。


「お母様が特殊な状況でお父様と結婚したからと言って、油断なさってはいけません」

「・・・え?・・・」

「私が成人する時も、お母様はまだまだ若いです」

「・・・そうだけれど?」

「女性に取って、子供が独り立ちしたら、結婚当時に必要としていた夫の価値は不要になります」

「え?」

「いえ、不要は言い過ぎかも知れません。ですけれど、お母様は投資で自己資産を蓄えていますし、いざとなれば商いをする事で、独りでも生きて行けます」


 ミリの言葉にバルは声が出なかった。


「他の男性が近付けないからと言って、お母様をこのままにしておいたら、お母様はお父様から離れていくかも知れませんよ?」


 バルは唇を開けたり閉めたりするけれど、やはり声は出ない。


「お母様がお父様に引け目を感じている限り、お父様の前からいなくなる事は覚悟しなければなりません」

「・・・どうしたら・・・」


 やっと出たバルの声は擦れて小さく、心細いものだった。

 ミリはそのバルの様子を見て、ゆっくりと肯いた。


「私が成人する時には、お母様もですけれど、お父様もまだ若いですよね?」

「そう、だね」

「お父様は貴族家三男ですし、自分で事業を取り仕切っていて、収入も多ければ資産も潤沢にあります」

「うん?それが何か?」

「お母様と別れてもお父様は再婚相手に困りませんから、それをお母様から別れの理由にされかねません」

「え?」

「初婚ではなくてもお父様は優良物件ですので、お父様が婚活をなさったら引く手あまたでしょう」

「いや、そんな・・・」

「特に、事件に巻き込まれたお母様の立場を救う優しさや、血の繋がらない私を育てた慈愛の心は、他の女性達にも高評価のはずです」

「そんな、いや、そんな評価は要らないよ」

「そうは言っても、別れたお母様もお父様を推薦なさる筈ですし」

「え?いや、何でさ?なんで既に別れている前提?」

「お母様はお父様の幸せを願うでしょうし、お父様が他の女性との間に子供を儲ける事も望むでしょう。離婚前に、お母様自らどなたかを選んで、お父様と引き合わせる為に連れて来るかも知れませんよね?」

「そんな訳、ないだろう?」

「そうですか?」

「だってラーラは、俺が他の女性と関係するのは嫌がってくれていたじゃないか」

「もちろん嫌ではあるでしょうけれど、お父様に対しての後ろめたさがそれを上回れば、お母様は必ずそうします」

「そんな・・・」

「そしてそれは、私が独り立ちしたら、簡単に上回りますよ?」


 バルは頭を抱えた。

 そのバルの背中にミリは腕を回す。


「お母様が、お父様と他の女性が関係を持つ事が嫌なのは、本当だと思います。しかしそれを口にした事で、お母様の中でその重みが薄れているのではありませんか?」

「え?・・・なんだって?薄れる?」


 バルは首を回してミリを見た。


「思いは秘めてこそ強いと言います。つまり、口にすればするほど、周囲に取っても本人に取っても軽くなります」

「そんな事、あるのか?」

「あります。お父様が多くの少女達に交際を申し込んだ言葉など、それの良い例ですよね?」

「・・・かぁ」


 一瞬固まったバルは、そう言葉だが溜め息だか鳴き声だかを上げると、大きく項垂れた。自覚がある。その通りだ。


「ですのでお父様が他の女性と関係を持つ事は、お父様の幸せを言い訳にする事で、お母様は乗り越えてしまうかも知れません。それがお父様の為だと思ったなら、お母様は自分の気持ちを無視するでしょう」

「いや、そんな・・・」

「お父様?お父様はお母様の為に、自分の気持ちを諦めようとした事はありませんか?」


 そのミリの言葉にバルは答えられなかった。答えない事がバルの答だとミリは判断する。


「お父様。お父様とお母様の関係は、ずっと長い事、立ち止まったままだったのだと思います。そして今もまだ、立ち止まっているのかも知れません。けれどお父様?後退(あとずさ)りしたらダメなのです」

「後退り?」

「はい。昨夜、お父様とお母様のお二人だけで夜を過ごしましたので、今後、私がお二人と一緒に寝るのは後退に他なりません」

「いや、だが」

「お父様。一歩でも後退すれば、お母様は傷付きますし、お母様はお父様から離れる言い訳にもします」

「・・・そんな事・・・」

「そんな事はあります。お父様?」

「あ、うん」

「愛し合う二人は、愛し合っているだけで一緒にいられる程、世の中は甘くありませんよね?」

「え?・・・いや、でも・・・」

「お父様はお母様の為ならば、かなりの事をなさる事が出来るのではありませんか?」

「え?それは、うん。どんな事だってするよ」

「それでしたらお母様と二人で寝て下さい」

「あ、だけれど・・・」

「それはお母様の為でもあります」

「ラーラの?」

「はい。お母様の言い訳を塞ぐ事の出来る、お母様の本当の望みでもあります」

「ラーラの望み・・・」

「はい。もちろん、お父様の望みでもありますよね?」

「俺の?」

「お母様と別れる事と、お母様と本当の夫婦になる事と、どちらをお父様は選ぶのか、私にはお父様に訊くまでもなく分かりますよ?」


 そう言うミリにバルは返事を返せず、しばらくミリと見詰め合った後に、バルは確りと肯いた。


「その為にはお母様に、お父様はお母様に触れたいのだと、確りと伝えて下さい。言葉で、今夜」

「今夜?」

「今夜です。それだけでお母様の気持ちは安らぎますし、お父様の傍で眠る事にも安心するでしょう」

「触れなくても良いのかい?」

「はい。お母様に触れるのは、日にちを掛けてゆっくりと、お母様の様子を見ながら進めれば良いでしょう」


 そう言うミリにバルは肯き、ミリもバルに肯き返して微笑んだ。



 バルとの遣り取りとほぼ同じ様な内容で、バルの入浴している時間中に、ミリはラーラと会話をしていた。

 そしてバルと同じ様に、ラーラはミリに説得をされている。

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