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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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褒められ続ける午後

 ミリの祖父ガダは、結局昼食には間に合わず、ミリとミリの曾祖母デドラとミリの祖母リルデの三人での昼食となった。


 食事中、いつもより言葉の多いデドラが、何かとミリを褒めた。それを聞いてリルデが感心して、またミリを褒める。

 給仕をする使用人達もその様子をにこやかに見守りながら、デドラとリルデの言葉に肯いたりもしていた。

 比較的静かな筈のコードナ侯爵邸での昼食は、絶えない褒め言葉で、いつもより賑やかに進んだ。


 その中でミリは、「ありがとうございます」との返事ばかりを繰り返す自分に、焦りを感じていた。

 ミリは、折角褒めて貰っているのだから、もっと上手な受け答えをしたり、話を膨らませたりしたかった。

 それなので、褒められ慣れていない事に付いて、ミリは心の中の課題リストにリストアップする。時間を見付けて、褒められる状況のシミュレーションをしようと、心の中のタスクリストにも書き加えた。



 昼食後のダンス授業は、リルデが様子を見学していた。これまでも稀に、リルデは見学する事があった。


 教師にいつもの様に教わりながら、ミリは教師が掛けてくれる言葉に付いて、考えていた。

 もしかしたら「そうよ」とか「それよ」とかも、褒め言葉なのかも知れない。昨日今日と、褒められている事を意識していた所為か、ミリはその様に考え付いた。


 そして授業が終わると、リルデが感想を伝えてミリを褒めた。

 そのリルデの褒め言葉からも、ミリはダンス教師の言葉も褒めていたのだと、改めて感じた。



 ダンスの(あと)の護身術の授業も、リルデは見学を続けた。

 そしてその授業には、ガダも初めて参加した。


 ガダは、小さくても細かくても良いから何かを見付けて、ミリを褒めようとして参加したのだ。けれど、ミリの護身術の練度を見て、ガダはミリを()で褒めた。

 特に、襲撃の模擬戦での護衛との動きには、ガダは感動していた。ミリはしっかりと襲撃者の動きを予測し、それに対する護衛の動きを推測して、護られる為の動きが出来ていた。

 試しにガダが襲撃役にも護衛役にも参加してみても、初めて見る筈のガダの剣に、ミリは問題なく対応して動いていた。

 模擬戦が終わってからの振り返りでも、襲撃者と護衛のそれぞれの動きを把握している事が、ミリの感想や意見から良く分かった。

 ちなみにガダは、護衛対象の姿を確認する為に襲撃者から目を放し過ぎていると、ミリから指摘を受けていた。


 護身術の授業が終わると、ガダとリルデは二人してミリを褒めた。



 茶会にはガダも参加した。

 ガダは特撰のビスケットとディップソースとジャムを提供している。


「バル監修みたいに出来上がっているスイーツより、私は組み合わせて楽しむ様な物の方が好きなんだ」


 そう言ってガダは、ミリの知らない幾つかのソースを説明する。


「こちらは少し辛いし、これはスーッとするよ。こちらは酸味がある。付けるならどれも少量から試すんだよ?」

「はい、お祖父様(じいさま)


 ミリは教えて貰ったソースを次々と試してみた。


「どれも美味しいです。でも、甘くないスイーツなんて、不思議」

「そうだろう?お父様のチョイスには出て来ないだろうからね。ミリが気に入ってくれたのなら、嬉しいな」

「はい。わたくしはどれも好きです」

「そうか。良かった。これの良さが分かるとは、さすが私の孫だ。けれど付けすぎると、お茶の風味とは合わなくなるから、気を付けて」

「はい」


 ガダは眉を上げて、悪戯っぽく続けた。


「まあ、失敗してみるのも、経験だけれどね」

「ミリに失敗を勧める様な事を言わないでよ」


 リルデは呆れた様にガダを見る。


「失敗は人生の幅を広げるじゃないか」

「ミリは優秀なのだから、わざわざ失敗しなくても良いのよ」

「自分が失敗した事がないと、人の失敗も予測ができないぞ?」

「優秀なミリは、失敗しなくても失敗を理解出来ますよ」

「まあ、そうかもな。私もミリが優秀な事には異論ないし」


 そう言ったガダがデドラに向けて、「何しろミリは」とミリの護身術を褒めると、リルデも「その通りでミリは」と護身術とダンスを褒めた。


 ミリは口を挟みたかったけれど、どう言えば良いのか分からない。

 褒められたらお礼を述べる様に教わっているけれど、お礼を言う隙もない。それにいま言いたいのはお礼ではない。

 では何が言いたいのかと言うと、これまで褒められていた自覚がなかったミリには、この慣れない状況に適した言葉が思い付かなかった。

 ただ、感じるのがもどかしさから悔しさに寄って行って、ミリの心にだんだん敗北感が滲んで行く。

 ミリは、褒められるのって難しい、と思った。



 褒め浴びせが一段落した所で、デドラがミリに問い掛ける。

 

「ミリ」

「はい、(ひい)祖母様(ばあさま)

「北部の洪水の件に付いて、情報は更新しましたか?」


 デドラの言葉にリルデは目を見開いた。

 一方、話題が変わったのでミリの気持ちが浮上する。

 しかし、ガダが眉を(ひそ)めて、口を挟んだ。


「母上、子供に話す話題ではないよ」

「確かに子供に話すには向かないでしょうけれど、ミリは別です」

「確かにミリは優秀だから、内容を理解出来るのも分かるけれど、それでもお茶の席の話題には相応(ふさわ)しくないだろう?」

「この時間はミリと時事問題を話す為に使っています。以前からの事なので、邪魔をしない様に」

「そうなのか?しかし」

「このお茶会は私の主催です。会話の邪魔をするなら追い出しますよ?」

「ああ、うん。分かったよ。分かりました。大人しく聞いていますよ」


 ガダの言葉にデドラは小さく肯くと、ミリを見て「どうですか?」と尋ねた。


「はい。分断された道はまだ復旧していませんが、70を超える遺体が流れて来て発見されているので、未確認の地域にも大きな損害が出たと想定されます」


 リルデがまた目を見開いて、「そんなに?」と呟いた。ガダも眉をまた顰める。


「上流や下流には被害がやはり出ていません。被害があった場所は、限定された模様です」

「被害場所が限定的だった理由に付いて、何か思い付きましたか?」

「はい。推測ですが、被害があった場所だけ堤防が弱かった、低かった、水位が他所より高かった、流木等で堤防が崩された、意図的に堤防を壊した者がいた、などを考えました。また、被害があった場所で水が流れ出た為に川の水位が下がり、それによって他の地域は被害がなかったとも想定出来ます」

「そうですね。ではどの様に対処したら良いと思いますか?」

「先ずは生存者の保護を行いながら、正確な被害状況の把握です」

「そうですね。それが出来たらどうしますか?」

「領地や国のお金が掛からないのは、住民の自主的な転居です。お金を掛けて良いなら予算に応じて、転居の補助、治水工事ですね」

「そうですね。転居は住み慣れた場所を移る事に抵抗する人もいるでしょう。それに対しての対策はどうしますか?」

「お金を出す(かた)次第ですけれど、転居の費用だけではなく、生活が安定するまで補償金を出すなども考えられます」

「お金を出さない場合はどうなりますか?」

「国や領主の判断なら仕方がありません」

「それは、住民を見捨てると言う事ですか?」

「はい」

「母上?ミリに何を言わせているんだ?」


 顔を(しか)めてガダがデドラに訊いた。

 リルデも心配そうな表情をデドラに向けている。


「大丈夫ですよ、ガダ。ミリ?あなたが領主の立場だったらどうしますか?」

「水を逃がす場所を作って、水嵩が増したら川からそちらに水を流します」


 ガダは思ってもないミリの答えに驚いた。リルデは今ひとつ分からず、小声でガダに説明を頼む。

 デドラは「なるほど」と呟いて、質問を続けた。


「そこが(あふ)れたらどうしますか?」

「完全に溢れない川は作れません。水嵩が想定を越える事はあるでしょうし、経年での劣化もします。ですので水を逃がす場所を使う事になった時点で、住民は避難させます。その時点ならまだ、道が分断されている事もないと考えています」

「避難する際には、田畑や家財を諦めさせるのですね?」

「はい。それが嫌な場合は、そうなる前に転居をして貰います。私が領主側の責務として行うのは、水を逃がす場所を作る事と、その意味や使い方を説明する所まで。補修や運用は領民にして貰います。転居する人が続いて、残る人数では運用できなくなれば、結果として全員転居するかも知れません」

「それでも残る人がいたらどうしますか?」

「その場合は人数も少ないので、水害が発生しても被害を受ける戸数や人数は少なくなっている筈です」

「つまり、見捨てるのですね?」

「母上・・・」


 ガダがそれきり言葉を続けないので、ミリはデドラに答を返す。


「はい、曾お祖母様。その領民達を見捨てない為には、水害が起こっていない時にも対応を行い続ける必要があります。しかし領地には、他に優先度が高い問題もあるはずです。それらを放置して水害対策を行う判断は、わたくしなら出来ません」

「結構です。ミリ。素晴らしい回答です」


 ミリは、これは褒められたのだ、と思って、「ありがとうございます」とデドラに返した。


「ガダ。わたくしはミリの判断は正しいと思いますが、現役領主のあなたはどうですか?」

「いや、ミリの判断は正しいし、素晴らしいよ?」


 そう言いつつも、ガダは肩を落とす。


「でもね、母上?母上はミリを何にする積もりなのさ?」

「そうですね。それはミリが選べば良いのです」

「それにしては、領主の思考を求めるなんて」

「ジゴはラゴの元で、領主教育を受けるのでしょうけれど、ミリには領主の仕事を直接見せる機会がありません。それなので、現実に沿った様々な問題を考えさせて、領主的思考を身に着けさせているのです」

「だから母上、それがなぜなのさ?ミリを領主の妻にでもする積もりなのか?」

「それをミリが選んだ時に、領主の妻でも領主でも、熟せる様にさせて置きたいではありませんか」

「え?領主?ジゴの替わりに?」

「そうではありませんよ。具体的な事はわたくしは考えていません。それは未来のミリが決める事ですから」


 デドラとガダの遣り取りを聞いて、ミリはショックを受けていた。

 ミリは領主にも領主の妻にもなる予定はなかったのに、それに向けた教育をされていた。デドラの教えのどの部分までが一般教養で、どの部分から領主教育なのか分からない。しかし一般教養だけなら、もう少し楽だったのではないかとミリは思う。

 けれど直ぐに、デドラに教わるなら何を教わるのであっても、楽な道はなかっただろうと思い直して、ミリは自分を納得させた。

 ミリは、そうでなければ遣り切れない様な気がした。

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