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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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お祝い

 ミリの曾祖母デドラに、ミリの祖母リルデが声を掛ける。


「お義母様(かあさま)。本日は私も一緒に昼食を摂らせて下さい」

「母上、私も同席するから」


 ミリの祖父ガダもデドラにそう言った。

 リルデが続ける。


「お茶の時間も同席させて頂けますか?」

「私も、お茶も同席するので」


 デドラはミリを待たせ、ガダとリルデを振り返った。


「リルデさんは分かりました。本日の昼食は本邸で摂る事にしましょうか」

「はい、お義母様。手配して置きますね」

「そうですね。よろしくお願いします」

「母上、私は?」

「ガダは仕事は良いのですか?」

「昼にもお茶の時間にも戻って来るよ」

「それならこのまま一緒に、ゴバの執務室に向かいますか?」

「父上の?ミリを父上の部屋に連れて行くのか?」

「ええ。ゴバがミリに遺した物を見せます。ガダは見ておいた方が・・・いえ。それを判断するのはミリですね」


 視線をミリに移して見詰めながら、デドラはそう言った。


(ひい)祖父様(じいさま)の形見ですか?」

「ええ。ミリに渡す様に頼まれた書類があります」

「どの様な物でしょうか?」

「それはミリが自分で見て確かめて下さい。誰かに見せるかどうかも、見てから考えれば良いでしょう」

「はい、分かりました」


 デドラはミリに小さく肯くと、ガダを向いた。


「好きにして構いませんけれど、昼食もお茶会もガダを待たずに始めますので、その積もりで」

「それで構わないから」


 デドラはガダにも肯いてから、リルデに視線を向けた。それを受けてリルデも肯く。


「それではガダの分も用意させて置きます」

「そうですね。それでお願いします」


 そう答えてデドラはミリに片手を差し出した。

 ミリはその手を握り返して握手をしながら、何故だろうと不思議に思った。

 デドラがフッと微笑む。


「ミリ」

「はい、(ひい)祖母様(ばあさま)

「手を繋いで行きましょう」


 これまでミリはデドラと手を繋いで歩いた覚えがなかった。想定外だ。

 しかし自分の(おこな)った握手こそ、デドラの想定外だったろうと気付いたミリは、デドラと繋ぐ手を入れ替えて「はい」と答える。

 そのミリに対してもう一度デドラが微笑むと、ミリも微笑みを返して、二人で手を繋いで歩き出した。


 デドラは、ガダとリルデのミリの可愛がり方が、少し羨ましく思っていた。それで二人を真似して、ミリと手を繋いで歩こうとしたのだ。



 ミリの血の繋がらない曾祖父ゴバは、爵位を息子のガダに譲った後も、それまで使っていた本邸の執務室は、自分で使い続けていた。

 そのゴバの執務室は、ゴバが亡くなった後もそのまま残してあった。


 ゴバの執務室の前で、デドラは鍵を一つミリに手渡した。


「この部屋の鍵です。これからはあなたが管理しなさい」

「え?ですが、領地経営に必要な書類などは、どうしたらよろしいのですか?」

「大丈夫です。まず、鍵を開けてご覧なさい」

「はい、曾お祖母様」


 受け取った鍵で部屋の錠を()け、ミリはドアを(ひら)いた。

 室内は暗く、窓には厚手のカーテンが掛けられている。

 デドラがカーテンを()けるので、ミリも倣って反対側を(ひら)いた。「換気を」と声を掛けたデドラと同じ様に、ミリは窓も()ける。窓には金属製の面格子が付けられていた。

 室内を振り返ると大きな執務机と、体の大きかったゴバに合わせた大振りな椅子がミリの目に()まる。


 執務室のドアに内側から鍵を掛けたデドラが、ミリを振り返る。


「ミリ」

「はい、曾お祖母様」

「こちらはその書棚の鍵です」


 デドラが別の鍵をミリに差し出した。


「こちらもあなたが管理をしなさい」

「はい」

「そちらの窓際の書棚にだけ、(ひい)祖父様(じいさま)があなたに遺した書類がしまわれています。他の書棚は空です」


 そう言ってデドラは手前の書棚の扉を開けて、中に何も入っていない様子をミリに見せた。


「領地経営の資料などはお祖父様に引き継いでありますから、心配は要りません。この部屋に残っている書類は全てあなたの物です。人に見せるのも処分するのも、あなたが判断する様に」

「はい、曾お祖母様」

「ただしわたくしは、あなたが全てに目を通してから判断する事を勧めます」

「はい。あの、この資料には何が書かれているのですか?」


 そう尋ねたミリに「窓を閉めましょう」とデドラは応えて、デドラに倣ってミリも窓を閉じた。

 それから部屋の真ん中にミリを導いて、デドラは潜めた声を出す。


「あなたが全てに目を通すまでは、部屋の鍵を閉めてから書棚の鍵を開ける事を勧めます。それまでは内容も人に話さない方が良いでしょう」

「はい、曾お祖母様」

「それで内容に付いてですけれど、わたくしは知りません」

「え?曾お祖母様はご覧にはなっていらっしゃらないのですか?」

「ええ」

「曾お祖父様が曾お祖母様にも秘密になさっていたのですか?」

「秘密と言えばそうですね。曾お祖父様は爵位をお祖父様に譲って引退してから、ずっと何かを調査なさっていました」

「調査を?そうするとわたくしに遺して下さったのは、その調査結果の資料なのですね?」

「そうではありますけれど、結果が出ているかどうかは分かりません。曾お祖父様は亡くなる前、病に倒れるまで調査を続けていた様子ですから、病床で結果を纏められた様にも思えませんので」

「そうなのですか」

「書棚はわたくしがこの部屋を出てから開けて下さい」

「はい。でも、曾お祖母様はご覧にならなくてよろしいのですか?」

「曾お祖父様は流行病で亡くなったのですが、それは歳を取っている程、死亡率が高かったのです」

「はい。それは教わりましたが、それが何か?」

「わたくしの身を心配した曾お祖父様は、遺品には()れるなとわたくしに遺言を遺しました。遺した物に触れる事で、わたくしが罹患するかも知れないと思ったのでしょうね」


 そう言うとデドラは微笑みを作ってミリに向けた。


「ミリ」

「はい、曾お祖母様」

「ダンスと護身術は続ける必要がありますので、午後はそちらをやる様に」

「はい」

「そしてこれからの午前中は、こちらの部屋で過ごしなさい」

「はい。わたくしが書類に目を通し終わるまで、曾お祖母様にして頂く午前の授業はお休みなのですね?」

「いいえ」


 デドラは腕を伸ばし、ミリを抱き寄せた。


「わたくしがあなたに教えられる事は、もうないでしょう」

「え?曾お祖母様?」

「最近は、あなたに投げ掛ける質問や課題が中々に思い付かず、困っていたのですよ。あなたはとても優秀な生徒でした」

「曾お祖母様・・・」

「そうですね。この部屋の書類は、曾お祖父様からの卒業祝いだと思いなさい」

「卒業・・・」

「ええ、ミリ。あなたとお父様とお母様の遣り取りをお父様が手紙で知らせて来ました。わたくし達には出来なかった、お母様とお父様に対しての、癒したり導いたり勇気付けたりする事が、あなたには出来ました。それはミリとわたくしの授業の成果が現れたからだと、授業の目標が達成出来ていたからだと、わたくしは判断しました。ミリは授業でとても素晴らしい成績を残しました」

「曾お祖母様」

「あなたに教える事が出来た事は、わたくしの誇りです。ミリはわたくしの誇りですよ」

「・・・曾お祖母様」


 ミリは体を少し離して、デドラを見上げた。


「ですけれど曾お祖母様、頂いている課題で、まだ終わっていないものもあります。それに曾お祖母様にまだまだ教えて頂きたい事がたくさんあります」

「そうですね。この先も今まで通りに予定は開けておきますから、何か話したい事があれば、離れにいらっしゃい」

「ありがとうございます」

「お茶は一緒に飲む積もりでしたけれど、良ければこれからも昼食を一緒に摂りましょう」

「はい。よろしくお願いします」


 デドラは肯くと、ミリの頭に手を置いて微笑む。


「ミリ」

「はい、曾お祖母様」

「卒業、おめでとうございます」


 そしてデドラはゆっくりとミリの髪を撫でた。

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