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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第一章 バルとラーラ
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17 望むもの

 自分がバルの友人である事をリリ・コーカデスが認めてくれるかどうか、ラーラは考えようとしたけれど()めた。

 その代わりに自分の事を考えた。


 バルは一生ラーラと付き合って行きたいと言ってくれた。そして、それを許してくれる人と結婚したいと言う。


「結婚相手に選択の余地があるなら、私もそれを第一条件にしたい」


 口に出したものの、それは可能なのか?

 婚約したら婚約者を優先しなければならない。その為にどちらかが婚約したら、バルとラーラとの交際練習は()める事にしているのだし。

 交際練習を止めたら二人が会う事も難しいだろう。不可能かも知れない。学院で一緒に昼食を取ったりお茶を飲んだりする事だって、必要はなくなる。

 手紙の遣り取りなら出来るかも知れない。けれど何を書く?婚約者との仲の進展具合?書きたいとも読みたいとも思うだろうか?


 しんと冷えた気がして、ラーラは肩に掛けたブランケットを胸元で寄せ合わせた。


 ラーラは逆を考えた。

 自分の婚約者に女の友人がいたらどうだろう?

 ベストはその人とラーラが仲良くなる事だ。そうすれば婚約者とラーラも上手く行き易そうだ。

 でも、婚約者と女の友人を二人だけで会わせてはダメな気がする。従者が傍にいてもだ。ラーラがヤキモチを焼かなくても、世間体が悪い筈。家の評判とかラーラの体面とかへの攻撃材料にされるかも知れないので、()めさせる様にと身近な人からは忠告されるだろう。

 だからと言って、二人が会う時にラーラが常に同席するのも、嫉妬深いと陰口を叩かれそうだ。


 幾つかのパターンを考えてみても、望む様な結果は得られない。

 ラーラの婚約者とバルが仲良くなる事と、バルの婚約者とラーラが仲良くなる事なら、確かに実現できそうだ。

 けれどもバルの婚約者とラーラの間で、バルの事は話題に上げ(にく)そうだ。バルの婚約者の惚気(のろけ)話としてならバルは登場するだろうけれど。

 ラーラの婚約者とバルの間でも、話題はラーラ以外の話が選ばれそうだ。

 バルと会ったラーラの婚約者がラーラにバルの話をするのも、ラーラと話したバルの婚約者がバルにラーラの様子を伝えるのも、イメージし難い。


 ラーラは膝を曲げ、脚までブランケットで(くる)んだ。


「そろそろ帰るか?」


 ラーラの様子を横から見ていたバルが、そう言って立ち上がる。そしてラーラが立ち上がるのを助ける為に、前に立って手を差し出した。

 ブランケットの合わせ目から手を差し出すラーラの顔を見て、バルはその手を取るとその場に片膝を突いた。


「バル?」

「ちょっと待ってくれ。ちょっと練習時間をくれ」

「練習?え?ええ。良いけど?」


 バルはラーラの手を握ったまま、ラーラを見詰めたまま。


 ラーラは段々と落ち着かなくなって、バルから目を逸らす。

 エスコートで指先を預ける時は、こんなにしっかりと握られない。ダンスで手を繋いだまま腕を伸ばし合う時くらいだけれど、これ程力を籠めるのは伸びきった時の一瞬だし。

 冷えは感じなくなっていた。どちらかと言うとちょっと暑いかも。けれどもバルの目の前でブランケットを(はだ)けるのは憚れて、ラーラは少しだけモゾモゾと体を動かす。


 急にバルが項垂れた。「はあ」と大きめの溜め息を耳にして、ラーラはバルに目を向ける。握られていた力が緩む。


「ダメだ」

「あの、どうしました?」


 ラーラが覗き込む様に尋ねると、バルは左右に小さく頭を振ってから顔を上げ、ラーラと目を合わせた。


「ラーラは不安を感じてるよな?まあ、俺もだから分かるのだけれど」

「バルも?」

「ああ。婚約や結婚をしてからも、俺とラーラが友人として付き合うって言うのは、中々難しそうだと思った」

「バルもなのね」

「だからラーラの不安を(やわ)らげる事を言おうとしたけれど、良い言葉が浮かばないんだ」

「そうか。そう言う練習ですね」

「口先だけの言葉じゃ不安なんて無くならないよな?だから解決策を考えたのだけれど、思い付かなくて。今後の課題だな」


 そう言って眉根を少し寄せてバルは、ラーラの手を引きながら立ち上がった。

 傍に立ったメイドにブランケットを渡しながら、ラーラも手を引かれて立ち上がる。


「二人の課題ですよね?バルの不安も和らげないと」

「ラーラ」

「これ、解決すべき課題だとは思っていなくて。バルがいなければ、流れに任せて諦めていたかも知れません」

「そうか。自分を情けないと思っていたけれど、口に出して良かった」


 バルの手を握るラーラの力が少し強まった。


「何もしないで諦める、私の方が情けないです」


 ラーラの眉根が少し寄って目が細まり閉じた唇に少し力が入る様子を見て、バルは眉尻を下げて目を細めて口角を少し上げた。


「こう言うのもお互いに同じなのかもな。俺が情けないとラーラも同じくらい情けない」

「なんですそれ」

「対等ってことさ」


 バルは息を吐きながら小さく笑う。その表情を見て、ラーラの緊張が少し解けた。

 どちらからともなく、手を放す。


「俺はラーラともう一歩仲良くなりたいな。ラーラもそう思ってくれていると思うけれど、合っている?」

「出来れば、と言う積極性がないものでも良ければ、合っています」

「充分さ。ところで友人より仲が良いのをなんて言う?」

「親友ですか?」

「そうだよね。俺はラーラと親友になりたいと思っているけれど、どう?」

「親友ですか」

「あるいはもう親友だと思っている?」

「もう?」

「もしかしてお互い同じだから、まだ俺が親友だと思って無かったのがダメだった?」

「何だか良く分からないですけど、そんな事ないですけど。でも親友って言葉は知っていますけど、具体的にどうしたら良いんです?」

「俺も良く分からない」

「じゃあダメじゃないですか」

「そうでもないよ。俺達ってお互いの事を何も知らなかったのに、出会った日に友人って事にして交際を始めたじゃないか。それで今はもうお互いの事を本当の友人と認めているだろう?」

「そうですね。友人と言うのは確かに最初は建前でした」

「だから親友って事にお互いを置いたら、直ぐに親友になれるさ」

「親友が何か分からないのに?」

「親友が何か分からなくても。あるいは親友とは俺達の事だ」

「なにそれ」


 バルの態度と言葉にラーラは苦笑した。


「何でそんなに自信満々なんです?」

「信じているからね。ラーラの事も、ラーラと親友になれる事も」

「そう言われると、そんな気になってしまいますよ」

「是非なって。お互い様で対等だろう?」

「そうですね。少なくとも積極的にバルともっと仲良くなろうって気にはなりました」

「それは嬉しい。ほら、もう、親友効果が現れたじゃないか?」

「そうかも知れません」


 二人は少し苦笑混じりだけれど、笑顔を向き合わせた。


「この調子で、友人だと難しいラーラと俺との将来の付き合いも、親友ならきっと何とかなる」

「え?それはいくらなんでも楽観視し過ぎでは?親友なら何とかなるじゃなくて、親友じゃないと何とかならないくらいにしません?課題が簡単になった訳じゃないですし」

「まあそうか。努力は必要だものな」

「ええ。それと親友でも、バルと私の物理的な距離や接し方は、異性の知人のままですよね?」

「もちろん。殴り合ったりしないで済ます方向で」

「その心配はしていませんよ」

「そう?でも言葉はもう少し、砕けても良いんじゃないか?」

「え?充分に砕けた言葉を使っていますよ?」

「いいや足りない。俺達に必要なのは、年齢差も性差も身分差も越えた友情だろう?」

「それはそうですけど」

「そうですけれど、じゃなくて、そうだけれど、で良いって。ですます取って。使えるだろう?たまに出ているし」

「え?出てる?」

「ほら、今まさに」

「・・・友人言葉だけで、TPOに合わせたのは今まで通りで良いのよね?」

「ああ」

「分かったわ。こんな感じで良い?」

「ああ。やっぱり言葉使いって大事だな。ラーラがとても近く感じる」

「親友効果?」

「ああ、親友効果だ」


 先程よりは苦笑い率を減らして、二人は笑顔を向け合った。


「何一つ解決してないけど、気分が軽くなった気がする」

「それこそ親友効果だな」

「ふふ、そうね。親友効果ね」

「よし。同意が出来たところで、そろそろ帰るか」

「ええ」



 コードナ家の侍従とソウサ家のメイドが荷物を片付けるのをバルとラーラも手伝った。

 馬の背に荷物を載せて、それぞれ馬に乗る。


 バルが馬上から草原を見渡した。

 その隣にラーラが馬を並べる。


「ここに来て思い出すのは、リリに最初に振られた時の事だったんだけれど」

「あ、そう言えばその話、途中だったんじゃない?あ!ごめんなさい。また口を挟んで」

「いや、大丈夫だよ。今度からここに来たら思い出すのは、ラーラと笑いが止まらなくなった事とか、親友になった事とかだと思うって言おうとしたんだ」

「え?バルの大事な思い出だったんでしょう?」

「忘れられない思い出だけれど、思い出す度に惨めな気分になっていたからな。今日の出来事は俺に取ってとても大切だけれど、ラーラもだろう?」

「もちろんそうだけど。でも私はここに来たの初めてだし、大切な何かを上書きした訳じゃないから」

「だから、強い思い出と言うだけで、元々大切ではないって。この場所をラーラとの思い出で上書きできるならその方が良いし、それで良い」


 バルが振り向いて目が合うまで、そう言って草原の向こうを見詰めるバルの横顔をラーラは眺めていた。

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