表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
168/648

尺度

 ミリは、言いたい事は言ったし、かなり時間も使ったし、そろそろ終わりで良いかな、と思った。

 しかしラーラがお茶のお替わりを使用人に頼む。


 その事で、ミリはラーラの反撃を警戒した。

 立ち上がってテーブルを回り、バルとラーラの向かいのソファにミリは腰を下ろす。

 ラーラからの話が始まるなら、正面からバルの反応も見ながらの方が、色々と対処し易いとミリは思う。

 そしてそれ以上に、また二人の間に座らせられる訳にはいかなかった。そこにミリが座れば、今日上げた成果の内の少なくない部分に付いて、効果が下がってしまう。



「それでミリ?」

「はい、お母様」


 ミリの行動と自分達を見詰める目に、ラーラはミリが応戦体勢に入った事に気付いていた。

 ラーラは苦笑いを零したけれど、隣のバルも同じ表情を浮かべている。

 ミリはもちろん、二人の顔から二人の気持ちを推察していた。



「私の尺度って、何の事?」

「え?」


 バルは驚いてラーラを振り向いた。


「ラーラ。それを訊くのは()めないか?」

「え?なんで?バルが一旦置いたんじゃない」

「いや、なんでって、もう訊かなくても、良いんじゃないか?」


 バルには尺度と言う単語が、ミリの仕掛けた罠に思えた。

 このままなら不発で終えられるのに、わざわざ踏みに行く必要はない。


「バルは気にならないの?」

「気にはなるけれど、きっとまた、俺達の娘はとんでもない事を言い出すぞ?」

「それなら尚更、訊いておかなければダメじゃない」

「いや、そうだけれど、また常識を覆されそうで」

「それだからよ。色々と説得され続けたんだから、一つくらいミリに常識を教えなくちゃ」

「自分の娘相手にそんな負けん気を出さなくても」

「だからこそでしょう?ミリの親として、このままでは終われないわ」


 ミリは確かに曾祖母達三夫人に教育されてはいるけれど、根はラーラに似ているからこんな育ち方をしたのかも知れない。バルはそう思って、小さく息を吐いた。


「バルだって普段は負けず嫌いなのに、どうしたのよ?護衛を教える時に意見が違ったりしても、諦めたりしないでしょう?ミリ相手には諦めるの?」


 そんな事言われても、とバルは思う。


「護衛兵だろうと犯罪者や敵兵だろうと負ける積もりはないけれど、愛するラーラや可愛いミリには俺は敵わないよ」

「やる前からそんな事を言ってどうするの?気持ちで負けたら、勝てるものも勝てないわよ?」

「その通りだよ。だから敵わないんだって」


 バルが両手を挙げて降参を表すのを見て、ラーラは「もう」と呟いた。


「お父様?」

「なんだいミリ?」

「可愛いミリ、と言うのは私を褒めて下さったのですか?」

「え?ああ。もちろんそうだよ」

「ありがとうございます」

「いや、どういたしまして」

「でも、お父様から見て私が可愛くても、それが原因でお父様が私に敵わなくなる事なんて、ないと思いますけれど?」


 そう言って小首を傾げるミリに、バルは負けた。

 背凭れに体を預けて片手で顔を覆い、体のどこかから「く~」と変な声を上げる。

 ラーラは呆れた目で見ていたそのバルの様子から、視線をミリに移した。


「それでミリ?私の尺度って何かしら?」

「はい。お母様のと言うより、多くの女性が取るスタンスでの尺度ですね」

「多くの女性と言う事は、ミリもなの?」

「大人の女性、と言うか、男性に対しての恋愛的な態度や反応なので、私にはありません」

「ミリにはないのに、分かるのね?それも、断片的な知識を繋ぎ合わせたら、気付いたの?」

「はい」

「何もかもなのね。いいわ。それでどんな尺度なのかしら?」

「女性は将来に不安を感じるものですよね?今現在、夫や恋人に不満はなくても」

「え?そう?」

「はい。それなので、お母様はお父様の愛情を疑ってはいなくても、心配事を思い付けば、他の女性への不安を感じるのだと思います」

「いや、ミリ?」


 バルが口を挟んだ。


「男も将来に不安を感じる事はあるよ?」

「はい。ですが、それとは種類が違うと言いますか・・・」


 ミリは一旦視線を下げて、答を整理してからバルに視線を向けた。


「お父様の仰る将来への不安と言うものは、恋愛に関係なく感じますよね?」

「それはそうだね」

「それに付いては男女差も年齢差もはないと思います」

「と言うと?」

「不安、と言う感情的な事なので、比較が正確では無い事はお許し下さい」

「ああ、うん」

「恋愛に付いては、女性は将来に対して、男性は過去に対して不安を感じます」

「過去に不安?過去に?」

「はい。基盤となるのが、妻や恋人のお(なか)の子が、自分の子かどうかの不安ですので」

「ミリ・・・」

「はい、お父様」

「それ、本当に、断片的な知識から組み立てたのかい?」

「はい」


 バルは今度は背を丸め、また片手で顔を押さえた。


「男性が女性に貞淑を求めるのはそれの為です。恋愛小説にある『君を閉じ込めたい』などのセリフも、お腹の子の父親を邪推しない様に済ませる為のアイデアから来ています」

「恋愛小説って、なんて言うものを読んでいるんだ・・・」

「人の感情がもっとも動くのが恋愛ですので、感情に付いて学ぶのには適していると思います」

「いや、そうかも知れないけれど」

「パターンも多いですし」

「パターン?」

「はい。男女の立場だけではなく、周囲との関係性などですね」

「まさか、男女の営みも小説から?」

「いえ。官能小説は読まない事にしていますから」

「それは、良かったよ。安心した」

「なんで読まない様にしているの?」

「え?ラーラ?そんな事訊く?薦めてないよね?」

「私が読まないのは、興味を持ってしまって、実践したくなると困るからです」

「え?実践?」

「ミリには実践のチャンスがあるの?」


 ミリはしまったと思う。

 今のミリにチャンスがあるとすれば、ソウサ商会から脱走している間だけれど、そんな事は口に出来ない。


「男女の営みの詳細が分からないので、チャンスがあるのかどうか、判断出来ません」

「そう・・・」

「ミリ?チャンスを調べる為に、男女の営みを研究したりするんじゃないぞ?」

「はい、お父様」

「・・・ねえミリ?随分と素直にお父様の言う事をきくけれど、それもお父様が禁止するならやらないからなの?」

「はい。それもありますけれど、私には本来不要な知識ですので」

「不要?」

「はい。私は結婚はしませんから」


 ミリのその言葉に、ラーラはバルを横目で睨んだ。


「それって、お父様がミリは結婚させないって言っているからよね?」

「はい。それに先程は自分で産むとも言いましたけれど、やっぱり弟妹を産んで頂くのを待つ事にしましたので」


 ミリのその言葉に、ラーラは今度は耳を少し赤くしながら視線を伏せる。

 バルは自分も頬を僅かに染めたけれど、ラーラを助け出す為に話を進ませようとして、ミリに尋ねた。


「女性が将来に感じるのは、漠然とした不安かい?」

「漠然とはしているかも知れませんが、それは子供を産んで育てられるかの心配に基づいています」

「マタニティーブルーってやつか」

「いいえ。妊娠していなくても、男女の営みの経験がなくても、感じる不安です」

「妊娠していないのに、女性は出産や子育ての心配をするのかい?」

「本能的にですね。人には発情期がありませんから、いつ妊娠しても良い様に、普段から備えて置かなければなりません。少しでも条件の良い状況があるなら、女性はそれを手に入れようとします」

「なるほど、そう言うものか」

「その辺りは浮気の仕方にも現れます」

「え?」

「愛している人がいる男性は他の女性に近付きませんけれど、愛している人がいるのに女性は他の男性に近付きます」

「いや、ミリ。その話は止めておこう」

「はい、お父様」

「え?なんでバル?」

「いや、ミリに語らせる話じゃないだろう?」

「でもミリはもう、そう思ってしまっているのよね?そうしたらそれが間違えていないか確認して、間違えているなら直してあげなければならないでしょう?」


 バルはラーラを助けて救い出そうとしたのに、ラーラが自ら深みに進もうとしているので、なんと言って止めたら良いのか困った。

 この場で話が途切れても、ラーラとミリの二人の時に続きをされるのもバルは避けたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ