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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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心配、不安、恐れ

 ミリは控え目に、少し小さい声で言い直した。


「え~と、言い換えますと、お母様が(つら)いと思うのは、お父様は何故だと思うのか、それを私は伺いたいのです」

「ああ・・・うん」

「私はお母様は、お父様に嫌われたくないと思っている、と思います」

「だから、その心配は要らないんだよ」

「心配が要るか要らないかなら、要らないと私も思います。けれど、お母様はいかがですか?」


 ラーラは二人の視線を受けて、「でも」とは言ったけれど、その後は口籠もった。

 ミリはその様子を見て、「そうですね」と呟く。


「要らないと知っていても、してしまうのが心配です。お母様が心配なさるとして、そしてそれは不安から来ているのではありませんか?」

「不安?ミリは私がお母様に不安を与えていると言うのかい?」


 眉間に皺を寄せるバルに向けて、「そうですね」とミリは返した。


「正確に言うと、お父様はお母様に、ある意味の安心を与えていないと思っています」

「ある意味の?」

「はい。男女の関係にあるべき二人が、そうである事で感じる安心ですね」

「え?・・・しかし・・・だけど・・・」


 バルの言葉が続かないので、ミリが引き取った。


「ええ。だけどお母様がそれを怖がるだろうから、お父様はそれを我慢なさっているのですよね?」

「我慢・・・と言うほどでもないけれど、まあ、ある意味そうだね」


 ミリはバルの言葉に肯きながら、視線をラーラに向けた。


「お父様に我慢させている事は、お母様はもちろん知っていらっしゃると思います」


 ラーラの様子を確認してから、ミリは視線をバルに戻す。


「しかしお父様に我慢させていると思うと、お母様は不安を感じると思います。それは、お父様が我慢出来なくなった時に、他の女性を相手にするかも知れないと言う不安です」

「いや、そんな事はしないって、それは今日、何度も言っているよね?」

「はい。それはお母様もご存知だと思います。でも、我慢できなくなった時にそれをお母様に向ける事はないと、お母様はお父様を信頼してもいると思うのです。そうすると、お父様がお母様を大切にすればするほど、お父様が欲求を他の女性に向けるのではないかと不安になるのです。と思います」

「それは、お母様が私を信じていないと、ミリは言っているのかい?」

「バル・・・」


 ラーラが悲しげな目をバルに向ける。

 その様子をチラリと見てから、ミリはバルに言った。


「いいえ。お母様の尺度としては、信じていると言えると思います」

「尺度?」


 バルは訝しげな表情を浮かべた。

 ラーラは心配そうな目でミリを見詰める。


「ミリ?また、変な事を言おうとしているのかい?」

「いいえ、違います。え~とですね、尺度は一旦置いて置いて、先ずはお母様が不安を感じていると仮定して、話をさせて下さい。その方が早いので」

「納得はいかないけれど、一旦は分かったよ。それで?私が浮気するかも知れないとお母様が感じると、どうなるんだい?」

「それなのでお母様は、お父様に我慢をさせているのではなく、お母様が汚れているからお父様はお母様に触らないのだと、自分に言い訳をしていたのだと思います」


 バルは口の中でミリの言葉を復唱する。


「あれ?その考え方だとお母様は、私の浮気を心配しないのかい?」


 ミリは肯くのに合わせてゆっくりと「はい」と答えた。


「心配ではあっても、お父様がお母様を愛している事は、お母様は疑っていらっしゃいません。ですよね?お母様?」


 ミリの視線を受けながら、その言葉にラーラは小さく肯く。ミリの意見を肯定するだけではなく、言葉を噛み砕いての肯きでもある。


「お母様が汚れているのでお母様に触りたくないのなら、お父様は触りたい気持ちを(いだ)いておらず、我慢もなさっていない事になります」


 ミリは少し間を明け、二人に言葉が伝わったのを確認してから続けた。


「我慢していないのですから、その気持ちが他の女性に向く事もありません。お母様だってお父様の浮気を疑いたくはありませんから、それなら自分が汚れている所為にした方が気持ちが楽ですし、お父様の愛情も素直に受け取れます。と思います」


 バルはフウッと息を吐いた。


「そんな風に考えてまで安心しなくても、私は浮気なんかしないけれど、ラーラ?そうなのかい?」

「え?・・・どうかしら?」

「え?否定しないのか?」

「分からないわ・・・今日まで自分は汚れていると思っていたし、正直今も、自分が綺麗だとは思えない。でも・・・どう考えたら良いのか、良く分からないわ」


 二人の遣り取りが途切れたのを確認して、ミリが言った。


「始めにお母様は、お母様の持っていた常識で、自分は汚れてしまったとの判断を下したんだと思います。そしてそれを(もっ)て、お父様への気持ちを諦めようとしたのではないですか?」

「それは・・・ええ。確かに、そうだったと思うわ」

「それでお父様にプロポーズされても、いつか捨てられてしまうかも知れない、と言う恐れがあったのではありませんか?」

「そうね。それも確かにあったわ」

「ラーラ」

「あの当時よ?今は違うわよ?」

「当時のお父様が気遣って、お母様に()れない様にしていた事に対して、お母様は自分が汚れているからお父様が(さわ)らないのだと考えて、そう考えたらもう、そうとしか思えなかったのではありませんか?」

「・・・いいえ。それは違うわ」


 ラーラは首を振る。


「私はお父様が怖くて、傍に来られるのも怖がったの」

「え?お父様の事は怖くないと仰っていませんでしたか?」

「今はね。今は怖くないわよ?(さわ)られるのはちょっと分からないけれど。でも当時はお父様の事もかなり怖かったの」

「そうだったのですか」

「でも、私が汚れているからお父様に触って頂いてはいけないとは思った事はあるわ。お父様に()れられるのがただ怖いって認めるのは、お父様にも申し訳なかったし、自分でも情けなかったから、汚れている事を言い訳にした気がする。ただ怖いのではなくて怖く感じる理由として、()れられると私の汚れをお父様に曝す事になるから、と言う(ふう)に」

「そうだったのですね」


 ミリはなるほどと納得した。

 バルは当時の事を思い出して、そうだったのかと改めて思った。

 ラーラは「汚れている」が言い訳だったのかと思うと、心が少し軽くなる気がした。

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