ラーラの罪
両親を傷付けてなどいない。
これは両親の傷を治す為の治療行為だ。
ミリは自分が汚れなのだと、自虐で言ったのではない。
ミリはラーラが汚れてなどいないと考えている。それなので、その結果である自分も汚れている筈がないと思っている。
そもそもラーラは被害者なのに、なぜ汚れているなんて言われなくてはならないのか、ミリは納得がいかなかった。
汚れていたのは、お母様を辱めた犯罪者達だ。
そしてその汚れは心の汚れ、魂の汚れなのだから、被害者であるお母様に汚れがうつる事もない。
確かにお母様の心は傷付いたと思うけれど、それは魂が汚染されたからではない。
捕まった誘拐犯達は法に則って罰を受け、罪を償っている。
それは分かっているけれど、ミリは犯人達を赦せなかった。
しかしだからと言って、既に罪を償った犯人達に復讐をしたい訳ではない。
ラーラの心の傷が癒えて、ラーラが犯人達の事を忘れてくれたなら、ミリも犯人達の事を忘れる事が出来ると思っている。そしてミリは少しでも早く、犯人達の事を忘れたかった。
その様なモヤモヤはまだ頭に残っているけれど、今のミリの心は晴れ晴れとしていた。秘密の秘密を口に出来ただけでも晴れたけれど、今は更に晴れている。
ラーラの心の傷を癒す為に、ミリがラーラに伝えなければならないと思っていた事は、全て伝えきる事が出来ていた。
ラーラはミリの事を汚れているとは言わないだろうし、思いもしないだろう。
そして、辱めの結果として生まれたミリを汚れているとは言えないなら、その事がラーラの傷を塞ぐ蓋になるとミリは考えていた。
跡形もなくラーラの傷が治るとは、ミリも思ってはいない。傷痕は残るけれど、それでも血が流れ出るのは止められるし、膿も掻き出せる筈だ。傷の記憶は残っても、痛みがなくなれば良い。
ミリはずっとラーラとバルに、これを伝えたいと思っていた。
しかし、ミリがバルと血が繋がっていない事がミリには秘密にされていたので、今までずっと言えなかったのだ。
晴れやかな笑顔のミリに、バルは怒りの、ラーラは悲しみの表情を向けていた。
「ミリ」
「はい、お母様」
ミリは笑みをしまい、真面目な顔でラーラを見る。
「ミリは、産んでくれてありがとうって、言ってくれたじゃない」
「はい」
ミリは微笑みをラーラに見せた。
「それなのに、自分の事を汚れているなんて、言わないでよ」
「お母様もご自分を汚れていると仰っています」
「それとは違うでしょ?」
「いいえ違いません」
ミリは首を小さく左右に振る。
「お母様と同じです。お母様が汚れていたと言うのなら、私も汚れているのです」
「違うの。私は私が犯した罪の所為で汚れているのよ」
「お母様?お母様がお母様の犯した罪で汚れたなら、私が生まれた事はそれに対する罰ですか?」
「ミリ!ラーラになんて事を言うんだ!」
「お父様こそ!」
怒鳴るバルをミリは睨み返して、怒鳴り返した。声も姿も子供なので、ミリの迫力はバルの10分の1程度だけれど。
「私が言った事が間違っていると仰るなら!お母様の言う罪をお父様は認めると言う事ですか?!」
「え?いや!何を言うんだ!違う!そうじゃない!」
「では一体なんだと言うのです!お父様の仰るなんて事ってなんですか?!何ってなんですか?!」
「ミリが自分を罰だなんて言うからだ!ラーラがどんな思いでミリを産んだのか分からないのか?!」
「・・・それですか」
ミリは表情からも声からも感情を抜いて、静かに返した。
怒鳴り返される事に備えていたバルに取っては、肩透かしだ。
「私はお母様が汚れたなんて思っていません。それはお父様もですよね?」
「え?ああ。その通りだ」
「お母様が汚れていないから、私自身も汚れていないと思っています。お父様?お父様から見て私は汚れていますか?」
「いや、汚れてなんかない。ミリが汚れている訳、ないだろう?」
「はい。同様にお母様には罪がないと私は思っています。それだから、私は自分が生まれてきた事を罰だなどとは思っていません」
「いや、そうだ。その通りだよ。その通りだけれど、あんな言い方、お母様に対してないだろう?」
「言葉が悪かったのでしたら誤ります。お母様、ごめんなさい」
「え?違うのよ。言葉の問題ではないの」
ミリは小さく「そうですね」と肯いた。
「今の話で私は、もう一つ、お母様を説得しなければならない事がある事に気付きました」
バルは驚いて、目を少し細めた。表情には疑いが滲む。
ラーラは浅い呼吸を繰り返していた。
「お母様?」
ミリの呼び掛けにラーラは唇を開けるが、声はない。唇を閉じると、唾を飲み込んだ。
「誘拐事件の時、お母様の護衛の方と私が名前を頂いたメイドの方が亡くなったのは、お母様?ご自分の所為だと思っていませんか?」
ラーラは短く息を吸い、喉がヒュッと鳴る。
唇を薄く開いて声を出せないまま瞳を潤ませるラーラを見て、ミリは「そうですか」と呟いた。
ミリは立ち上がると、テーブルを回り込んで、ラーラの足下に両膝を突いた。ラーラの手を掴んで、ソファに座る様に導く。ミリはラーラの手を握ったまま、ラーラの腿に上半身を預けて、ラーラを見上げつつ見詰めた。
「きっと当時も、お二人が亡くなったのはお母様の所為ではないと、周りの皆様はお母様を慰めたのでしょうね。でもお母様は納得しなかった」
ミリは小さく「頑固だから」と言った。
それにバルは反応したけれど、それを誤魔化す様に、バルもソファに座る。
「ああすれば助けられた、とか、当日は一人きりでいれば二人を巻き込まなかった、とか、そもそも二人を傍に仕えさせていなければ、とか、お母様なら考えると思います」
ミリはラーラの手を深く握る。
「でもね、お母様。それは言い訳でしかありませんよね?」
「・・・言い訳?」
ラーラが眉を顰めた。




