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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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今日イチ

「お母様は、複数の男性と関係を持った事をご自分の汚れだと言います。ご自分で望んだ状況ではなかったのに関わらずです」


 苦しそうな表情のラーラに、真っ直ぐな目を向けてミリはそう言った。

 バルがラーラを気遣って、ラーラの手を握る力を少し強める。


「その汚れとはなんでしょう?」


 ミリは疑問の形で述べるけれど、ラーラの応えは待っていない。


「平民では、純潔かどうか、問題にされないケースも多いです。それは地方の(ほう)がその傾向が顕著です」

「え?」


 バルが口を挟みそうだったので、ミリはそれを遮る様に言葉を繋げた。


「これは私が調べた訳ではありませんので、どれくらい確かな話なのかは分かりません。女性の純潔を問題にするかどうか男性に尋ねると、質問者が男性の場合には問題にするとの回答が多くなり、質問者が女性だと少なくなる模様ですので、回答の信憑性は落ちます。問題にするとの回答の方が、男性の本音に近いとは推察出来ますけれど。それでも比較すると、地方の方が問題にしないとの回答が多いそうです」


 この時点ではバルにもラーラにも、ミリが何を言いたいのか分からなかった。


「地方で問題にしない風潮があるのは、出会いの可能性に影響されていると推測出来ます。人数当たりの比率で比較した場合、未婚での出産も地方の方が多いですが、これは人目に付かない逢瀬も、関係を持った男性が行方をくらませるケースも、性犯罪被害も、地方の方が多い事を原因としていると思われます。それなので地方では、純潔未婚女性の比率が下がります。また、適齢期に会える異性の人数は、人口密度に比例するので、地方の方が少ないです。結果として地方では、女性の純潔に拘っていると、男性は結婚出来ない可能性が上がります」


 ますますミリが何を伝えたいのか、バルとラーラには分からなかった。


「その様な状況ではなくて、男性が女性を好きに選べる状況であるなら、男性は伴侶を選ぶ際の条件に、女性が純潔である事を優先します。それは純潔な女性は、男女の営みに関して、夫を他の男性と比べる事が出来ないからです。比較される事を気にせずに、夫が安心して妻と営む為に、男性は女性に純潔を求めるのです」


 そこに繋がるのか、とバルもラーラも思った。

 納得はしたけれど、二人とも落ち着かない。


「一方、女性自身も純潔を高く評価します。そして、何人もの男性と関係を持つ女性を蔑み攻撃するのは、男性よりも女性です。それはその様な女性は、自分の男を奪うかも知れないからです。例え浮気が一度きりでも、妊娠して子供が出来たら、女性同士の力関係は簡単にひっくり返ります」


 バルもラーラも更に落ち着かなくなる。

 ウチの娘は何を知っているんだ?と不安が募る。


「その様な男女それぞれの都合が成り立つのは、女性が妊娠から出産まで、働くのが難しくなるからです。金銭に余裕があって、妊娠中も育児も、人を雇って任せられる様な女性なら、子供を産むのに一人の男性を頼る必要はありません。産むのが誰の子でも良いのなら、関係を持った男性をいちいち覚えておく必要もないでしょう」

「いや、ちょっと待て。さすがにそれは倫理的に問題がある」

「いいえ、お父様。お父様の仰るその倫理は、女性が経済的に男性に頼らざるを得ない状況を前提としていませんか?」

「いや、そうかも知れないが、でも、夫婦でお互いに愛し合ったり、子供も交えて家族で慈しみ合ったり、人間にはそう言うのが必要だろう?」

「誰かとお互いに思い合うのは、素晴らしい事だと思います。けれどそれは必須ではありません。世の中には片親(かたおや)しかいなくても、あるいは両親(りょうおや)ともいなくても、問題なく育つ子がいる一方で、恵まれたと言える家庭に育ちながら、片想いを拗らせて犯罪に繋がるケースもあります」

「いや、それは極端なケースだろう?」

「いいえ。必須ではない良い例です。思い合う男女が閉じた世界で、自分達二人だけで生きて行くなら問題はないと思います。けれど他の人と一切関係を持たずに生きて行くのは、不可能に近い。そして信じ合っているお父様とお母様も、お父様が他の女性と関係を持ったり、お母様がそうなったりは許せませんよね?」

「それは当たり前だろう?」

「でもお父様とお母様は今現在、男女の関係ではありませんよね?それならお父様が他の女性と男女の関係になっても、お母様には一切影響がない筈です」

「そんな訳ないだろう?」

「いえ。お父様がお母様と過ごす時間に一切影響を与えず、その女性の事がお母様の耳に一切入らないのでしたら、お母様がお父様を信じる事には、なんの影響もないでしょう?」

「そんなのは俺が耐えられない」

「お父様が耐えられるかどうかは、また別の問題です。ちなみに私もそんな状況は、お父様には耐えられないと思っていますよ?」

「それはそうだよ」


 バルは片手で顔を覆った。

 どうしたらミリを説得出来るのか分からない。そもそもどこをゴールとして説得すれば良いのかも、バルにはわからなかった。



「それで、お母様?お母様に取って汚れとはなんでしょう?」


 ミリの問い掛けに、ラーラは声が出なかった。


「お父様は承知の上でお母様と結婚なさいました。お母様は事件後に、他の男性と関係を持ったりはなさっていません。そうするとお母様はお父様を裏切ってはいませんし、お父様もお母様を疑ってはいないでしょう」

「私がお母様を疑う訳、ないだろう?」

「でも、ミリ。それは・・・でも・・・」

「お母様に乱暴をした犯人達は刑罰を受けた後、割と気楽に生きています。開き直っていると言えるのかも知れません。慰謝料を払い終わって、第二の人生を歩み始めた人もいます。それを咎めている訳ではありませんよ?罪に値する罰を受けたのですから、罪は償われたと私は思っています。もちろん、感情的には赦せはしませんけれど」


 そう言うとミリは目を伏せた。


「・・ミリ」


 ラーラの呼び掛けにミリは顔を上げ、微笑んでみせる。


「私はお母様には一切、罪はないと思っています」

「え?でも・・・」

「罪を犯した人達が赦されて、罪を犯していないお母様が自分を責め続ける事が、私には納得出来ません」

「私に罪がなければ、確かにそうだけれど、でも・・・」

「お母様の汚れが、犯罪者達に無理矢理関係を持たされた事だと言うなら、複数の男性と関係を持ったからお母様が汚れたと言うのなら、お母様はもう汚れてはいません。それがもたらした結果と共に、お母様の体からは汚れが出て行っています」

「え?結果?」

「ミリ?」


 ラーラは今日一番の、嫌な予感がした。

 ミリの話の流れと今の表情の組み合わせに、バルの背筋に寒気(さむけ)が走る。


「お母様の仰るお母様の汚れとは、お母様が無理矢理関係を持たされた結果。それはつまり私ですよね?」

「ミリ!」

「何を言ってるんだ!」


 ラーラとバルが立ち上がる。

 ミリはそれを予想していた。


「つまり、お母様の体が本当に汚れていたのだとしても、私を産んだ事で、お母様の体は綺麗になっていたのです」


 二人を見上げてミリは、今日一番の笑顔を向けた。

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