否定できない
好きだ愛している、と言う言葉が免罪符になるわけではない。しかしその気持ちが行動の原動力にはなり得る。
ミリはバルとラーラの長年の問題に、愛の名の下にメスを入れた。
「まずお母様。お父様が特別と言う事は、お父様と他の男性を比較していると言う事ですか?」
「比較?比較ってどう言う意味?」
「普通に、他の男性と比べてお父様は特別なのでしょうか?と言う意味なのですけれど?」
「ええ。もちろんそうだけれど?それがなにかしら?」
「男性は自分が自信のない分野で、他の男性と比較されるのを嫌がります」
「え?そうなの?でもそれは女も同じではない?」
「そうですか?そうかも知れません。しかし未経験の分野での比較は、女性はそれほど気にしませんが、男性は嫌がります」
「そうなの?未経験なら比較も何もないと思うけれど?」
「いいえ。お母様は誘拐された時に、望まぬ結果とは言え、何人もの男性を相手にしましたよね?」
「え?ミリ?何を?」
「その事が、お母様が自分が汚れていると仰る根拠なのではありませんか?」
「それは・・・そうだけれど」
「お母様がお父様を特別と言う時に、他の男性と比較しているならば、お父様はお母様との間の男女の営みに憂いを感じると思います」
「ミリ・・・」
「・・・ミリ」
「どこでそんな話を仕入れて来るのよ?」
「断片的な情報を繋ぎ合わせました」
「それだからと言って、そんな結論を見付けるなんて・・・」
そう言うバルの様子を見て、ミリは推測がそれほど外れてはいない様だと感じる。
バルには黙っていて貰う積もりだったけれど、これくらいは良いかとミリは妥協した。
「私はフェリ曾お祖母ちゃんに、世の中には情報が溢れている事を教わりました。そしてピナお養祖母様に、情報を見逃してはいけない事を習いました。デドラ曾お祖母様には、情報の活用の仕方を教えて頂いています。それらは自然に組み合わさりますので、結論を見付けると言う程の事はしていません」
「あの人達か・・・」
「・・・仕方がないって思っても、良いのかしら?」
バルもラーラもミリを見て、小首を傾げながら、小さく息を吐いた。
「ミリ?」
「はい、お母様」
「アクセサリーって、小さい子のおもちゃから、王族が代々受け継ぐ様な逸品まで、様々でしょう?」
「はい」
「でも一律、アクセサリーと言われるわよね?」
「はい」
「それと一緒で、お父様も他の男性も一律男性だけれど、全然違うのよ」
「全然違うのは、お母様に取っても私に取っても、その通りだと思います」
「比較していると言っていたけれど、比較と言うより区別ね。お父様かお父様ではないか」
「そう言う事ですか」
「ええ。分かって貰えたかしら?」
「はい。つまりお父様はお母様と夫婦の営みをする時も、余計な憂いも不安も感じる必要はないって事ですね?」
「え、いえ、それは」
「お母様?お父様には憂いが必要なのですか?」
「いいえ、その必要はないけれど、そうではなくて」
「そうではなく?もしかしたら、お父様はご自分に自信が持てる様にする為に、どこかで練習してからお母様と営むべきですか?」
「違うわよ?そうじゃないのよ?」
「・・・ミリ?」
「違うと言うなら、お父様が女性経験がないままでも」
「ミリ?」
ミリは睨むバルと目を合わせない様にして、そのまま言葉を続けた。
「構わないのですね?」
「それは、ええ」
「これまでの話だと、きっとお母様は、構わないどころか、お父様に他の女性と男女の関係にはなって欲しくないのですよね?」
「・・・それは・・・」
「それは?」
「・・・そうだけれど・・」
「けれど?」
待ってもラーラが続きを言わないので、ミリは睨み続けているバルに視線を向けた。
「お父様?」
「ああ、何かな?」
バルは低い声で返す。
「お父様は子供の頃にお母様に会いたかった、子供のお母様を見てみたかったと思った事はありますか?」
「え?それはもちろんだよ。もっと前に会いたかったとは、良く思ったよ」
「私はお母様にそっくりだと言われますが、私が育って行く様子を見て、お母様の子供の頃を思い浮かべたりする事もありましたか?」
「ああ、あるね。あるよ」
「私がお母様とそっくりで良かったですか?」
実はミリの眉の形は、どちらかと言うとバルに似ていた。
けれどミリはそれに気付いてから、眉の形をラーラに寄せて整えている。
「ああ。ミリがお母様にそっくりなのは、お母様の子供の頃を見る事が出来ているみたいで、とても嬉しいよ」
そう言ってから、バルは慌てて訂正した。
「もちろんミリが可愛いのは、お母様に似ているからじゃないからね?いや、お母様に似ていても可愛いけれど、それはそれとして、ミリはそれだけで可愛いのだから」
思いだした様にバルに褒められて、褒められ慣れていないミリはスルーしそうになり、慌てて「ありがとうございます」と礼を述べた。
ミリはラーラを向く。
「お母様?お母様は小さい頃のお父様を見たいと思った事はありませんか?」
「それは、あるけれど」
「やっぱり、そうですよね?私も小さい頃のお父様はどうだったのか、見てみたいと思います」
「そうかい?でも二人に比べたら、見応えはないよ?」
「いいえ、見応えなんて要らないのです。ねえ?お母様?」
「ええ、そうね。小さいバルに、私も会ってみたかったわ」
「そうか。本当に、幼い頃に出会えていたら良かったね」
「ええ、本当に」
また見詰め合う二人に、流れを切らしたくないミリが「お母様?」と呼び掛ける。
「お母様はお父様にそっくりな子供を見てみたいと思いませんか?」
「え?」
「お母様?お父様は、他の女性を相手にするのは嫌だと、言っていますよね?」
「え?ええ」
「お父様が他の女性を相手にするのは、お母様も嫌なのですよね?」
「・・・ええ」
「そうすると、お父様そっくりのお父様の子供を産める可能性があるのは、お母様だけですよね?」
「でも、私はお父様に触れて頂く訳にはいかないのよ」
「それは何度も聞きましたけれど、可能性の話です。お父様の子供が産めるのは、よその女性とお母様と、どちらが可能性がありますか?」
「それは・・・」
「それは?」
「・・・私だけれど」
「そうですよね?よその女性には可能性なんて、ない方が良いですよね?」
「ええ、まあ」
「よその女性には可能性は要りませんよね?どうですか?要りますか?」
「それは、要らないけれど」
「そうですよね?私もそう思いますし、それを望みます」
そう言ってミリは大きく肯いた。
「私は先程は、異母弟妹でも良いと言いました。でも本当は、お母様以外の女性に、お父様の子供を産んで欲しくはありませんし、お父様の子供の母親は、是非お母様であって欲しいです。もしお父様の子供が産まれるとしたら、お母様もそう望みますよね?」
「それは、でも」
「お母様はお父様の子供を産むのが嫌ですか?」
「嫌だなんて、そんな」
「もしかして、私を産んだ所為で、もう子供を産むのは嫌になりましたか?」
「それはないけれど、そうではなくて」
「私を産んだ事、お母様は後悔していますか?」
「してないわ。してる訳無いじゃない。当たり前でしょ?」
「良かった」
そう言ってミリは笑った。
それに釣られてラーラも硬かった表情を緩める。
それを見たミリは、ラーラを囲い込んだ。
「お母様に取ってお父様は、他の男性と比較することなく特別に区別され、お母様は小さい頃のお父様を見たいし、お父様そっくりの子供も見たいし、お父様の子供を他の女性が産むのは許せないし、お母様は子供を産む事自体は嫌ではないし、お父様の子供を産む事も嫌ではないし、お母様が汚れていないならお父様に触れられたい。そうですよね?」
汚れが囲いの唯一の出口になっている。
一つ一つはそうだけれど、そうやって並べられると、ラーラは肯く事が出来なかった。
だからと言ってラーラは、否定する事も出来なかった。




