16 初恋について
ラーラの恋愛経験に疑問を感じたバルは、少し踏み込んだ質問をする決意をした。
「ラーラは好きな人はいないのか?」
「ええ」
「初恋は?」
「あります。幼い頃ですね。あっと言う間に失恋しましたし、経験値はゼロですけど」
ラーラの恋愛経験値情報はバルが欲しかった物ではあったが、ゼロ回答だった。まあ、初恋だし。
「あっと言う間って?その話は聞いても良いか?」
「ええ。相手はいつも護衛に付いてくれているキロです。今日もあそこにいます」
ラーラが指を指す護衛達の方をバルは振り返った。ソウサ家の護衛もコードナ侯爵家の護衛達と一緒に、周囲を警戒しているのが見える。
「護衛のキロとメイドのミリは、私が行商に付いて行って旅をする時も一緒でした。二人は仕事に着く前から、私が旅をする前からずっと、私のお守りをしてくれていました」
「そうなのか」
「ええ。私はキロを兄だと思っていたんです。本当の兄達は私が物心着く前から行商に付いて旅に出ていたので、たまにウチに来る意地悪な親戚の子だと思っていました」
「え?意地悪?兄さん達はラーラに甘いんじゃなかったのか?」
「兄さん達は私を構っていた積もりだったみたいだけど、私はそれを意地悪だと思っていて。私がキロを兄だと思っていた事に驚いて、それからはその反動で甘くする様になったみたいです。兄さん達に向かって嫌いだとも、キロがお兄ちゃんなら良かったとも言いましたし」
「俺も上がいるけど、姉上が俺に構って来るのは同じ感じかもな」
「兄さん達からはあれをするなこれをするなって命令されたり邪魔さりたりしましたけど、私に危ない事をさせない為だったみたいですしね。でもキロはやらせてくれるんです。ミリと私が危なくない様に気を配りながら、ここまでは大丈夫だけどそこからはダメだよって感じで」
「そうなのか」
「キロに包容力の様なものを感じていたのは、子供の本能だと思います。嫌いだと言ってから兄さん達も、私に色々とやらせてくれる様になりましたけど」
「それで兄さん達の真似をする様になったのか」
「それでもキロの真似の方が多いですね。一緒にいる時間が長いですし。一番は多かったのはミリの真似ですけど、そのミリはキロの真似をしていましたし」
ラーラの恋愛に関しては、やはりソウサ家のメイドが鍵を握っているのかも知れないと、バルは感じた。
「それで初恋か」
「ええ。ミリより私の方が小さいので、真似しても中々上手く出来ません。そうするとキロが面倒を見る時間はどうしてもミリより私の方が長くなります。それでヤキモチを焼いた誰かさんに、キロはミリのお兄ちゃんだけど私のお兄ちゃんじゃないって言われて。その時です。兄妹じゃないなら結婚出来るって思って、キロへの恋心を覚えました。それが初恋ですね」
「え?それまでは意識していなかったのか?」
「はい。兄だと思っていましたから」
「そう言うものなのか?」
「そう言うものですよ?」
「いや、まあ、ラーラらしいけれど」
バルには他の言葉が浮かばなくて、辛うじてそう口にした。
「納得して貰えたと思う事にします。それでキロとは結婚させないってミリに言われて、失恋です」
「え?キロに振られたとか、キロに好きな人がいたとかじゃないのか?」
「それを確かめる暇もなく、自覚した直後に失恋でした。一呼吸の間の恋ですね」
「キロは知っているのか?ラーラの気持ちを」
「どうでしょう?」
後を振り返ると、ソウサ家のメイドがほんの少し首を傾げた。
その首の傾げ方が、メイドの恋愛系への経験値の低さを表す様にバルには見え、不安を覚える。
「知らないかも知れませんね」
「それで?直ぐに諦めたのか?」
「ミリがさせないなんて言うのはよっぽどですし、キロよりミリの方が好きでしたから、まあ良いかなって」
「そんなものなのか?」
「あ、そうだ。確かミリとも姉妹じゃないって気付いて、それどころではなかったんだ」
「それどころではって、まあ、それもラーラらしいけれど。キロとミリは兄妹なんだな」
「ええ。そちらは本当の兄妹です」
「それで?その後新たな恋は?」
「私ですか?いえ、それっきり。よその男の子と一緒にいる時間は短いですし、どうしてもキロやミリと比べてしまいますからね」
「そうなのか」
「でもいずれ婚約したら、夫となる人と一緒にいる時間は長くなるでしょうから、それからその人に恋をしますよ」
「そう?」
「ええ。え?何かあります?」
ラーラの恋愛経験値についてはもう諦めたバルは、今度は他の事に心配を感じる。
「相手をミリとも比べるんだろう?」
「ええ」
「ミリもラーラの嫁入りに付いて行くんじゃなかったか?そうしたらラーラの旦那さんは、ミリと比べられ続ける訳だ」
「それは仕方ありませんよ。ミリに勝ってくれる人と結婚したいです。私も夫に協力しますし」
「そうか。その時に交際練習が役に立つと良いな」
「ええ。そうですよね」
ラーラがふんわりと笑うのを見て、バルも釣られて微笑んだ。
隠れた課題が結構存在しそうな事に気付いたバルは、今は笑うしか無いかも知れない。
「ところでラーラとキロが結婚する可能性は?」
「それはミリが嫌がりますから」
「それは子供の頃の話だろう?ラーラの嫁ぎ先が兄の所なら、付いて行くミリも喜びそうだけれどな」
「そうなるとキロ次第ですかね?主従関係だけでは生涯を共にする相手を強制出来ません。私を無理矢理押し付けて、キロにウチから出て行かれても困ります。貴族の方達とは違いますし」
「ラーラとしてはどうなんだ?」
「親や祖父母が決めたら、キロとでも結婚します。多分バルは私の気持ちを言ってくれているんでしょうけど、失恋済みなので」
「でも、嫌いじゃないんだろう?」
「もちろん好きですよ?ああ、その意味では貴族の方達と近いかも。ソウサ家やソウサ商会のプラスになる縁談であれば受けるでしょうから」
「それは、相手がイヤな奴でも?」
「祖父母も両親も、変な人との縁談は持って来ない筈です。みんな仕事柄、人を見る目はありますし、情報もしっかりと集めてくれると思うので。幸いソウサ家は選ぶ側に回る事が出来るから、人選に付いては心配していません」
「貴族ではなくても、好きな相手を選べる訳ではないんだな」
「だからこそ、円滑な交際や結婚生活の為に、バルに鍛えて貰っているんじゃないですか?」
「この交際練習、ラーラの役に立っている気が今一つしないし、ラーラの練習をどうするかはもっと考えなければと思っているんだけれど」
「そんな事ないですよ?」
「こんなのでも鍛えている事になるのか?」
「バルは兄さん達ともキロとも違いますから。兄味のない同世代の生身の男子を知る役には立っています」
「兄味がないって、俺の方が年上だけれど?兄味って初めて聞くけれど、まあそれは置いておいて」
「頼れる頼れないって意味ではないですよ?でもバル兄さんやバル先輩じゃなくて、私にバルって呼ばせましたよね?」
「それでいったらキロも呼び捨てじゃないか」
「キロは兄スタートなので」
「うん?基準が良く分からないな」
「仕方ありません。理由は後付けですから」
「なんだそれ?」
「バルとは身分も年齢も性別も差がありますけれど、今は私は勝手に対等だと思って接しています。友人だと言ってくれた言葉に頼って。それをバルも許してくれていると思っています」
「それはそうだし、兄とも先輩とも思って貰いたい訳じゃないよ。俺もラーラを対等な友人だと思っているし、ラーラがそう思って接してくれているとも思っている。そしてそれを嬉しくも思っている」
「バル」
「先回りして言うけれど、交際練習に有利だからとかじゃないからな?交際申し込みが真剣だったと言い切れない事に、引け目を感じてでもない。ラーラが言ってくれたみたいに、俺も一生ラーラと付き合って行きたいと思っている。どうせなら、それを許してくれる人と結婚したい」
自分がバルの友人である事をリリ・コーカデスが認めてくれるかどうか、ラーラは考えようとしたけれど止めた。




