切り札、決心
バルもラーラも、ミリになんと説明すれば良いのか、考え倦ねていた。
なんでウチの娘はこんなに頑固なのだろう、と二人揃って考える。ついさっきまで、親の言いなりになる事を心配していた筈なのに。
いや今も、結婚するな、家を出るな、と言うバルの言う事はきく様だけれど、どう見てもそれを逆手に取って、ゴリ押ししようとしていた。
思わず二人揃って小さな溜め息を漏らす。
ミリはそれを見逃さずに、畳み込む好機だと捉えた。
「お母様は私が生まれてから、社交をなさっていませんよね?」
「それは、あなたを産んだからと言う訳ではないわよ?」
「我が家は貴族家と言っても傍流だから、社交は必須ではないんだよ」
「はい。それでも人前に一切出なくなりましたよね?」
「一切と言う事はないけれど」
「そうですか?」
「ミリ?また変な事を言おうとしてないだろうね?」
バルはミリを睨んだ。ラーラの耳に入らない様にしている他の噂の事も持ち出されては困る。
「いえ。護衛に付いてです」
「護衛?護衛がどうかしたのかい?」
「私が生まれた時には、お母様の育てのお父様が、お母様の護衛をなさっていたのですよね?」
「ええ」
ラーラは警戒を目に浮かべながら肯いた。
バルは懸念していた内容ではなかったので、少し体の力を抜く。
「ガロンさんの事だね?それが何か?」
「お母様が人前に出なくなったのは、お父様がお母様を守れないからではないのですか?」
「ミリ!なんて事を言うの?!」
ラーラがきつくミリを睨むけれど、今はテーブルを挟んで座っているから、いつもよりミリには効果がなかった。
「ガロンさんはお母様に触れると聞いています。ガロンさんが護衛なら、いざと言う時はお母様を抱き抱えて逃げられますけれど、他の人だと無理ですよね?」
「抱き抱えてられなくても、自分で走って逃げるわよ」
「でも、お母様が人前に出なくなったのは、ガロンさんが護衛を辞めてから。ガロンさん以外の男性はお母様に触れない。近付く事も出来ないから、お母様を背中に庇う事さえ難しい。長くお母様に付いている護衛女性ならお母様に触れるけれど、一人ではお母様を運べない」
「それは、そうだけれど」
「社交が必須ではないとは言え、パノ姉様に頼んでお父様のパートナーを勤めて頂いたりもしています」
「ミリ」
バルが小さいけれど鋭い声で、ミリの名を呼んだ。
ミリはそれに微かに肯き返す。
「それはひとえに、お母様の安全が確保出来ないからではありませんか?」
「それは、そうだけれど」
「そうですけれど、もし、お父様とお母様が本当の夫婦なら、お父様がお母様に触れる事が出来るなら、お母様の事はお父様が守って下さいますよね?」
そう言ってミリはバルに顔を向ける。その顔には、無邪気に見える笑みを浮かべていた。
「それは、もちろんだけれど」
バルはそう答えるしかない。
「お父様は護衛の指導をなさっているだけではなく、常に鍛錬も欠かしていらっしゃいませんから、お父様に守られるなら、お母様は一切心配がないと私は思うのですけれど、お母様はいかがですか?」
「それは、もちろんだけれど」
そうバルと同じ言葉を口にしながら、ラーラはミリの誘導から抜け出す道を探っていた。
その横で、妻と娘の信頼が嬉しいバルは、ちょっとニヤけている。
「お母様はお父様を怖くはないのですよね?」
「そうだけれど、違うのよ」
ラーラは強引に道を変えようとする。
「何がですか?」
「私はお父様に触って頂く訳にはいかないの」
ラーラの言葉にバルが驚く。
「それは、どう言うことだい?」
「後で説明するわ」
「いや、だって」
ミリを誤魔化す積もりが、バルが引っ掛かってしまった。
ラーラは手を伸ばして、バルの手に手を重ねた。それでバルを黙らせる。
けれどそれだけでは少し不安を感じて、バルを見詰めてラーラは言った。
「バル?私を信じて」
その言葉にバルは戸惑った。
その言葉にミリは、ラーラが何を言い出すのか予想が付いて、うっかり僅かに口角を上げてしまう。
しかしバルを見詰めていたラーラは、それを見逃した。
「ラーラ?」
「大丈夫よ」
不安に瞳を揺らすバルの手をラーラは今度は両手で包むけれど、バルは尚更落ち着かない。
これまでの経験から、ラーラがろくでもない事を言い出す予感が、バルの心に浮かぶ。
これまでの経験から、バルが邪魔をして来そうな雰囲気を感じ取ったラーラは、さっさと済ませようと顔をミリに向ける。
ラーラは切り札を切る事を決意した。
「ミリ?」
「はい、お母様」
「私はお父様に触って頂く訳にはいかないの」
ラーラはもう一度、同じ言葉を口にした。
ミリは考えた。
お母様が言い出す言葉は予想が付く。それは自分から言った方が良いのだろうか?自分が言った方が、お父様もお母様も傷付けそうだけれど、どうせこの後、自分からも同じ様な事を言わなければならない。話が二段階になるより、自分が口にして一段の方が良いだろうか?けれど自分が先に言葉にすると話が長引いて、それこそ却って余計なダメージを与えるかも?
秘密の秘密を伝える場面は何度もシミュレートしていたミリだけれど、今のこの状況は事前検討が足りていなかった。
浮かれて弟妹が欲しいと言ってしまったのは、少し早まったかも知れない。
そんなミリの逡巡の間に、ラーラは覚悟を決めていた。
「それは、辱めを受けた時に、私の体が汚れてしまったからなの」
その言葉に反応したのは、ミリではなくバルだった。




