秘密です
「お父様とお母様はお互いに、大切に思っていらっしゃると、私は思っていますけれど、これは合っていますよね?」
ソファの後の離れた位置から、バルとラーラにミリが問い掛ける。
「それは、うん」
「ええ。お父様と私は、お互いを大切に思っているわ」
ミリはそれを聞いて、一つ肯いた。
「ですけれど、お父様とお母様はお互いに、相手を異性としては見ていないのですよね?」
「え、いいえ、そんな事」
「私に取って女性はお母様だけだよ」
「私に取ってもよ?私に取って男性は、お父様だけだわ」
「そうですか?それはつまりお互いに、男女と認めているのですね?」
「ええ、もちろん」
「もちろんだよ」
「それでもお父様とお母様は、男女の営みは行いたくないないと?」
「行いたくないって」
「そう言う事ではないんだよ」
「行いたいのですか?」
「だから、そう言う事ではないんだ」
ミリは、自分が結婚するもしないも望まないって言った時には理解してくれなかったのに、と思う。
「お父様」
ミリに見詰められて、バルは少したじろぐ。
「ああ、その・・・なんだい?」
「結婚しても赤ちゃんを授かるとは限らないと仰いましたよね?」
「ああ、うん。そうだね」
「でも、結婚しなくても、赤ちゃんを授かる事はありますよね?」
「いや、それは」
「私が生まれた様に」
「・・・ミリ」
「ミリ・・・」
「お父様とお母様が弟も妹もダメだと言うのなら、私が産もうと思います」
「え?ミリ?」
「あなたはまだ子供でしょう?」
「はい。ですから体が大人になってからの話ですけれど」
「それって、結婚しないで産むって事?」
「はい」
「はいって、ミリ」
「お父様は私の結婚を許しませんので、当然そうなります」
「いや、そうだけれど」
「この家に男性を連れて来るのもダメだとの事ですので、外で赤ちゃんを授けて貰います」
弟妹も馬車も要らないと言えば、外泊の許可くらい貰えるかも知れない、とミリは考えた。
外泊がダメでも、一緒のベッドに寝るくらいの時間は作れる筈。ミリはそう計算している。
「ダメだダメだダメだ!」
「ミリ?子供を産むのも育てるのも、かなり大変なのよ?」
「はい。そうだと思います」
今のミリと同レベルの衣食住を実現するにはいくら掛かるのか、ミリは知っている。
コードナ侯爵家とコーハナル侯爵家とソウサ商会でミリが受けている教育も、金額に換算するといくらになるか、ミリは見積もれる。
「ですので、お父様とお母様が私の為に、蓄えて下さったお金を出産と子育てに使わせて下さい」
「ダメだ!」
バルがそう言うのも、ミリは想定済みだ。
「では、私の赤ちゃんには、普通の平民の暮らしをさせます」
「え?どうやって?」
「育ての両親を雇って普段は育てて貰って、日中に時間を作って会いに行きます」
「そんな事にも金は使わせない」
「はい。それは自分のお金でまかないます」
「え?自分の?」
「自分のお金って、何?自分で稼いだお金って事?」
「はい」
「ダメだ。ミリには仕事をさせない」
「お父様は私を就職させないのですよね?」
「もちろんだ」
「バル・・・」
「でも元手を投資するのは、仕事ではないですよね?」
「え?それは、どう言う意味だ?」
「本人が自分の資金を投資に使うのは、この国では仕事に定義されていません」
収税の観点から、労働での所得と投資での所得は税率が異なる為、投資活動は労働には含まれていなかった。
「その元手はどうするの?」
「そうだよ。元手にもミリの為の金を使わせないからね?」
「元手はもうあります」
「え?ある?」
「その元手はどうしたの?」
「秘密ですが、貯めて頂いたお金に手を付けた訳ではない事は、帳簿を見て頂ければ分かると思います」
「秘密って、なんで?」
「なぜ秘密なのかも、秘密です」
ミリは船員達に、バルお薦めスイーツをお土産として売っていた。
最初はコードナ家の信用で、菓子店からツケでお菓子を手に入れた。
それを船員達に売る時に、バルのお薦めである事でお土産を渡す相手が喜ぶ事を保障する、プレミアム料を上乗せ請求している。情報を利益にしていたのだ。
菓子店に代金を支払った残りは、ミリの手元に残っていた。
そこからお菓子だけではなく、船員の小遣い稼ぎのアクセサリーを買って、別の国の船員にお土産として売ったりして、徐々に蓄財して行っていた。曾祖母フェリ・ソウサに目利きを鍛えられたお陰である。
まだ額としては少ないが、ミリが大人になる頃には、家を借りて育ての親を雇うのも、充分に狙える利益増加率だった。
ただし、利益に対して税金を支払っていないので、儲かっているのは秘密だ。脱税かと言われると、お使いのお駄賃とか不要品売り渡しだと言い張れば、今はまだギリギリ脱税ではないけれど。
「もちろん、お父様とお母様や皆さんに頂いた、宝石やアクセサリーなどを売ったりもしていません」
「それでどうして、お金が稼げるの?」
ミリはニッコリと笑った。
「秘密です」




