ありがとう
「知っているって、なんで?」
ラーラは自分でも教える積もりだったのに、ミリが知っている事に顔色を失くした。
バルはミリの両肩を掴んで、胸からミリの体を引き剥がす。
「誰に言われたんだ?」
予想以上の二人の反応に、ミリは少し驚く。けれどミリは、今日の事を既に何度もシミュレートしてあった。
落ち着いた声を作って、ミリは応える。
「面と向かって言われた事はありません」
「陰口を叩かれていたのか?」
「いいえ。色々な話の断片を繋ぎ合わせたら、そう言う事なんだろうなと気付きました。それからも推測を補強する様な話が多かったので、確信していました」
ミリの両肩から手を放して、バルはミリを抱き締めた。
「・・・済まなかった」
「え?何がですか?お父様?」
「その小さな胸で、こんな秘密を抱えて、誰にも相談できなかったのは、私達がミリに内緒にしていたからだね」
「お父様?ご覧の通り、私は大丈夫でしたよ?」
「それでも、ゴメンな、ミリ」
シミュレーションにはなかったバルの謝罪に、ミリを抱くバルの腕に手を当てて、ミリは「はい」とだけ答えた。
「ミリはどこまで知っているの?」
顔色の戻らないラーラが訊く。
ミリの手を握り締めるラーラの両手に、無意識に力が籠もる。
「ほとんど知っていると思います」
ミリはバルの腕の中から覗く様にラーラを見て、微笑みながらそう言った。
そしてミリは自分から、知っている事を説明する。シミュレーションの結果、これが一番誤解が少なく、話も早い筈だった。
「パノ姉様の手紙が犯罪に利用されたのは、お母様の誘拐事件だった事。私が名前を頂いた方はお母様のメイドで、そのお兄さんはお母様の護衛で、二人ともお母様を助ける為に亡くなった事。誘拐犯に辱めを受けたお母様に、承知の上でお父様がプロポーズをなさった事。お母様がお父様との結婚をごねた事」
「ごねたなんて」
「ごねていたじゃないか」
「二人が結婚して私が生まれた事。私の血縁上の父親が誰だか分からなくて、犯罪者の可能性がとても高い事」
「ミリ・・・」
ラーラはミリの手から片手を放して、自分の口を覆った。
「神殿の信徒に、お母様は悪魔、私は悪魔の子と呼ばれている事」
「あんなヤツラの事は良いんだ」
バルはラーラの頭を片手で撫でた。
顔が隠れてラーラが見えなくなったので、ミリはバルの手を少しずらす。
「まだ細かい事はありますけれど、みんなが私に隠していると思える事で、私が知っているのはこの様な感じです」
ラーラは胸を反らせて鼻で大きく息を吸い、ゆっくりと吐いてから口を開いた。
「辱めの意味も、ミリは知っているの?」
「はい」
ミリは男女の営みの情報を船員達から仕入れていた。
ちなみに船員女性達から、避妊に関する知識まで教わっている。
「そう・・・」
ラーラの顔が歪む。
ミリはバルの腕から抜け出した。
「お母様」
ミリはラーラの隣に座ると抱き付いた。
「産んで下さって、ありがとうございました」
「ミリ」
ラーラはミリを抱き返すと、我慢していた涙が溢れてしまった。
「私の所為でお母様に辛い思いをさせていたと思います。けれど、私は産んで頂けて良かったです」
ラーラは言葉を出せずに、首を左右に振るだけだった。
ミリは腕を緩めて、ラーラから体を離し、笑顔をラーラに向けた。
「本当に、ありがとうございます」
そう言って、ミリは頭を下げた。
ラーラが少し落ち着いてから、ミリはバルを振り向いた。
バルは顔をとても蹙めていた。
「お父様」
「ミリ」
バルの声が低い。
ミリは真っ直ぐにバルを見上げる。
「お父様が私を受け入れてくれた事に、とても感謝しています」
「ミリ?」
ラーラの言葉が固い事に、バルは少し戸惑う。
「お母様と結婚して下さって、ありがとうごさいました」
「そんなの、当たり前だ」
バルの返しが少しおかしくて、ミリはクスッと笑った。
「お母様に私を産ませてくれて、ありがとうございました」
「当たり前だってば」
「私にお父様と呼ばせて下さって、私を愛して下さって、ありがとうございます」
「当たり前だって言ってるだろう?」
「これからも、お父様と呼んで良いですよね?」
「当たり前だ!ミリの父親は俺だけだ!」
「ありがとう、お父様」
そう言ってミリはバルに抱き付いた。
バルはミリを抱き返す。
「俺の方こそ、ミリ。生まれて来てくれて、ありがとう」
再び涙が流れ始めたラーラが、腕を伸ばして二人を包む。
「二人とも、ありがとう」
ラーラの声は、か細く震えていたけれど、ミリとバルにはちゃんと聞こえていた。




