おねだり
「ミリは可愛いよ。ミリが可愛いのだからね?」
バルの言葉にミリは戸惑う。
褒めている方は褒めている積もりだったであろうけれど、やはりミリは褒められ慣れてはいないのだ。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
バルはそう応えて、笑顔をミリに向けた。
それに返そうとするミリの笑顔は、少し引き攣れて見えなくもない。
「ミリは賢いわ。これも褒め言葉よ?」
「はい、ありがとうございます」
振り返って笑顔を向けたミリは、ラーラがイタズラっぽく笑って見えた。
そんな褒め浴びせをバルとラーラはミリに対して繰り返した。
ミリとの距離を測りかねていたバルとラーラに取って、今日の会話はとても有意義だった。多少なりともミリの考えに触れる事が出来たと、ラーラもバルも思っていたからだ。
その為、二人のテンションはいつもより少し高かった。
「さて。そんな可愛いミリの誕生日がもうすぐだよね?」
バルの弾んだ声に、ミリは「はい」と肯く。
「ミリは何か欲しい物はあるの?」
「何でも良いから、言ってご覧?」
ラーラとバルの言葉に、ミリがわずかに反応する。
二人とは違って、ミリはかなり疲れていた。それなので普段なら抑えている望みが、思わず頭に浮かぶ。更にはその考えに戸惑った事が、わずかに表に現れていた。
そしてそれをラーラは見逃さなかった。
「なに?何か欲しい物があるのね?」
「そうなのかい?何でも良いから、言ってご覧?」
「いえ」
「いえ?でも、欲しい物があるのでしょう?」
「ドレスとかかい?それとも宝石?いや、アクセサリーかな?」
ミリは「いいえ」と答えて、首を左右に小さく振る。
「ドレスは頂いても、着ない内に小さくなってしまった物が何着もあります」
「育ち盛りだからね。仕方ないよ。でも、一度は袖を通したじゃないか」
「頂いた時に、試しに着てみただけですよね?それにアクセサリー類も大切にしまってありますけれど、やはり着ける機会がない内に年齢に合わなくなってしまいました」
「そんなの、可愛かったから構わないんだよ」
「でも、折角頂いたのに、もったいないです。大切に使いたかったのに」
「そうか。今度は大人になってからも使えるデザインにしよう」
「大人になってからアクセサリーにする為の宝石も、もう充分に頂いています」
「いくらあっても良いと思うけれど、それならドレスやアクセサリーを身に着ける機会を増やそうか?」
ラーラがピクリと反応した事に、隣に座っているミリは気が付いた。
機会を増やすと言うけれど、ミリが参加出来る様なパーティーは行われない。身内の誕生会くらいだ。つまりミリが参加する機会を増やすには、コードナ家でパーティーを主催する必要がある。
ラーラが社交を行わなくなっているので、今のままだとパノに負担を掛ける事になる。
それはミリにも分かっていた。
「お父様、それは本末転倒です。私はアクセサリーもドレスも欲しいとは思っていません」
「それなら、ミリは何が欲しいの?」
パーティー主催を避けたいラーラは、ミリの欲しい物を考えてみる。
「新しい乗馬服とかは?」
「そう言うのは普段も作らせているじゃないか?」
「そうね。新しい馬車とか?」
「それは良いな。どうだい?ミリ?」
「はい」
「それほど欲しくないの?」
「いいえ。馬車が良いです」
「だけど馬車だと誕生日に間に合わないか」
「そうね。これからだと誕生日には、設計図が出来上がっているかどうかね」
「あ、今年は設計図を頂いて、来年の誕生日に馬車を頂きます」
「と言う事はミリは、馬車もあまり欲しくないんだね?」
「いえ、そんな事はありません」
「他に欲しい物があるのかい?」
「いいえ、特には」
「ミリは本当に、宝石もアクセサリーもドレスも要らないし、馬車も欲しい訳ではないのね?」
「それは」
「正直に言いなさい」
「・・・はい。特には・・・」
「つまり他に欲しい物があるけれど、それは私達に言えない物なのね?」
「え?ミリ?そうなのかい?」
「あ、いえ」
「言える?」
「危ない物かい?」
「あ、いえ」
「違法な物ではないよね?」
「違います違います!」
「もしかして・・・」
バルはミリの耳に顔を近付けて、小声で尋ねた。
「玉座?」
「え?!絶対違います!危ないじゃないですか!」
「あっはは。良かった。ミリが欲しがったらどうしようかと思ったよ」
バルがテンション高く笑い声を上げる。
バルのテンションに付いていけなくて困っているミリの隣で、ラーラはミリの欲しがりそうな物を考えていた。
「もしかして、ミリの欲しい物は許可とか?」
「え?許可?許可って何の?」
「例えば行商を日帰りではなく、王都から離れた所まで行きたい、とか?」
「それはミリが自分で断ったじゃないか?」
「そうね。大勢の護衛を付けたら人件費や宿泊費が嵩んで、収支が赤字になるもの。だからソウサ商会がやるように、護衛に付くのは一人だけで行商したいとか?」
「そんなのはダメだ」
「そうやってバルが反対するから、ミリが言い出せないんじゃないの?」
「あ、いや、でも」
「ねえ、ミリ?お父様や私が反対するから、言えないの?」
「いえ、別に欲しい物もやりたい事もありません」
ミリの答にバルのテンションが下がる。
折角近付いたと思ったミリとの心に、また距離を感じて、ラーラも小さく息を吐く。しかし、諦めない。
「さっき、違法ではないってミリは言ったわよね?つまりミリの頭には、欲しい物が浮かんでいるのでしょう?」
「それは・・・」
「それは?」
「・・・そうですけれど・・・」
「そうなのね?それならそれを私達に教えてちょうだい?ねえミリ?」
「何が欲しいんだい?」
バルは、ミリが欲しがっているのは、小さい子が欲しがる様な物かも知れないと思った。それなので恥ずかしがって、口に出来ないのではないかと考えた。
ラーラは、やはり何らかの許可かしら?と思う。港町でのミリの様子を聞くに、もしかしたら船で他国まで旅をしたいのかも知れない、との考えがラーラの頭に浮かぶ。
「何でも構わないから、私達に言ってご覧?」
「お願い。ミリの望みを私達に教えて?」
ミリはバルとラーラに、褒める事に関して気を遣わせる事になって、負い目を感じていた。
それなので、思っている事を伝えて、二人に更に負担を掛けたくなかった。
「でも、誕生日には間に合わないと思いますし」
「構わないよ」
「やっぱり、欲しい物があるのね?」
「教えてご覧よ?」
「どんな物が欲しいの?」
負担を掛けたくはなかったけれど、しかしミリは疲れている。
今日のパサンドとの遣り取りも、その後のメイドの処遇に付いても気を使った。その上、帰って来てからのバルとラーラとの遣り取りで、もうクタクタだった。
それなので、良い誤魔化し方も、あるいは言い訳も、他に欲しい物も、何も思い付かなかった。
その疲れは、ミリの心のハードルも下げた。
普段なら絶対に言わない望みが、ミリの口から零れる。
「私・・・兄弟が欲しいです」
とにかくこの場を早く終わらせたかったのもある。
こんな事を言ってしまったら、簡単に終わる筈はないのだけれど。




