褒める気
「褒められた記憶がないって、どう言う事だい?」
バルの質問にミリは答え倦ねる。
「あの、お父様が私に答えさせたいのは、記憶がない理由でしょうか?」
「ああ、そうだよ」
「バル?記憶がない理由が分かるくらいなら、記憶がなくはないのではない?」
少し呆れた口調のラーラの言葉に、バルは小首を傾げた。
そのバルを放って、ラーラはミリに尋ねる。
「私が褒めた事も記憶にない?」
「それは、その」
ミリはラーラを見た後に、視線を下げた。
「ミリ。本当の事を言いなさい」
「申し訳ありません。記憶にありません」
そう答えながら、ミリは頭を下げる。
「謝らなくて良いのよ?あなたが悪い訳ではないわ」
「・・・はい」
ミリは頭を上げたけれど、顔は上げなかった。
「でも髪型を褒めたり、服装を褒めたりしていたとは思うのだけれど?」
その言葉にミリはラーラを向く。
「はい。今朝もお母様は私の髪型を褒めていらっしゃいました」
「そうよね?」
「今朝なら私もミリの服装を褒めたよね?」
ミリはバルを振り向いた。
「はい。その通りです」
「それは、今思い出したと言う事かい?」
「あの、いいえ。私の服装をお父様が褒めていらっしゃったのは、覚えています」
「え?どう言う事だい?」
バルの言葉が詰問口調になり、ラーラは少し眉を寄せる。
ミリは少し早口で、バルに向けて答えた。
「ですので、今日の服を選んでくれたメイドには、お父様が褒めて下さっていた事をちゃんと伝えました。髪をセットしてくれた侍女にも、お母様が褒めて下さった事は伝えてあります」
ミリは後半はラーラを振り向いて伝えた。
バルは眉間に皺を寄せて、「うん?」と首を傾げる。
ラーラは肩を落として「そう言う事」と呟いた。
「ミリ?」
「はい、お母様」
「私は髪型が素敵なあなたを褒めたのよ」
「・・・はい」
ミリの表情を見て、ラーラは小さく苦笑いをする。
「分かってなさそうね。お父様も、今日の装いを褒めたのではなく、今日の装いが似合うミリを褒めたの。ねえ?バル?」
バルは「ああ」と大きく肯いた。
「もちろんだよ。私はミリを褒めたんだ」
「・・・はい」
ミリは、今日の髪型も素敵ね、と言うラーラの言葉と、今日も可愛い服が良く似合うよ、と言うバルの言葉を思い出していた。
しかしどちらも、素敵なのは髪型だし、可愛いのは服だ。良く似合うの「良く」が褒めている事なのだろうか?そうだとしても、髪型の方はどこが?
ミリは「はい」と言いながらも、その点を二人に追究して良いのかどうか悩んでいた。このままだと今後も二人が褒めた積もりでも、自分は気付かないかも知れない、と考えてミリは困る。
「私が服を褒めた時も、お母様が髪を褒めた時も、ミリはお礼を言っていたけれどね」
「それは、あの、服装やアクセサリーを褒められたら、お礼を言う様にと習いましたので」
「そうか・・・」
「・・・そう言う事なのね」
バルは上半身ごと首を傾け、ラーラは視線を下げて顎に拳を当てた。
バルは一つ溜め息を吐いて、「そう言えば」と口にする。
「俺はコードナの祖母様に褒めて貰った覚えがないのだけれど、もしかしたら、そう言うところがミリにも影響しているのかも知れないな」
「そう言えば私も、ソウサのお祖母ちゃんに、褒めて貰った事、ないな」
ラーラもそう言って、小さく息を吐いた。
「コーハナルのピナ様も厳しそうだよな」
「そうね。お養母様にも褒めて頂いた事はないかも。私を急ぎ教える事で、精一杯だったとは思うけれど」
そう言いながらラーラはミリの髪を撫でる。
「ミリを教える三人共か」
ミリとラーラの様子を見てそう言いながら、バルはまた小首を傾げた。
「ミリ?」
「はい、お父様」
「ソウサのお祖父様や伯父様達はミリを褒めているよね?」
「ソウサの、ですか?」
「あれ?褒めてない?どう?ラーラ?」
「私と親子や兄妹だから、私と同じ様な褒め方なのかも知れないわ」
「そうか。そう言う事もあるか」
バルとラーラが納得した様で、ミリはホッとした。
ソウサ家の男性達にミリは「天使」と呼ばれている。ミリは一瞬、それが褒め言葉だったのかと思った。
けれど、神殿関係者がミリを「悪魔の子」と呼ぶ事に対抗する為の呼び掛けだと思っていたので、口にする事をミリは躊躇した。ミリが「悪魔の子」と呼ばれている事をミリは知らないと、バルとラーラが思っている事をミリは知っているからだ。
天使にも悪魔にも言及しないで済んで良かった、とミリは思った。
「ミリ?」
「はい、お母様」
「お父様も私も、ミリを愛しているのは信じて貰える?」
「はい。お二人にも、他の皆様達にも、大切にして頂いている事は分かっています」
「そう。良かった」
ラーラはそう言って、心から微笑んだ。
寄り添う母娘の様子を見て、バルも顔を綻ばせる。
「これからはミリを積極的に褒めるよ」
「そうね。ちゃんと伝わる様な言葉を選ぶわね?」
「え?あ、はい」
ミリは、やはり二人に気を遣わせてしまう事になって、申し訳なく思った。




