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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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褒められた記憶

「ミリの幸せを考える為には必要な情報よ?」


 ミリの考える、パサンドと結婚した時のミリのメリットに付いて、どうしてそんなにラーラが知りたがるのか、ミリは不思議に思った。


「言いたく無い理由があるなら、その理由を言えば良いわよ?」


 そう言う場合はたいがい理由の方が言えないのに、とミリは思う。


 このままだとミリが言うまで、何日でもラーラは追究するだろう。

 ミリにはそれが分かっているので、話す事にした。もともと勿体振る程の話ではないし。ただし両親を傷付けたり、気を遣わせない様には気を付ける。


「パサンドさんは私を褒めてくれます」

「そうなの?」

「はい」

「どの様な事を褒めるの?」

「美しくなったとか声が良いとかです」


 改めて訊かれると、ミリは少し自信が無かった。

 美しいは褒め言葉の筈。声が良いと言うのは単なる感想の場合もあるけれど、あの時のパサンドの言い方は感想では無い筈。それを言い出すと、美しいも単なる感想だったかも知れなくなるし。


「そう。それで?」

「会う度に何回も褒めてくれるので、結婚しても毎日褒めてくれそうです」

「そうかも知れないわね。それで?」

「パサンドさんは私を褒める時に、誰かと比較したりするのが少しイヤなのですけれど、褒めてくれない人を夫にするより、褒めてくれる人と結婚した方が良いかなと思います」

「他の人とミリを比較するの?」

「はい。誰々より私の方が良い、みたいな褒め方をします」

「そうなのね。それで?」

「比較なので、心からは褒めていないのかも知れませんけれど、心の中で褒めていても口に出さない(かた)よりは、心が籠もっていなくても褒めてくれる(かた)(ほう)が良いと思いました」

「そうね」


 ミリの言葉にラーラが同意したので、バルは少しドキリとした。

 ちゃんとラーラの事を褒めているか、バルは心の中で自分を振り返る。


「それで?」

「あの、終わりです」

「え?ミリに取ってのメリットは何?」

「それは、私を褒めてくれる事です」


 言葉が出なくなったラーラの代わりに、バルがミリに尋ねる。


「そんなの、メリットになるのかい?」

「はい。褒められると嬉しいので」

「それはそうだろうけれど、それくらい、誰でもするだろう?」

「そうなのですね」


 ミリの返しにバルも違和感を覚えた。


「みんな、いつもミリを褒めているだろう?」

「・・・はい」


 そのミリの反応にやはり、バルもラーラも違和感が拭えない。

 ラーラは背中に寒気を感じた。


「ミリ?」

「はい、お母様」


 やはりミリの表情が、ラーラに不安を与える。


「誰に何を褒められたか、覚えている?」

「はい」

「私に教えてくれる?」


 ラーラは今日、ミリの事を褒めたかどうか思い出せなかった。


 ミリは空き地の子供達を思い浮かべる。花冠を作ったり木登りしたり、ミリが何かする度に褒めてくれる子達がいる。

 港町の子達もそうだ。蟹を早く見付けられたり、見えにくい所の海老を見付けたりすると、褒めてくれる子達がいる。

 空き地の子の事はバルとラーラには言えないけれど、港町の子の事は言っても大丈夫だ。


「はい。港町で会う事のある子供達は、私が蟹や海老を見付けるのが上手だと褒めてくれます」


 言ってからミリは、従弟のジゴ・コードナが、上手いかどうかは事実確認だから褒めていない、と言っていたのを思い出す。

 貴族としてはそうなら、答を間違えたかも知れない。


 一方、ラーラの質問の狙いが分からなくて首を傾げていたバルは、ミリの発言に驚いた。


「え?また、随分な例を出したね?」


 その言葉に振り向いたミリの表情を見て、バルはまた驚く。なぜミリが驚いた様な困った様な顔をするのか、バルには分からなかった。

 バルの驚いた様子を見て、やはりバルを傷付けたかも知れないと思い、ミリは視線を下げた。


「申し訳ありません」

「良いのよミリ。私の質問に答えてくれて、ありがとう」


 そう言ってラーラはミリの体を抱き寄せる。

 ラーラは思い出そうとしても、ここしばらくはミリを褒めた記憶が無かった。

 サニン王子の懇親会にミリを一人で参加させた事に、自分がかなり緊張していた所為かも知れない、とラーラは思う。

 そして今も、ミリが質問に答えた事を褒めようとしたのだけれど、上手く褒めに繋げられなくて、ラーラは礼の言葉をミリに向けていた。


 しかし、自分は褒めていないけれど、娘ラブなバルが褒めていない筈がない、とラーラは考える。思い出せないけれど、自分が見ていない所でも褒めているに違いない。

 けれども、それならなぜ、ミリはバルに褒められた事を言わないのか?港町の子供に褒められた話を選んだのか?

 ミリは更に背筋が寒くなった。


「ミリ?」

「はい、お母様」

「お父様に褒められた事は覚えている?」


 ラーラは想像に怯える事よりも、事実を確認する事を選んだ。


「少し待って下さい」

「え?」


 そう言うとミリは目を瞑り、バルとの遣り取りを思い出してみる。

 ミリにはそんな覚えがなかったけれど、バルが褒めたとラーラが感じる様な場面があったのかどうか、振り返ってみた。


 バルはミリが待てと言った事が信じられなかった。


「さっきだって私はミリを褒めたろう?」

「え?」


 ミリは目を開けて、バルを振り返る。思い当たらないラーラもバルを見た。

 二人に見られてバルはたじろぐ。


「え?褒めなかった?でも、いつも私はミリを褒めているよね?」


 ミリは僅かに躊躇ってから肯いた。


「はい」


 バルが安堵する一方、ラーラは眉間に皺を寄せる。


「ミリ?正直に答えなさい。ミリがお父様に褒められたのはいつ?」

「え?ラーラ?」


 バルが戸惑う。

 ミリは視線を下げたまま、ラーラを見ずに答えた。


「いつもです」

「そう?なんて言ってお父様はあなたを褒めたの?」


 下手な事を答えてバルに否定されたら面倒だとミリは思う。


「忘れました」

「私があなたを褒めた事は?」

「・・・忘れました」

「褒められたのに、忘れたのね?」

「申し訳ありません」


 ミリは頭を深く下げる。

 ラーラはミリの体を抱き起こして、顔を自分に向けさせた。


「ミリ?」

「はい、お母様」


 ミリの声が僅かに震える。


「あなたには、褒められた記憶がないのではない?」


 ラーラの辛そうな表情を見て、ミリは自分の失敗を受け入れた。

 しかし、何をどうすれば良かったのか、これからどうすれば良いのか、ミリにはアイデアが浮かばない。


 取り敢えずミリは、「はい」と肯いた。

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