分からない
バルが持っているスイーツのアイデアをミリに語り、ミリが質問や意見をバルに投げかける。
それを見ながらラーラは、ミリに訊きたい事、言いたい事を整理して、それぞれの最低目標を定めた。
バルとミリの話が一段落したところで、ラーラは口を開く。
「ねえ、ミリ?聞いてもらえる?」
「はい、お母様」
ミリがラーラを振り向く。
「私は小さい頃、お嫁さんになりたい人がいたの」
「・・・はい」
ラーラはミリの声から緊張を聴き取った。
たったこれだけで、ミリが固い反応をするのは、ラーラの予想外だった。
ラーラは話の組み立てを少し修正する。
しかしミリの声は、戸惑いが現れた結果だった。
お嫁さんになりたいって、お母様がお嫁さんにして欲しいとか、結婚したいって意味で良いのよね?とミリは考えた。それともお母様の話ではなくて、他の人がお嫁さんになりたいって言っていたと言う意味?とのミリの疑問が声に現れていた。
「けれどダメだって人から言われて、直ぐに諦めてしまったわ」
「それは何故ですか?」
その表情から、お嫁さんになりたかったのはお母様だ、と確信したミリは、普段ミリにはとてもしつこいラーラが諦める事が信じられなかった。
一方、ミリが興味を持ったと思える事に、ラーラは思わず微笑んだ。
「ミリが訊きたいのはダメな理由かしら?それとも諦めた理由?」
「出来れば両方教えて欲しいです」
「そうね。諦めたのは、ダメだと言った女の子の事が好きだったから。その子の事を信じていたし、その子がダメと言うならダメなんだなと思ったの」
「え?お母様?その女の子のお嫁さんになりたかったのですか?」
ミリはそう言う人もいる事を聞いた事があるし、子供なら良く分からずにお嫁さんになると言う事もあると考えた。ラーラが諦めなくても、きっと周りが諦めさせたろうとミリは思う。
ミリが想像したその当時のラーラは、今のミリより幼い姿だった。その小さいラーラは頭に浮かんだ事を直ぐに口にしただけだ、とミリは思う事にした。
そしてラーラは少し慌てる。話が予定外のところに行きそうだ。
「いいえ、違うわよ?その女の子の、お兄さんのお嫁さんになりたいと思ったの。その女の子の事も、お兄さんと同じくらいには好きだったけれど」
本当はその時、ラーラはキロよりミリの方が好きだったけれど、それを言うとややこしくなるから、表現は変える。
「勘違いしました。ごめんなさい」
「いいえ。私の言い方が紛らわしかったわよね」
「いいえ。それでお母様?ダメな理由は何だったのですか?」
「そうね・・・その女の子もお兄さんの事が大好きだったから、ヤキモチを焼いたのかな?」
「なるほど。その方も子供でしたし、兄妹では結婚できない事を知らなかったのですね?」
「う~ん、知っていたとは思うけれど、大好きなお兄ちゃんを私に取られると思ったからではないかしらね?」
「取られる?」
「ええ」
「そのお兄さんが結婚をしても、妹さんとの兄妹関係は変わらないのではありませんか?」
「それはそうだけれど、兄妹で一緒にいる時間は減るでしょう?」
「なるほど。それを妹さんは嫌がったのですね」
「そうだと思うけれど、ミリ?ヤキモチの理由は、それ以外にもあるかも知れないからね?」
「兄妹の場合ですか?」
「兄妹に限らないけれど」
「・・・はい」
ミリが納得していないのがラーラには良く分かった。けれどこのまま説明を続けると、ラーラが話したい事から離れるばかり。
ラーラは一旦、本来話したい事に話を戻した。
「お父様にも好きな女の子がいたのよ?」
ミリはその事を知っていたけれど、ミリが知っている事をラーラは知らなそうだとミリは思った。
「そうなのですか?」
結局ミリは知らない振りをした。
ラーラを見て言うか、バルを見て言うか、一瞬考えてバルを見て言ったのだけれど、その間をバルとラーラは、ミリが驚いている様に受け取った。
ミリに見られたバルは、どんな顔をミリに向けて良いのか分からずに、目を細めてラーラを睨んだ。
「ラーラ、俺の事までミリに聞かせる事はないだろう?」
「あら?でもミリは聞きたそうよ?」
バルからすると、説明が面倒臭くなったラーラが、バルに話を押し付けたかの様に思えた。
バルはミリを見てラーラを見て、もう一度ミリを見て、目を瞑りながら反対側に首を傾げてから、正面を向いた。
その様子を見て、ラーラは自分から話そうと思ったけれど、その前にバルが口を開く。
「好きと言っても、子供の淡い思いだったよ。初恋ですらなかったな」
そこまで言ってバルは向き直ってミリを見た。
「私の初恋はお母様だからね」
「まあ!」
バルが自分を「私」と言っているから、言葉を作っているとミリは感じたけれど、ミリは驚いて見せて、今度はラーラを振り向く。
ラーラはバルが思った事を言わなかったので、眉を顰めそうだったけれど、ミリに見られたので微笑みを作った。
けれどその後直ぐに、これでは娘に惚気てドヤ顔をしている事になると気付いて、ラーラは表情を消す。
さらに、それに気を取られている場合ではない、とラーラは気を取り直した。
「けれどお父様が、一人の女の子をずっと好きだった事には変わりはないわ」
バルはラーラが何を言い出すのか、気が気では無かった。真顔だし。
しかしまさか今頃になって、当時の事をラーラから責められるとは思えない。先ほど、初恋はラーラだったとも言っておいたし。
ラーラはそんなバルの落ち着かない様子を見て、余計な口を挟まれない様にと少し言葉を急ぐ。
「大人の恋愛とは違う形かも知れないけれど、子供でも誰かを好きになる事は珍しくはないのよ」
「なるほど」
ラーラに返すミリの言葉は、感情の籠もらない、機械的な響きを持っていた。
「ミリはまだ、好きな人がいないみたいね?」
ミリは「まだ」の言葉に引っ掛かりを覚えたけれど、いないのは確かなので「はい」と答えた。
「ですけれど私には、好きと言う気持ちは分からない気がします」
ラーラはミリのその言葉に喜んだ。ラーラが話を持って行きたい方向だ。言葉の内容としては、ミリの将来に不安を感じるものだけれど。
一方でバルは、言葉の内容に喜んでいたりする。嫁になど行かずに、いつまでも一緒に暮らせば良い。
バルの表情からそれを読み取ったラーラは、バルが口を出さない内に話を進める。
「私も最初は男の人を好きになる事が、どう言う事かなんて分からなかったわ」
「お母様もですか?」
「ええ、もちろんよ。だってお父様を好きになるまでは、好きと言う気持ちを知らなかったのだから」
「え?女の子のお兄さんは?」
「好きは好きだったわよ?そして、好きな子が男の子だったから、初恋だと思ったの。でもね、さっきお父様も同じ様な事を言っていたけれど、お父様を好きになって、男の人を好きになるのって言うのはこう言う事なんだって、初めて分かったわ」
ラーラは狙って、バルの口出しも防ぐ言い回しをした。
そして、バルがプロポーズの時に、ミリに語った例え話をなぞる。
「ミリはお父様のお菓子、好きでしょう?」
「はい」
「そう言う好きと、全然違う好きがあるのよ」
バルはその言葉を聞いて、少し照れ臭さを覚えた。
ミリはその言葉を聞いて、お菓子が好きな事と異性が好きな事が違うと言うのは、当然だろうと思った。
だからこそ、好きと言う気持ちが分からない、とミリは言ったのだし。




