メリット、デメリット
一瞬真っ白になっても、ミリの思考は直ぐに立ち直った。
三夫人、曾祖母と義曾祖母と養祖母を中心とした教育の賜物だ。
結婚の理由にコードナ家やソウサ商会が出て来るのは何故か?
父バルからの質問に、自分らしくない答をミリは探す。
コードナ家が出て来るのは、貴族の結婚は家と家の結び付きだから。しかし自分は平民になり、貴族ではなくなる。
そうすると税金で育てられた恩を返す?いや、コードナ侯爵家なら領地からの収入があるけれど、我が家はない。父親のバルはコードナ侯爵領の税収で育てられたけれど、その分を自分が返す?
いや、なんか違う気がするし、良く分からないから、後回し。
ソウサ商会が出て来るのは、母ラーラの実家が行っている事業だから?
結局、ラーラが育った分を返すとかくらいしか思い付かない。
これもなんか納得がいかない。
そう言えば、今自分が教育を受けているコードナ侯爵家にもコーハナル侯爵家にもソウサ家にも、授業料は支払っていない。
その事を言えば良い?でもどんな文脈で?
いや、違う気がしたり、納得がいかなかったりする答こそ、自分らしくない答なのでは?
そんな風に、思考はしても迷いに迷っているミリは、パノが戻って来た事で、思考の渦巻きから意識を抜け出させた。
「話を訊いてきたわ」
「パノ、ありがとう」
「どうだった?」
入室したパノにラーラとバルが声を掛ける。
パノはソファの脇に立ったまま話し始めた。
「あのメイド、パサンドにこの家の情報を流していたのですって」
「え?まさか?本当に?」
「この短時間で、良く訊き出したな?」
「多少揺さ振りはしたけれど、でもこうなったらダンさんに任せて、全部白状させて貰った方が良いわよね?」
「父に?」
「ええ」
「そうね。あのメイドはソウサ商会経由で紹介されたのだし、ソウサ家に責任を取って貰いましょうか」
「何かの企みがあるのなら、責任を取るのはパサンドでしょう?」
「もちろん両者よ」
ラーラの表情が少し険しい。
「では早速、父のところにメイドを連れて行くわ」
ラーラは険しい表情のまま、ソファから立ち上がった。
「いいえ、ソウサ商会には私が行くわ」
パノが手でラーラを制する。
「ソウサ家の責任なのに、パノにお願いするのは悪いわ」
「じゃあ俺がお義父さんのところに行こう」
そう言ってバルも立ち上がる。
そのバルもパノは手で制した。
「序でがあるから私が行くわよ」
「え?ソウサ商会に用事?」
「ううん、実家。ソウサ商会からの報告は、この家にして頂けば良いわよね?」
「あ、ええ。それでお願い」
「了解よ」
「あの、パノ、よろしくお願いします」
「パノ姉様、手間を掛けさせてごめんなさい」
「ええ。ミリは気にしなくて良いわよ。行って来ます。泊まって来るから食事も要らないから」
そう言うとパノは片手を上げながら、居室を出て行った。
それを見送って、バルとラーラは再びミリの両脇に腰を下ろす。
「どこまで話していたかな?」
バルの呟きにミリが答える。
「私の結婚の理由に、なぜコードナ侯爵家とソウサ商会が出て来るのか、お父様に質問されたところです」
「ああ、そうか」
そう返しながらバルは、自分で質問しておきながら、それほどおかしくもない事に思い至る。
結婚では家同士が繋がるのだから、ミリを通して両家との繋がりが出来るのは普通だ。
それなのになぜその様な質問をしたのか、バルは思い出そうとする。
しかしバルが思い出す前にミリは、見付けていた自分らしくない答を口にした。
「結婚相手の力を使って、コードナ侯爵家の権力とソウサ商会の財力を利用する事が出来るから、でしょうか?」
そう言ってミリがバルの顔を見上げると、バルは「え?」と驚いている。
ミリが振り向くと、ラーラは眉尻を下げて悲しそうな顔をしていた。
この答も二人を満足させなかった事に消沈して、ミリは俯く。
けれどまた直ぐに顔を上げた。
「この国を中心とした経済圏の掌握が、コードナ侯爵家とソウサ商会を陰から支配する事で実現出来るから、ではないでしょうか?」
言ってはみたものの、ミリは自分の発言に自信はない。
自分らしくない考えに少しの共感も出来ず、支配と掌握をやれと言われてもやりたくないし、出来そうにもなく思えた。
二人の顔を見なくてもバルとラーラが納得してはいない事を感じ取って、他に何かないかとミリはまた考える。
その思考をラーラの呼び掛けが中断した。
「ミリ?」
「はい」
「パサンドとの結婚のメリットって、誰に取って?」
「誰に・・・コードナ家でしょうか?コードナ侯爵家ではなく、この家だと思います」
「あなたではないの?」
「そうですね。お父様のメリットです」
「え?私かい?」
「はい。ですがもしかしたら、お父様はお母様のメリットを考えているのかも知れません」
「私?」
「はい。お父様にはお母様が、ご自身より大切なのだと思います。ですので我が家のメリットと」
「そうね。お父様は私の事を大切にして下さっているわ。でもあなたの結婚の話でなぜ、お父様のメリットがまず出て来るの?」
「お父様が私とパサンドさんとの結婚を許可するなら、お父様に取ってメリットがある筈ですから」
「あなたに取っては?」
「パサンドさんとの結婚のメリットですか?」
「ええ。もちろん。あなたにはメリットがあるの?」
「はい」
「でもあなたは、結婚してもしなくても、どちらでも良さそうに見えるけれど?」
「そうですね」
「メリットがあるけれど、結婚しなくても良いの?」
「お父様が許可しなければ、結婚出来ませんし」
「お父様が許可したら結婚するの?」
「はい」
「それはお父様にメリットがあるから?」
「はい」
「お父様にメリットがあれば、あなたにはメリットがなくても、あるいはデメリットばかりでも、結婚するの?」
「はい」
「そんな・・・」
「あ、でも、結婚のデメリットを分からずに答えてしまいました。結婚のデメリットってなんですか?」
「それは、場合によっては色々とあるけれど」
「そうなのですね。分かりました」
「え?どんなものか分からないままで良いの?」
「考えてみると、分かっても分からなくても、結婚するしかありませんので、一緒ですから」
言葉の出なかったバルが口を挟む。
「私が結婚しろと言ったら、ミリは結婚するのかい?」
「はい」
「自分では考えないって事かい?」
「いいえ。デメリットが何か分かり次第、対策は考えます」
「いや、そうではなくて」
「はい」
口を挟んだのは良いけれど、バルはまた直ぐに言葉を失った。
ミリは自分の答がまた間違ったのだと思う。
けれど、バルとラーラに気に入られる答を見付けるよりは、結婚のデメリットに対処する方が簡単そうにミリには思えた。
根拠はないけれど。




