パサンドの贈り物
しばらく待つとパサンドが降りて来て、ミリに綺麗な小箱を差し出した。
「どうぞ、お受け取り下さい」
「これはなんですか?」
「中身は帰ってからお確かめ下さい」
「分からない物を受け取る訳には参りません」
「大丈夫です。危険な物ではございません」
「そう言う話ではありません。中身が何か説明して頂けなければ、受け取る事は出来ません」
「そうですか。驚いて頂こうとしただけなのに、残念です」
パサンドがまた悲しそうな顔をして見せたけれど、ミリは今度は表情を変えなかった。
「間もなくミリ様の誕生日ですよね?」
「はい。少し先に誕生日が来ます」
「その時には私は海の上です。ミリ様の誕生を祝う為に出航を遅らせるべきなのですが、私の届ける荷物を待っているお客様もおりますので、残念ですがミリ様の誕生パーティーには出席出来そうにないのです」
ミリにとってパサンドはソウサ商会のお得意様との認識だ。
ミリの誕生パーティーはコードナ侯爵家が執り行うので、コードナ侯爵家と付き合いのある人は招待する。ソウサ家の人達も招待するし、ミリの父バルが関係しているソウサ商会の人材育成関連の部署の人も招待されるだろう。
しかしパサンドに招待状を渡すとは思えない。
ミリにとってパサンドよりは、空き地の子供達や蟹捕りを競った子供達の方が親しい。
「私への誕生プレゼントと言う事ですか?」
「はい。ミリ様に絶対に似合う物を用意いたしました」
「それでしたらやはり、コードナ家に届けて下さい」
「いいえ、ミリ様に受け取って頂きたいのです」
「申し訳ありませんが受け取れません」
「申し訳ない事はありません。大丈夫ですよ?」
そう言ってパサンドは小箱をミリに渡そうとする。ミリは一歩下がった。
「受け取る事は出来ないのです。申し訳ありませんが、コードナ家に届けて下さい」
「そうですか。そこまで仰るなら仕方ありませんね」
何故かパサンドが譲歩した様な雰囲気を出しているけれど、そうではないのだ。
「ではミリ様。この場で着けて見て頂けませんか?」
そう言うとパサンドは小箱の蓋を開けた。
中には大粒の宝石を使ったブローチが納められている。
ミリは、こんなの受け取れるかふざけんな、と思った。ちょっと曾祖母フェリ所縁の口の悪さが出てしまっている。
「こちら、ツレンのハナサキ工房で特別に作らせました。ミリ様の為の世界で一つのブローチになります」
ハナサキ工房と聞いてブローチの値段をミリは5割増しに見積もった。確かに本物らしいので、値段にプレミアが付く筈だ。
「いいえ。その様な高価な物を着ける訳には参りません」
「高価などとは、ミリ様の美しさに比べたらこの様な物、ただの石ころと変わりません。しかしこれは妖精姫ルーリラ様よりミリ様が着けてこそ輝く様に、ミリ様に会わせて作らせたのです」
「どの様な謂れがあろうとも、この場で付ける事もこの場で受け取る事も出来ません」
「ミリ様の為にわざわざ作らせたのにですか?」
「どの様な物でもです」
「私はミリ様の誕生パーティーに出席出来ませんので、ミリ様がこれを着けている姿を見る機会が今日しかないのにですか?」
「どの様な理由でもです」
なんでそれをパーティーで着ける前提なんだろうか、と言う事をミリは問い詰めないであげた。そんな事を言って、話が膨らむのが面倒臭かったのもある。
「仕方ありません。ではこれはそちらの方に預けます」
そう言ってパサンドはメイドに渡そうとする。メイドも受け取ろうと手を出すので、ミリはそれを遮った。
「コードナ家を通して下さい。これはコードナ家の邸に経緯を示した手紙を付けて、パサンドさんが雇った方に届けさせる様にして下さいと言う意味です。コードナ家の邸に届くまでの責任をパサンドさんが取る様になさって下さい」
「大丈夫です。私は彼女を信じています」
「そう言う話ではありません」
「・・・そうですか。仕方ありませんね。では君。ソウサ商会がこれをミリ様に届けて下さい」
パサンドは今度はソウサ商会の従業員に渡そうとした。
さすがに従業員は手を出さない。
「パサンド殿。申し訳ありませんがここではお預かり出来ません。店舗にいらして下さいますか?」
「いやですよ、面倒臭い」
「では護衛を連れて参りますので、お待ち頂けますか?配送の為の書類も持って参ります」
「護衛ならミリ様にお借りすれば良いじゃないですか」
「その様な事、出来ません」
「なんでです?ミリ様もソウサ家の人間なんですから、構いませんよね?」
「いいえ。お願い出来ません」
「そんなケチな事、コードナ家は言いませんよね?」
貴族であるコードナ家に向けてのパサンドの言葉に、ソウサ商会の従業員は顔色を失くした。
それを見て、いまさら?とミリは思う。
この従業員はここにミリを連れて来たけれど、そのミリは貴族なのだから、かなり失礼なお願いだったのだ。ソウサ商会にちょろちょろと出入りしているし、フェリに怒られている所を見ていたら、ミリが貴族だと言う意識はなくなるかも知れないけれど。
「パサンドさん。ケチかどうかではなく、責任の所在を明らかにする為です」
「責任なら私が持ちますから」
「もし問題が起きた時にパサンドさんが責任を取る為にも、キチンとした手順を踏んで下さい」
「しかしですね」
「これ以上話しても、平行線の様です。私はこれで帰ります」
「いや、ミリ様、待って下さい」
「ミリ様、お待ち下さい」
立ち去ろうとするミリに、パサンドとメイドが追い縋る。
ミリはメイドを振り向いた。
「あなたはこの場で解雇します」
「え?ミリ様?」
「パサンドさんから小箱を受け取ろうとしました。それがコードナ家を危険に曝す可能性がある事を分かっていたとしても分かっていなかったとしても、許されるものではありません。ここであなたはコッソリと小箱を受け取るかも知れませんので、解雇です」
「え?・・・ミリ様?」
「経緯は両親に話しますので、再雇用を希望するなら両親にそう申し出て下さい。邸まではこのまま一緒に帰りましょう」
そう言ってミリは今度はパサンドを振り向く。
「それではパサンドさん。縁がありましたらまた」
そのミリの挨拶の意味は、もう会う事はないだろう、だ。
でもそのニュアンスが通じるかな?とミリは思う。
しかし通じても、パサンドなら通じない振りをするかも知れないと思い至って、ミリは周囲に分からない程度に小さく溜め息を吐いた。




