14 大切、らしい
「ミリの両親もソウサ家に勤めています。ソウサ商会ではなく、ウチにですね。私には女の従姉妹は近くにいましたけど姉妹はいませんので、幼い頃から我が家にいたミリが姉の様な存在でした。この姉がブラコンでお兄さんの真似ばかりしているお転婆でしたから」
「お嬢様」
「詳細は言わないから」
「使用人のプライベートを余所様にお伝えするのは、お耳汚しになります」
「ウチのメイドがどれ程素晴らしいかと言う話でも?」
「もちろんで御座います」
「そう。分かったわ」
「御理解頂けて幸いです」
そう言うとメイドは、また一礼して定位置に戻る。
「まあ、ラーラとそのメイドは仲が良いとは思っていたよ」
「そうですね。私にとってバル以外で一番友人に近いのはミリです」
「近い?友人ではなく?ああ、姉だからか」
「そう言う訳ではなくて。今は私情で口を挟んで来ましたけれど、今日ここにミリがいるのは仕事でですよね?」
「ああ、そうだな」
「一日の多くの時間を一緒にいますが、仕事中は友人としては接せません。多分私の嫁ぎ先にも付いて来てくれるんじゃないかとは思っていますし、それは職務への使命感より姉心や友情が理由になる様に思います。けれどたとえお互いに友情を感じていても、表に出せません。私も雇用者側の立場をとらないと、他の使用人達に示しがつきませんしね」
「そうだな」
「もちろん、ミリが私のメイドになってくれた時は嬉しかったですよ?毎日一緒にいられるのも嬉しいですし。でも私にとって友人ではない。あれ?なんだろう?何か、分からなくなって来た」
「え?」
「え~と、友人て何かではなく、なんだっけ?何を思った?」
「ちょっと待て。俺とラーラは友人だよな?」
「ええ。それは間違いありません。間違いないですよね?」
「ああ大丈夫、間違いない」
「あ、違います、違います」
「え?友人だろ?」
「いえいえそうではなく、友人とは何かではなくて、友人は大切なのかどうかです」
「え?大切だぞ?俺はラーラを大切に思っているからな?」
「あ、いえ、そうではなくて、私には大切な人がいて、その人は家族や親族だったり、使用人だったり、仲良しだったり、友人だったりします。親とは友達になりませんよね?」
「ああ分かった。そう言う意味か。ええと、誰が大切か?いや、大切なのは誰か?」
「え~と、私が分からなくなったのは、大切な人をどう分類するかです。でも違いました。家族の大切さと友人の大切さを区別しようとするから混乱したんだ。友人だから大切なのではなく、私にとって大切な人だから大切なんですよね?」
「そう言う事?まあそうかも。確かに大切にしているとは言い難い友人が俺にはいる。一括りに友人としていても、全員同じ様に付き合ってはないな」
「私も仲良し相手には、会いたい順番があります」
「でも当然だよな?考えてみれば当たり前だけれど、それで?」
「それで?」
「何か悩んでいたんじゃないか?それとも解決したのか?」
「え?悩んでいたのかな?何の話でしたっけ?」
「メイドがお転婆でブラコンだって話?」
後で「プッ」と吹き出すのが聞こえた。
振り返るとソウサ家のメイドが、顔を背けるコードナ侯爵家の侍従を無表情で見ていた。
ラーラは体をバルに向けて、上半身の姿勢を正した。
「バル」
「うん?」
バルも体を起こし、ラーラと向き合う。
「私もバルを大切に思っています」
「え?ありがとうだけど、いきなりどうした?」
「さっき、大切に思っているとバルに言って貰ったのをスルーしてしまったから」
「あ、あ~、うん」
バルは無意識に自分が口にしていた内容を自覚して、はにかんだ。手遊びにラーラのハンカチを無意識に畳む。
バルの様子を見たラーラも少し恥ずかしくなって、話をずらす言葉を出す。
「私はバルが友達だから大切な訳ではないみたい」
「お?おお、そうか。まあ、大切だから友達な訳でもないしな」
気持ちが落ち着かないまま、バルはラーラに反射的に応えた。
「あれ?そう言わなかった?」
フワッと感じた事を口にしていたので、ラーラは自分が言った言葉をフワッとしか分かっていなかった。
「うん?ラーラが言ったのは逆だろう?」
「うん?そう?」
「ああ。それに大切な人だから大切なのなら、どっちでも一緒じゃないか」
バルは自分が先程した反射的返答から離れたい気分で、また反射的に言葉を口にする。
それを足掛かりに、ラーラは話を逸らしに行った。
「え?そんなの乱暴じゃない?どっちでも一緒って大切じゃないみたい。バルって結構大雑把?」
「そんな事ないぞ」
「お腹に入れば一緒だって、料理をしないで材料のまま食べたりしない?」
「そんな訳あるか。精々メインより先にデザートを食べるくらいだ」
「それもかなりよね?」
「でも満腹だとデザートへの本来の感動が薄れるからだから、大雑把だからやっているんじゃないからな?」
「・・・本当にやっているんだ」
「同席者に恥を掻かせたり、家に迷惑を掛けない範囲でだから、大丈夫」
「・・・大丈夫だと思っているんだ」
「俺にとってはメインよりデザートが大切」
「ふふ、バルらしい」
「俺らしい?」
バルがしたのは自問だったが、その声色に不安を感じたラーラの気持ちがスッと冷めた。話を逸らそうとして、余計な場所に踏み込んだと思えた。
「あ、ごめんなさい。バルを枠に嵌めようとしたんじゃなくて、私の持っているバルのイメージにピッタリ嵌まったから、つい」
「そうか?あ、いや、それは気にしていないけれど、そうか」
バルは顔を前に向け、視線を少し下げた。
ラーラも釣られる様に前を向き、視線は上げて草原の遠くを眺めた。
「俺、他の奴にもバルらしいって言われた事がある。そんなのバルじゃないって言われた事も」
バルも視線を上げて、遠くを眺める。
「俺もあいつらしいとかあいつらしくないとか、普通に思うけど、俺らしいって何?」
ラーラはバルの横顔を見た。
「え~と、もっと本当の俺を見て!みたいな話ではないのよね?」
「なんだそれ?そうじゃなくて、何だろう?そうだな、違和感かな?」
「違和感?」
「ああ。俺が思ってる自分と相手が思ってる俺にズレがあるって事かな?でもらしいらしくないと言われて違和感を感じない相手もいて、それって親しさの目安にならないか?なんかホントに、本当の俺を見ろみたいな話になっているけれど」
「私はラーラらしいは言われるけど、相手が妥協する時の様な?」
バルが見ると、ラーラは首を少し傾げている。
「違和感は特になし?」
「ええ」
「らしくないは余り言われない?」
「ええ。覚えがないかな?」
「う~ん、もしかしてラーラにとって人との付き合いは、親しいか親しくないかの二択か?」
バルも小首を傾げた。
らしくないと言われないなんて、ラーラと付き合いのある人は、ラーラの事を理解していると言う事だろう。
「え?その二つで分けたら他にどんな選択肢があるの?どちらでもないならそれも、親しくないに入るわよね?」
「いや、そう言う話じゃないけれど、でも今の返しはラーラらしい」
「・・・今のはバルが妥協したぞって言う合図?」
「らしいって結構便利に使えそうだな」
「なにそれ」
そう言うとラーラはまた前を向く。
その反応はバルにとって、バルに対するラーラらしくなかった。けれどもラーラの素が出ている様にバルは感じた。
友人や知り合いにらしくなさを感じる時は、苛立ちや失望が含まれている様にバルには思えた。
でもラーラのらしくなさは、バルには少し楽しい。
男の子が気になる女の子にちょっかいを出す深みの縁に、バルは今立っていた。




