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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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パサンドの世辞

 ミリが港町で遊ぶのは、空き地で遊ぶのとは違う。

 色々な国の船員や商人や旅行客と、話したり、物を譲り合ったり売り買いしたりするのが、港町でのミリの遊びだ。


 コードナ家のミリとして遊びに来ているので、常に護衛が付いているけれど、ミリにはそれほど気にならない。


 それは、他国の人との会話が護衛達には分からないから、と言うのが一つある。

 危険な振る舞いをする人がいれば、当然護衛が前に出て来る。けれどそうでなければ相手の立場とかが分からないから、ミリに馴れ馴れしくても咎められない。実際に稀に他国の王族がいたりするし、その人が汚い格好をしていたりする事もあるのだ。


 もう一つは、港町では神殿の力が及ばない事が挙げられる。

 他国からやって来るのは、神殿の信徒ではない人がほとんどだ。

 以前は神殿の信徒が港町に入るのに制限はなかった。しかし王都の暴動の時に、神殿の敬虔なる信徒達が港町に踏み入って食糧倉庫を襲おうとした為、港町には港を利用する各国の商会がスポンサーとなった自警団が出来ていた。ソウサ商会もスポンサーの1社だ。

 自警団の表立っての目的は港町の治安を守る事だけれど、その実態は神殿信徒の港町での活動を制限する事にある。

 神殿信徒でも港町に入る事は出来るが、神殿信徒としての行いをすると追い出され、二度と港町に立ち入れない様に自警団内部で情報が共有された。

 それは神殿信徒に限った事ではない。各宗教宗派の集会場が港町にはあったが、勧誘活動は神殿信徒以外でも禁止されていた。

 どの様な信仰を持っていても構わないが、それを人に薦めてはならない。ただし紹介はOK。でもしつこいとNG。なかなか難しいので、普通は宗教関連の話は港町ではしない慣習になっていった。

 それ故、ミリを悪魔の子扱いするのは、港町ではNGだった。

 ミリは自分の出自を知らない事になっている。ミリの護衛達はその件に関しての情報がミリの耳に入らないようにも警戒している。それなので、その危険がない筈の港町は護衛の雰囲気も柔らかくなるし、護衛に付いて回られるミリの精神的疲労も少なくなった。



 今日のミリはいつもの様に、小遣い稼ぎの船員達が広げている露店で掘り出し物を漁ったり、漁ったり、漁ったり、釣りに来ている老人達から釣果を譲られたり、押し付けられたり、横流ししたり、蟹や海老や貝を捕りに来ている子供達と競い合ったり、励まし合ったり、いがみ合ったりした。

 最後のは、空き地で遊ぶのとは大差ないかも知れない。


 あちこち声を掛けたり掛けられたりしながら、フラフラと港町を歩き回っていたら、遠くから名前を呼ばれてミリは立ち止まった。


「ミリ様!」


 パサンドのところに向かわせていたメイドだ。ソウサ商会の従業員の一人と一緒にミリに向かって来る。

 ミリはイヤな予感がした。そもそも大声で名前を呼ぶのもよろしくない。


 二人が傍まで来ると、メイドが弾んだ声でミリに告げる。


「ミリ様、パサンド様がお目に掛かりたいそうです」

「何かあったの?」

「あの、いいえ。何もありませんけれど?」

「パサンドさんは理由を言っていた?」

「理由ですか?」

「どんな用事で会いたいのか、訊いてない?」

「ご友人と会うのに理由が必要ですか?」


 パサンドがミリに用事があるかどうか訊いて来る様に、ミリはメイドに頼んだ筈だった。メイドとパサンドを会わせる為の方便だったけれど。

 それにミリからするとパサンドは、母親ラーラの実家ソウサ家が経営しているソウサ商会の取引先だけれど、友人だと言う意識はない。


「そろそろ帰ろうと思っているから、パサンドさんに用事がないなら会わないまま帰るけれど?」

「あの」


 ソウサ商会の従業員が口を挟む。


「パサンド殿はソウサ商会のお得意様ですので」


 それは知っている。ミリは伊達にソウサ商会の帳簿付けを曾祖母のフェリにやらされてはいない。パサンドの父スランガの経営する商会との取引も一昨日出納帳に記載した。

 でもミリはソウサ商会の従業員ではないし、血は繋がっているけれどソウサ家の人間でもない。


「分かりました。会いに行きましょう」


 メイドもソウサ商会の従業員も嬉しそうだ。

 ミリの友人でもミリのお得意様でもないけれど、そんな事を言うのも大人気ない気がして、ミリはパサンドに会う事にした。



 パサンドの船に着いてパサンドを呼び出して貰うと、ミリに船に上がる様に言われた。

 ミリは船に上がる事は断って、パサンドが降りて来られないなら忙しいのだろうから、このまま帰る事を伝える。

 メイドもソウサ商会の従業員も不満そうだけれど、警護の都合上、乗船は出来ない。


 船の中は狭い通路や行き止まりなど、護衛し(にく)い場所が多い。

 船に乗る必要がある時は、それらを予め護衛が把握していなければならないし、その上で護衛対象者が使う通路や部屋を護衛が指定出来なければならない。


 その様な事は知っていてもおかしくないのに、船に上がれと言うパサンドの考えがミリには分からなかった。

 船に上がる事をわざわざ断らせる事を狙っているのかも知れない、とミリは頭の隅に置いておく。パサンドも貿易商なので、どこかで商人らしい駆け引きをして来ないとも限らない。ミリに乗船を断らせて置いて、他で譲らせる事を狙うのかも知れなかった。


 直ぐにパサンドは降りて来た。


「これはこれはミリ様。わざわざ会いに来て頂き、ありがとうございます」

「こんにちは、パサンドさん」


 パサンドは母国の言葉を使ったけれど、ミリはわざとこの国の言葉で返した。パサンドはこの国の言葉もネイティブ並みに話せるし、護衛にも会話の内容を伝えたいとミリは思ったからだ。

 そもそも今日はコードナ家のミリなので、つまり貴族のミリだ。この国の貴族との会話に、この国の言葉を使えるのに母国語で話し掛けるのは、本来なら失礼に当たる。この国の言葉を使えないなら話し掛けてはいけないし、話し掛けたいなら通訳を雇わなければならない。

 パサンドの母国語を使って会話をする事で、ミリとの友好関係をパサンドは強調したかったのかも知れないけれど、それに乗ってあげるほどミリはパサンドに親しみを持っていなかった。仲が良さそうに見えると、メイドに妬まれるかも知れないと言うのもある。



「しばらくお目に掛からない内に、ますますお美しくなって、ますますお母様のラーラ様に似ていらっしゃいましたね?」


 パサンドはこの国の言葉に切り替えてきた。パサンドがミリを褒めている事が護衛にも周囲にも伝わる。


「ありがとう。それで、何か御用ですか?」

「美しいミラ様にお目に掛かりたいと思うのに、理由などありません。同じ年頃だったラーラ様に勝るとも劣らないミリ様と言葉を交わせて、光栄です」


 そう言ってパサンドは微笑みを作る。

 ここで言葉に詰まると負けた様になるので、何とかミリも会話を続けた。


「パサンドさんも元気そうで良かったわ」


 大した事は言えなかったけれど。


「私の健康を気に掛けて頂いて、とても光栄です。船旅の疲れも、トランザのクーレより美しいミリ様の声を耳にした途端、吹き飛びました」


 クーレと言うのは異国の歌姫だった筈、とミリは思い出す。

 そもそも何日も前に入港したのだから、疲れがあるなら夜遊びのし過ぎよね、とミリは思った。


「お役に立てて良かったわ。お忙しそうですし、私はそろそろ帰ります」

「あ、お待ち下さい。船に寄りませんか?是非、お目に掛けたい物がございまして」

「いいえ。警護上の理由で、乗船は出来ません」

「私の船に危険はありませんよ?」

「そうなのでしょうけれど、だからと言って乗るわけには参りません」

「そうですか。ミリ様に信じて頂けないのは、非常に残念です」

「信じる信じないではありません。もし今後、船に招いて頂く事があるなら、我がコードナ家を通して手続きを踏んで下さい」

「そうですか。お母様のラーラ様はいつも喜んで乗船頂いたのですけれどね」

「そうですか」


 パサンドが作る悲しそうな表情に、ミリは僅かな微笑みを返した。


「それではしばらくここでお待ち下さい。ミリ様にお渡ししたい物がございます」

「それはコードナ家に届けて頂けますか?」

「いいえ、小さな軽い物ですから、是非、ミリ様がお受け取り下さい」


 そう言うとパサンドは船に戻って行った。

 ミリはメイドを振り返る。


「パサンドさんにコードナ家に届ける様に伝えて下さい。私は先に帰りますが、受け取らない様に」

「え?お待ち下さいミリ様。それは困ります。ミリ様が受け取って頂けませんか?」

「受け取れません」

「ですがミリ様」

「ミリ様。もう少しだけですので、パサンド殿に付き合ってあげて頂けませんか?」


 メイドもソウサ商会の従業員も、ミリを(とど)めようとする。

 ミリはパサンドとの短い遣り取りで疲れて、これ以上パサンドと会話をする気にはなれなかった。けれどここでメイドとソウサ商会従業員の二人を説得するのも面倒で、「わかりました」と肯いた。肯くと言うか、項垂れたと言うか。

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