家、港町
ミリは今日は一日中、家にいる予定だ。
朝起きたら庭の散歩。
その次が父バルか護衛達と護身術の稽古。
それが済んだら、バルと母ラーラと従姉パノと4人で一緒に朝食。
バルが仕事に行くのを見送るまでは毎日同じだ。
その後は日によって、コードナ侯爵邸かコーハナル侯爵邸かソウサ商会に出向いたり、港町に遊びに行ったりする。
今日は家で過ごすから、バルを見送ったらラーラとパノと三人で、ミリは他国語の勉強をする。
船員言葉だけれど発音は良いラーラと、発音は今ひとつだけれど上流階級の言葉遣いには詳しいパノが、色々な国の話を交えてミリに他国語を教える。
ソウサ商会と取引のある貿易商パサンドの紹介で雇ったメイドが加わる時もあり、メイドから彼女の母国の言葉や文化や歴史や礼儀作法を三人が習う日もあった。
昼食を三人で摂ったら、午後は教師を招いて音楽を習う。
歌の授業が終わったら、お茶とおやつの時間を挟んで、楽器の演奏を学んだ。
夕方にはまた庭を散歩して、終わったら湯浴み。
それからバルが帰るのを待って、夕食を4人で摂る。
夜は一つのベッドでバルとラーラに挟まれて、ミリは眠りに就いた。
翌日、ミリは港町に遊びに来た。
護衛に囲まれ、今日は他国出身のメイドも付いて来ている。
ミリはメイドに声を掛けた。
「今、港にはパサンドさんの船も入って来ているから、会いに行って来ても良いわよ?」
メイドの頬に朱が差した。
「ミリ様はお会いにならないのですか?」
ミリはメイドがパサンドを好きだと思っているので、応援したいし邪魔はしたくはない。ミリが同席すれば、パサンドと会話するのはミリになってしまう。
「私が行くと護衛の人達も一緒で、大人数で迷惑になるわ」
「迷惑だなんて、パサンド様は思わないと思います」
「そう?じゃあ、用があるかどうか訊いて来て貰える?」
「え?しかし・・・」
「置いて帰ったりはしないから。護衛の人達と一緒だから、私を見つけるのは簡単でしょう?」
「・・・そうですが・・・」
メイドが何を躊躇っているのか、ミリには思い当たらなかった。恋する乙女の恥じらいには見えない。もしかして今日のお化粧の出来が今ひとつとかで、パサンドとは顔を合わせたくないのかしら?とミリは思った。
「忙しそうなら声を掛けずに引き返して来て良いわ。話し掛けて大丈夫そうなら、今回はどんな荷物を運んで来たのか訊いてみて。パサンドさんではなく、他の船員さんに訊いても良いから」
「・・・分かりました。伺って参ります」
メイドはミリにお辞儀をすると、その場を離れて行く。進む方向に迷いが見られないので、パサンドの船がどこに停まっているのか心当たりがある様だ。
メイドがパサンドに向かう姿が恋する乙女に見えなくて、ミリは不思議に思った。その後ろ姿を見て、もしかしたら恋に破れた後なのかも知れないと、その可能性にようやく気付く。
パサンドは結婚をしていないとの話だし、浮いた話もないそうだ。仕事一筋らしいけれど、他の港や自分の国で何をしているのか、ミリは調べた訳ではない。
余計なお世話だったかも知れないと思ったけれど、パサンドに会わなくても済む逃げ道も用意してあったし、まあ良いかと考えてミリは悩むのを止めた。大人なんだし、気まずくても自分で何とかしてくれるでしょう。
途中で船員達が揉めていた。別々の船の船員達の様だ。
そしてその先頭にいるのは、どちらもミリの友人だ。
「こんにちは、みんな」
「「ミリ!」」
船員達の意識がミリに集まる。
「久しぶり。みんな、元気だった?みんな、元気だった?」
それぞれに顔を向けて、それぞれの国の言葉で、同じ意味の挨拶をする。
「元気だぞ」
「誰も欠けずに健康だ」
どちらもそれぞれの国の言い方で言葉を返した。
「なにか揉めてたの?」
「ああ、聞いてくれよミリ!こいつらが酷い言い掛かりを付けるんだ」
その船員の言葉はもう一方の船員にも通じる。
相手の国の言葉を話すのは難しくても、どちらの船員達も色々な国の港を回るので、ある程度聞き取る事は出来た。
「言い掛かりなもんか。こいつらが俺達を馬鹿にしたんだ」
「侮辱なんてしてないだろう?事実を言ったまでだ」
「野蛮な事実なんてあるか!そっちこそ、海の幸を冒涜してる!」
「なんだと!俺達こそ海の男だぞ!」
「待って待って待って。みんな落ち着いて」
二人の言葉が分かるミリには、二人の言葉が噛み合っていないのが分かる。
言い合う二人にも他の船員達にも、噛み合っていないのはなんとなく分かっていたけれど、でも海の男は侮辱されたら引き下がれないのだ。
ちなみにミリの護衛達は言い争いの内容が全然分からないので、ヒートアップする船員達からミリを守る事に神経を使っていた。ミリには前に出ないで自分達の後にいて欲しい。
「海の幸って何の事?海の幸って何の事?」
両国の言葉を順に使って尋ねた。
「刺身の事だ」
「生魚の事だ」
「生魚って、こっちは刺身の事を言ってるよ?」
「刺身?お前、刺身の事を言ってたのか?」
「お前、刺身の事を言ってたのかだって」
「お前、刺身を知ってるのか?」
「お前、刺身を知ってるのかだって」
「知ってるさ!滅多に食えないが、食える港に行ったら必ず食う!俺の好物だ!お前も食うのか?」
「俺の好物だって。お前も食うのかだって」
「食うに決まってるだろう!俺の故郷じゃ目出度いときには刺身だ!」
「刺身は祝いの時の料理だって」
「そうか!」
「そうだ!」
「「ワッハッハ!」」
船員達が抱き合って、お互いの背中をたたき合っている。
別の盛り上がり方に護衛達はまた緊張する。
ミリは念の為、船員に注意をした。
「盛り上がってるのは良いけど、この国じゃ刺身は食べられないからね?」
その同じ内容をミリは両国の言葉で伝えた。
「知ってるさ!なあ兄弟!」
「分かってるさ!なあ兄弟!」
ワハハワハハと肩をたたき合う船員達にミリは近付いて、肩を組んでいる二人の胸をポンポンと叩いた。
「お互いの国の人同士は相性が良いのを知ってるでしょう?分かっていると思うけど、誤解でケンカしたなんて、国に帰ったら笑われるわよ?」
ミリは両国の言葉を使って念を押す。
「分かってるさ、ミリ」
「変だと思ったら、ちゃんと聞き直すから、心配するな、ミリ」
「心配掛けたな、ミリ」
「何か礼をしなけりゃな」
「そうだ!何か礼をしなくちゃな」
「後で何か届ける」
「ミリが好きそうなもの、届けさせるから」
「ありがとう。楽しみにしてるわ」
そう言って船員達とミリは、ワハハワハハオホホと笑い合う。
今日のミリはコードナ家のミリなので、笑う時はオホホだった。使っている両国の言葉は船員言葉だけれど。




