ドヤ?
「ミリ?ミリは文官になりたいの?」
ミリの母ラーラは少しだけ視線を上げ、ミリを見るとそう言った。
「はい」
「そうなの?行商に付いて行った時、とても楽しそうに見えたけれど、商人ではないのね?」
ミリは何度も王都周辺の行商に付いて行っている。それはミリの曾祖母フェリ・ソウサが、ラーラ達を説得してくれた事で実現出来ていた。
「商人は難しいかなと思いますから」
「なぜ?向いていると思うけれど?」
「ラーラ」
ミリの父バルが口を挟む。
「大丈夫よ、バル。商人になる事を勧める積もりはないわ。理由を訊くだけだから」
「そうか。それなら良いけれど」
「ねえミリ?なぜ難しいと思うの?」
「なぜって、私が商人になるとすると、どうしてもソウサ商会の影響を受けると思いますし」
「え?受けるも何も、商人になるならソウサ商会に勤めるのでしょう?」
「それこそ難しいですよ?」
「え?なぜそう思うの?」
自分の出自を知っている事に気付かれない様に理由を説明するのは難しく、どう言えば良いのかとミリは悩む。
「・・・私は貴族家の出となりますから、一緒に働く人に気を遣わせますし、なかなかみんなと馴染めないなら仕事にも影響すると思います」
それらしい理由を言う事が出来て、ミリはホッとした。
「それだから、別の商会に入るの?」
「それはソウサ商会に勤めるより難しくないですか?」
「難しいと思うわ」
「ですよね?ですから私が商人になるなら、自分で店を持つか行商するかですよね?店とは言っても、最初は屋台か露店でしょうけれど。でも売る物の仕入れは結局ソウサ商会を頼る事になりそうで、そうすると独立して商人になるって言うのは私の単なるワガママに過ぎなくなりますし、やる意味がないかなって思いました」
バルが首を傾げる。
「ワガママって、どうしてだい?」
「お客様の為ではなくて、自分の為と言う事になりますし」
「自分の為でも良いのではないのかい?」
「自分が食べていく為ならそうだと思いますけれど、さっきもお金の心配は要らないと言われましたし。私がやってもやらなくても世の中になんの影響もないなら、やらない方が正しいと思います」
「そうかな?影響がないわけはないと思うけれど」
「商売をするのは好きなのね?」
「はい。多分」
「お父様は貴族だけれど、ソウサ商会で責任者を務めているわよ?」
「それはお父様のお客様に、貴族や裕福な平民が多いからですよね?」
現在のバルが取り仕切っている業務は護衛に関しての、人材発掘、人材育成、人材派遣、それに依頼先での人材教育監修だった。顧客は護衛を必要とする富裕層になる。スイーツの監修もやっているけれど、バルの本業はあくまでも護衛関連事業だ。
「でも同じ様な客層を相手にする商売なら、ミリに適しているのじゃない?」
「ラーラ?商人になる事を勧めていないかい?」
「違うのよ、バル。ミリ?そう言う事をあなたは考えなかった?」
「もし私がお父様の事業スタイルを真似するとしたら、護衛を侍女とかに置き換えてですよね?侍女教育は実績が必要ですから、私がいきなり始めても、お客様が見つからないと思います」
「あなたはまだ子供だから、大人になって商売を始めるまでに、何か見つかるかもよ?」
「その可能性はありますけれど、文官を目指すなら学院に入学する時には・・・そう言えば私、学院に通っても良いですか?」
「もちろんよ」
「当然じゃないか」
「良かった。ありがとうございます」
ミリはラーラとバルを左右に振り向いて見てから、正面に頭を下げた。
「それで、文官になるなら、貴族クラスでは勉強が足りませんし、平民クラスになると思います。平民クラスに入るなら、入試の為の勉強も必要ですよね?」
「それはそうだけれど」
ラーラが困惑の表情を浮かべる。
「それなので、大人になってから商人を目指し直すかも知れませんけれど、先ずは文官を目指します」
「それってやっぱり、好きな事をやるって訳ではないんだね?」
バルの言葉にミリは小さく肯く。
「さっきの話で、私がこの家から出て行くのが許可されなければ、どっちにしても文官くらいしかできないのではないですか?」
「え?出て行かなくて良いのかい?」
「え?出て行っても良いのですか?」
「いや、ダメだけれどさ」
やっぱりダメなんでしょ、とミリは思ったけれど、小さく息を吐く事で表情には出さなかった。
「・・・それなのでコーハナル家の文官は諦めるなら、王宮の文官を目指します」
「王宮?いや、だけど」
「王宮は辛いのではない?」
「でも、コーハナル家に勤めたら、コーハナル侯爵領で勤務する事もあるでしょう?王都以外の配属は無理ですなんて言えませんから」
「コーハナル家なら、お願いすれば王都勤務にして貰えるよ?」
「それは私がイヤです。さっきコーハナル家ならコネが利くと言いましたけれど、勤めてからヒイキされると同僚との間に溝が出来ます」
「そうね。でも・・・」
「・・・王宮か」
バルとラーラは、王宮がとった過去の対応を思い出していた。
「ミリ?お父様が結婚しても良いと言ったら、結婚する?」
「ラーラ?」
「もしもよ、もしも。どう?ミリ?」
「ご命令なら」
「そうではなくて、お嫁さんになりたいな、とか、考えた事はある?」
「う~ん?多分、ないです。それって相手がいなくても思うものなのですか?」
「そうね。それは人によるかな」
「そうなのですね」
「何をしても良いなら、ミリは何をしたいの?」
「王宮の文官です」
「そうではなくて、家を離れても結婚しても良くて、お金の心配もしなくて良くて、身分も気にしなくて構わないとしたら、何になりたい?」
「・・・考えた事がないので、分かりません」
「こう、なんと言えば良いのかしら・・・夢とか憧れとか、ない?」
「それは何か意味があるのですか?」
「え?なんで?どう言う意味?」
「なれないものをなりたいと思うなんて、意味が分かりません」
「でも、頑張ればなれるかも知れないじゃない?」
「何を頑張れば良いのですか?」
ミリは、また頑張れと言われるのか、と気持ちが暗くなる。
「それはなりたいものによるけれど」
「・・・分かりました」
「そう?それで?何になりたい?」
「家にいます」
「え?」
ミリは、もうどうでも良いわ、と思った。
「家で、何をするの?」
「・・・食べたり寝たりです」
「え?何もしないの?」
「何でもします」
「何でも?え?何を?」
「頼まれたら、何でも」
「え?やりたい事はないの?」
「乗馬や買い物やお祭りに行ったり観劇したりですか?」
ラーラが何を言わせたいのか、ミリには全然分からなかった。ただ、どんどんどんどん、会話する事が面倒臭くなって来ていた。
「言われればやります」
「あの、やりたい事は?」
「ですからそれ、考えて意味があるのですか?」
「考えても何も、やりたい事って普通あるでしょう?」
「ありません」
「え?どうして?」
「どうして?どうしてってどう言う意味の質問ですか?」
「だって、文官になるのはやりたい事ではなかったって事?」
「どうしてって、そう言う意味ですか?」
「あ、いいえ。どうしての意味ではないけれど・・・」
「・・・文官をやりたいと言うより、生きていく為には働かなければならないと考えていたので、私が出来る職業を選んだつもりです」
「商人になっても良いと言われたら、商人を選んだ?」
「え?商人にはなれませんよね?」
「ミリはそう言っていたけれど、商人にはなりたくないの?」
「なれないのに、なりたいもなりたくないもないです」
「でも、行商は楽しかったでしょう?」
「はい」
「将来、行商したいな、とか、旅をしたいな、とか、思わなかった?」
「思いません」
「なんで?楽しかったのでしょう?」
「商売は楽しいだけではないのではないですか?それに楽しいからって言うだけで何かをするのは、ダメな人間ですよね?」
「え?」
「さっきからのお母様の質問は、もしかして、私がダメ人間だと言う噂でも流れているからですか?」
「え?違うわよ?違う違う、そうではないわ」
「そうですか・・・でしたらお母様は私に何を訊きたいのですか?」
ミリはラーラが望む回答を見つけて、早く会話を終えたかった。
「何をって、その、ミリがやりたい事なのだけれど・・・」
そこでミリは閃いた。
「分かりました!お父様とお母様が用意して下さったお金で、投資をします!」
ミリはドヤっと二人を振り向いて見て、これも違った、と落胆した。




