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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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ビスケットと花束の賭け

 菓子店で、ミリは伝統のビスケットの他にミリお薦めの菓子を幾つか、侍女に購入させた。

 その包みを侍女から受け取って、ミリはレントに差し出す。


「これは鼻向けです。お持ち下さい」

「お心遣い、ありがとうございます。しかしわたくしにはミリ様にお返し出来る物がありません」

「鼻向けですから、お返しは不要ですよ?」

「そう、ですか。それでは学院の入学試験の時に、何か用意いたします」

「先ほど、入試の時も時間がないと仰っていたのではないですか?」

「試験を早く終わらせて、時間を作ります」

「良いのですよ。お気になさらないで。万が一、急いで失敗などなさったら大変ですから」

「いえ、大丈夫です」


 ミリは心の中で溜め息を()いて、自分の侍女と護衛達を少し下がらせた。それを見てレントも自分の護衛達を下がらせる。

 レントにしか聞こえない様にミリは囁く。


「レント殿と私が会ったりしたら、コードナ家もそうですけれど、コーカデス家の方達も良い顔をなさらないのではありませんか?」

「それは、そうですね」

「ですので、本当にお気になさらないで下さい。私のわがままで、レント殿に本当の伝統のビスケットを知って頂きたかっただけですから」

「そうですか・・・ミリ様」


 レントは本日何度か見せた、強い目をミリに向けた。


「わたくしは大人になっても、王都で積極的に社交を行う事はないと思います。ですので今後、そう何度も王都には来る事がないでしょう。しかしもし今後ミリ様と言葉を交わす機会があるのなら、その時には何らかの品を用意いたします。領地の特産品かも知れませんし、ありふれた花束かも知れませんが、それまでは借りと言う事にしておいて下さい」


 その言葉にフッとミリの力が抜ける。


「もうレント殿にお目に掛かる事はありませんから、本当に忘れて頂いて結構ですよ?」

「それは、でも、わたくしが社交の場に顔を出す事があれば、言葉を交わすチャンスを頂けませんか?一言二言で結構ですから」

「いいえ」

「あ?贈り物が拙いですか?花束とか、婚約者や配偶者の方にあらぬ疑いを抱かせますね?」

「その心配は要りませんが、私は大人になったら社交界には顔を出しませんので」

「ですが、他はミリ様が出席なさらなくても、婚約者や配偶者の方とご一緒しなければならない場もあるかと思います。その時はミリ様にお目に掛かれるのではありませんか?」

「私の父は、私を嫁にやらないと言っています。嫁に行けないのですから、婚約者は出来ませんよね?」

「それは世の娘を持つ全ての父親が言う、お約束のセリフですよね?本当にその言葉が守られるなら、人類はとっくに滅んでいます」

「ですが私の血は穢れていますから、嫁の貰い手はいません」

「そんな事!仰らないで下さい!」


 レントのいきなりの大声に、ミリとレントの護衛達が動く。

 それに気付いた二人はすぐに、「なんでもない」と言って護衛達をまた下がらせた。


「大声を出して申し訳ありませんでした」


 レントが深く頭を下げる。


「ですが、あんな事は仰らないで下さい」

「こちらこそ申し訳ありません。お聞き苦しい無神経な事を言いました」

「いえ、それは良いのです」


 レントは下げた頭を左右に大きく振ると、顔を上げてミリを見た。


「ミリ様」

「はい」

「わたくしは今日、自分の考えが浅はかだったと、つくづく思い知らされました」

「え?ビスケットの種類の話ですか?」

「え?ええ。それもそうでした。今まで疑いもせずに信じていた事が、物事のほんの一つの姿でしかないと、ビスケットの種類が複数あると知った時に気付いた筈なのに、今日出されたビスケットの種類の多さを見て、また驚いてしまいましたね」


 ミリは相鎚の言葉が出ずに、小さく肯いた。


「ミリ様に付いてもです」

「え?私ですか?」

「はい。先ほどガゼボで、昨日までのわたくしが抱いていたミリ様のイメージが、誤りだったと言いました。ミリ様の父親が誰であろうと関係ありません。ミリ様のご家族もその様に考えて、ミリ様に接しているのではありませんか?」

「それは、そうかも知れません」

「いいえ、知れます。そうに決まっています。血が穢れているなどと、ご家族が仰ったのではありませんよね?」

「それは、はい。余所で聞きました」

「そうでしょうとも。わたくしには分かっていました。ミリ様」

「はい」

「今日、ほんの僅かな時間、ミリ様と話をさせて頂いたわたくしは、ミリ様のイメージを塗り替えられたのです。ミリ様と接する事でミリ様の魅力に気付き、求婚する人が必ず現れます」

「え?それはちょっと言い過ぎですよ」

「いいえ、間違いありません」

「あの、レント殿は恋愛経験をお持ちなのですか?」

「いいえ全く。なにせわたくしの周囲には、同年代はおりませんので」


 年上に恋をする事もあるだろうとミリは思ったけれど、話が拗れそうだったので「そうですか」とだけ返した。


「そうするとレント殿の思い違いだと思います」

「いいえ。本にはその様な話が載っていました」

「本と現実を一緒になさるのは、危険なのでは?」

「大丈夫です。弁えております。しかし本が現実の一部分である事も確かです。執筆者の主観が述べられてはいますけれど、その執筆者に取っては事実。つまり数いる貴族の中、ミリ様の魅力に気付く男性は数多(あまた)おり、その中から条件の合う人がミリ様に求婚をするのです」

「年齢が合う貴族の男性は少なそうですし」

「多少年下でも良いですし、一つの上の世代の男性でも頼り甲斐があって良いのでは?」

「年上は頼り甲斐があると言うのも、本の知識ですか?」

「え?まあ、はい」

「なるほど。でも、実際に求婚して下さる方がいても、その人は貴族ではありませんよ」

「え?何故ですか?」

「私には貴族の血が流れていませんから、わざわざ私を縁談の相手にする家はありません」

「それは、確かに壁にはなるかも知れませんけれど、でもミリ様の母君も平民の出身ではありませんか?」

「私の両親の場合は、事情が特殊な事はご存知なのですよね?」

「それは・・・はい」

「同じ様な状況にでもならなければ、私の嫁ぎ先はありません」


 真っ直ぐに見詰めてそう言い切るミリに、レントは言葉を返せなかった。

 ミリはレントを言い負かせられた事に、少し気を良くする。

 ミリの頬が緩む。


「我が家はお金だけはありますから、それも私の魅力に数えて良いのでしたら、もしかしたら私との縁談を考える方もいらっしゃるのかも知れませんね」

「・・・今日、わたくしのミリ様のイメージが塗り替えられたのは、ミリ様の財力とは一切なんの関係もありません」

「それはそうなのかも知れませんけれど」

「我がコーカデス家は困窮しておりますが、お金目当てでミリ様に近付いたのではない事は、信じて頂きたいと思います」

「それは分かっていますよ?私もレント殿と話して、レント殿に良い印象を持ったのですから」

「・・・ありがとうございます。その言葉、嬉しいです」

「どういたしまして」

「わたくしもミリ様がとても素敵で素晴らしい(かた)である事を知ることが出来ました。今回のサニン殿下とのお茶会は気が進まないものだったのですが、王都まで来て、ミリ様とお話させて頂く機会が持てて、本当に良かったと思います」

「私も参加して良かったです。レント殿に会えて、本当に良かった」


 二人は微笑みを交わす。


「ミリ様。賭けをしませんか?」

「賭け?どの様な?」

「もしミリ様が貴族男性と結婚なさったら、今日のビスケットのお礼として花束を贈らせて下さい」

「え?それが賭けになるの?」

「なりますよ。配偶者の方がヤキモチを焼くでしょうから、それをミリ様が宥めるのが罰ゲームです」

「私がずっと一人だったら?」

「ミリ様への借りをわたくしは返せません。それがわたくしへの罰ゲームですね」

「借りを作ったままなのが、レント殿は嫌いなのですね?」

「その様です。本では知っていましたけれど、実際に誰かに借りを作るのは今日が初めてです。なかなかソワソワして、不安になりますね」

「気にしなくても良いと何度も言ったのに」

「言われても言われても、やはり気になります」

「負けず嫌いなのですね」

「え?負けず嫌い?わたくしがですか?」

「ええ。レント殿は負けず嫌いです」

「わたくしが・・・わたくしはミリ様の様な方を負けず嫌いと言うのだろうと、考えていました」

「ええ、もちろん私も負けず嫌いですよ?ふふ、負けず嫌いならレント殿には負けません」

「はは、なるほど。そう言われて悔しく感じるわたくしは、確かに負けず嫌いの様です」


 二人は笑顔を向け合った。


 ミリが一つ大きく息を吸い、手を差し出す。


「今日はレント殿のお陰で、楽しい一日になりました。いつかまた、お目に掛かれる日を楽しみに思います」


 レントは差し出されたミリの手を握り、握手をした。


「こちらこそ、本当に楽しかったです。賭けに勝ってまた、お目に掛かりに参ります。ミリ様。それまで、その、お元気でいて下さい」


 そう言ってレントははにかんだ。


「ありがとう。レント殿も、道中お気を付けて。ご健康をお祈りします」


 ミリは自分の言葉が固めになってしまい、ほんの僅かに笑顔を蹙めた。


「ありがとうございました」


 レントはそう言うと手を離し、深く頭を下げた。

 顔を上げてミリにニッコリと笑うと、レントは「それでは」と会釈して、馬に近寄る。

 護衛の一人に補助をされて、レントは馬に乗った。


 馬上のレントをミリが微笑みを作って見上げていると、レントもミリに微笑みを見せる。

 馬上のレントが敬礼をして、ミリも礼を返した。

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