馬車に同乗
ミリが先に帰る旨をジゴに告げると、ジゴはミリの隣に立つレントにチラリと視線を投げて、「分かった」とだけ返して背を向けた。
レントはジゴの背中に向けて一礼をすると、ミリをエスコートして会場の出口に向かう。
ミリは途中で給仕に声を掛け、頼んでおいたレントのビスケットを持って来て貰った。
そのビスケットを持って、ミリの馬車にレントと二人で乗り込む。
もちろん二人きりではない。ミリの侍女も一緒だ。
行きは一緒に馬車に乗って来たミリの護衛女性は、レントの馬に代わりに乗る。
「馬車を使わなかったの?」
「手配が面倒ですから」
「手配?」
「領地から王都までも馬で来ましたので、王都内での移動の為だけに馬車を手配するのは無駄かと」
「馬で王都に来たの?コーカデス領からって、かなりあるわよね?」
「ええ。ですので馬で移動すれば、馬車よりかなり日数を短く出来ます」
「でも馬に乗るの、レント殿は習ってはいないって言っていませんでした?」
「はい。見て覚えました」
「そんなにすぐには乗れないと思うのだけれど?」
「すぐではありませんよ?教師がいなかっただけで、以前から騎士達にアドバイスを貰いながら、なんとなく乗っていました。今回の旅でかなりの時間乗ったので、大分上達したとは思います」
「そうよね。簡単ではないもの」
「もしかして、ミリ様も乗馬をなさるのですか?」
「ええ。城外に出る時は、馬車より騎馬が多いわ」
「ご家族に止められたりしないのですか?」
「止められるって乗馬を?なぜ?」
「危険だと言われませんか?」
「落ちたら危ないけれど、習った事をしっかり守れば、危険はまず起こらないでしょう?」
「そうですね」
レントの笑みが寂しそうで、ミリは気になった。
「もしかして、女が馬に乗るなんて、と思っているの?」
「いえいえ違います、誤解です。わたくしが乗馬を習えないのが、危険だと言われて止められているからですので」
「え?止められているの?」
「もしかしたら言い訳かも知れませんけれど」
「言い訳?」
「はい。金銭的理由で、乗馬を習う為の教師が雇えない、とか」
「でも、馬を飼ったり騎士を雇ったりしているのでしょう?教師の契約料が問題になるとは思えないけれど」
「教師にはコーカデス領に来てもらう必要があります。領地が不人気なので、給与はかなりの割高になりますから」
レントが苦笑して、表情から寂しさが消えた様に見え事に、ミリは少しホッとした。けれど、話の内容はホッとして良いものではない。
「先ほどは、ジゴがごめんなさい」
ミリは話題を変えて、頭を下げてそう言った。
「顔を上げて下さい。先ほどとは、なんの事ですか?」
「私が帰ると言ったら背を向けてしまって、レント殿に挨拶もしなかったでしょう?」
「お気になさらずに結構ですよ?」
「そうはいかないわ。あの場では他の子供達の目もあったから、叱責は出来なかったけれど、後で良く言い聞かせておきます。次に会った時に謝らせますから」
「でもジゴ様は、わたくしがまだ帰らないと思っていたのかも知れませんよ?」
「レント殿が私の隣にいたのに?」
「一緒に帰ると考える方が難しいのではないですか?わたくしはジゴ様にミリ様の事を頼まれていましたから、それでミリ様の傍にいるのだと思うでしょうし」
「それでも何か一言、レント殿に声を掛けるべきでしょう?」
「ヤキモチを焼かれたのかな?」
「ヤキモチ?」
「はい。ミリ様とわたくしが一緒にテーブルを離れて、しばらくしてから一緒に戻って来ましたから。小説ではこう言う場面で、残された人がヤキモチを焼いていましたよ?」
「それは婚約者とかの場合ではないの?」
「ヤキモチって、仲の良い友人が他の人と親しくしていても、焼くのではありませんか?」
「そうかしら?」
「本で読んだだけなので、本当は違いますか?」
「あ、いえ。そう言う場合もあるとは思いますけれど」
ジゴがミリにヤキモチを焼く事は、ミリには納得出来なかった。
ジゴとは仲が良いわけではないので、ミリにはヤキモチの理由が思い当たらない。
「あるいは姉弟でも姉が誰かといたら、弟は拗ねたりとかありました」
「姉弟でですか?」
「これも本で読んだだけで、わたくしには兄弟姉妹がいないので、推測でしかありませんけれど」
「私も兄弟がいないから、良く分かりませんね。取り敢えず、ジゴに真意を確かめてみます」
「そうですか。ですけれど、わたくしは本当に気にしていませんので。それに今度ジゴ様にお目に掛かるのが、いつになるかも分かりませんし」
「そう言えば、学院には通わないと仰っていましたね?」
「はい。領地から課題を提出して、卒業資格を頂く積もりです」
「でも、入試の時は王都までいらっしゃるのでしょう?」
「はい。ですが今日と同じ様に、試験が終わればすぐに領地に帰ると思います」
「そうですか。王都にいらっしゃっていても、試験前にお時間を頂く訳にはいきませんものね」
「王都に来るのも試験ギリギリになるでしょう。ですので、お気になさらずに構いません」
「では私から。コードナ家の者が、失礼をいたしました」
ミリは深く頭を下げた。
「お止め下さい、ミリ様。本当に気にしておりませんので、頭をお上げ下さい」
「謝罪を受け入れて頂けないのでしょうか?」
「あ、いえ。謝罪を受け入れさせて頂きます」
「ありがとうございます」
ミリは頭を上げて、レントに笑顔を向けた。
レントは一瞬視線を逸らしたけれど、ミリの目を見詰めて微笑み返す。
「こちらこそ、ありがとうございます」
そう言うレントの頬は、少し上気していた。




