誤解をほどく少しの理解
「わたくしはミリ様やご家族の皆様に対して、誤解をしていたのかも知れません」
「誤解ですか?」
レントの言葉にミリは首を傾げる。
お互いの家が敵対していたのだから、和解した事になっている今も、レントが良くは思っていないとミリは思っている。ミリももちろんそうだ。
「はい。少しわたくしの家族に付いて、話しても良いでしょうか?お聞き苦しいと思いますし、言い訳になってしまいますが」
「はい。でも、言い訳ですか?」
「はい」
そう言って微笑んで肯くレントの表情に、ミリはまた寂しさを感じ取った。
「わたくしの祖父母、前のコーカデス領主夫妻は、ミリ様のご家族やご親戚をかなり、その、恨んでいます」
「そう、ですか」
「はい。悪い話が話題に上がると、例えば領民の数が減ったとか、税収が減ったとか、盗賊が出たとか、その様な悪い話が出る度に、祖父母はそれを特にミリ様の母君の所為だとして、悪い言葉を口にします。私はそれを聞きながら育ちました」
ミリは言葉を挟む事が出来ず、小さく肯いてレントに先を促した。
「ですので今朝までのわたくしのミリ様へのイメージは、とても悪いものでした」
ミリはまた小さく肯きを返す。
「父の口からはその様な言葉を聞いた覚えはありませんが、祖父母の発言を止める事もありませんでした。周囲からはミリ様の母君の所為で一番苦労しているのは父だと言われていたので、口にはしないだけで、父も恨みを感じているのだろうとわたくしは思っています」
「一番は叔母君ではないのですか?」
「苦労ですか?わたくしを育てると言う点では、叔母に苦労を掛けたと思います。しかし叔母は苦労と言うより、一番辛いのが叔母だと周りは思っていますし、わたくしもそう思っていました」
苦労はないけれど、と言う事かな?とミリは思った。
「そうなのですか」
「はい。しかしここまではコーカデス家だけの話です。ミリ様のご家族の視点はありません」
「え?それは、そうでしょうね」
「一番辛いのは、叔母なのでしょうか?」
さすがに肯けず、ミリは小首を傾げた。
「叔母君は私の母や父の事をなんと仰っているのですか?」
「事実と思われる事だけです。ミリ様の父君が子供の頃に、叔母に交際を申し込んでいた事。父君が母君に交際を申し込んで、お二人が付き合った事。母君の誘拐に叔母の手紙が利用された事。父君と母君が結婚なさった事。わたくしの曾祖父が前の宰相閣下に怪我を負わせ、王冠を傷付けた事。王都で暴動が起こった事」
レントはフッと視線を下げる。
「祖父母がミリ様のご家族の事を悪く言い始めると、叔母はすぐに退席してしまいます。祖父母の意見に賛成も反対も表していません」
そう言ってレントは首を小さく左右に振った。
ミリは「そうですか」と返すしかなかった。
「叔母がどの様に思っているのか、正直なところわたくしには分かりません。しかし叔母が、ミリ様のご家族の事を悪く言った事がない事に、今は感謝しています」
そう言うとレントはミリを見詰めた。
レントが何を言いたいのかミリには分からなかった。けれど首を傾げるのは違う気がして、ミリは小さく肯いた。
「先ほどミリ様の事に目を惹きつけられたと言いましたが、それは実はミリ様の所作の美しさだけが理由ではありませんでした」
返しを思い浮かばなかったミリは、肯きそうになって慌てて小首を傾げた。
肯いてしまえば、自分の所作の美しさもそれ以外に目を惹きつける要素がある事も、自分で肯定する事になるところだった。
「他の子供達に接する際のミリ様の堂々とした態度に、わたくしは心を奪われていたのです」
子供とは言え女性に対して堂々としていた事を評価するのはどうなの?とミリは思った。
レントの表情を見るとバカにしているのではなく、良いと思っていそうに見えるところも、少しミリの癇に障る。
「わたくしには同年代の知り合いはいませんので、比較が出来ないので全くの想像になりますが、ミリ様はとても大切に育てられたのだと感じました」
「大切に?私がですか?」
「はい。物語とかに出て来る大切に育てられたお姫様のイメージと、ミリ様から受ける印象が重なります」
どんな話を読んでいるのか疑問に思いつつ、ミリは「そうですか?」と返した。
そんな事を言われた事も思った事もないから、ミリはとても戸惑っている。もちろん顔には出さない様に努力した。
「悪意に触れる事も無い様に、しっかりと守られてお育ちになったのかと思えます」
これにはカチンと来たミリの「なんですって?」の声は低くなった。
「私が悪意を向けられた事がないって、本気で思っているのですか?」
「あの、気を悪くなさったのなら謝ります。申し訳ありません。ミリ様やご家族に悪意が向けられる事があるのは知っています。神殿とか一部の貴族とか、王都の暴動に付いて今でもミリ様の母君を責める声があるのは聞いていますし、何よりわたくしの祖父母もそうです。しかしミリ様のご家族はそれらの声から、ミリ様を守っているのではありませんか?」
「それは・・・そうですね」
ミリがミリや家族への誹謗中傷を耳にするのは、ヒソヒソ話を物陰から盗み聞きしている時や、ミリ・コードナとしてではなくただの町娘として出歩いている時だ。船員達に他の港で聞いてきた噂を教えてもらう時もある。
家族や親族だけではなく使用人達も、それらの話がミリの耳に入らない様に注意を払っている。それらの警戒を掻い潜って、ミリの方から聞き回っていると言えた。
その警戒網の事を指して、家族達に守られていると言われたら、確かにそうだ。
「所作の美しさも頭の回転が早いところも、ミリ様を守る武器とする為に、皆様が鍛えたのではないでしょうか?」
確かにミリは、自分を守る為に頑張れもっと頑張れ、と周囲からは言われている。
「ミリ様はテーブルをわたくしに譲ろうとして下さいました。小さい子達との遣り取りも、会話の内容は聞こえませんでしたけれど、手助けをして上げていたのではありませんか?ミリ様は一人でテーブルに座ろうとしていましたから、あの子達は友人と言う訳ではないのですよね?」
「それは、はい」
「やはり。大切に守られて大切に育てられて、人を気遣う事が出来ると言うのは、コーカデス家でわたくしが想像していたミリ様像と、掛け離れています」
「どんなイメージだったのですか?」
「それはちょっと、ご本人を前に言えません。ご容赦下さい」
「そうですか。よっぽど酷かったのですね」
ミリは怒る気にはなれなかった。
「正直なところ、今日のミリ様の印象が強くて、昨日までどんなイメージだったのか、良く思い出せなくなっています」
「それは私もですね。レント殿の事を私も誤解していたと思います」
「誤解かどうかは分かりませんが、悪く思われている事は予想していました」
「叔母君が私の母を罠に嵌めたと言われている、と仰っていましたものね?」
「あれは不躾な言い方でした。申し訳ありません」
「いいえ。私も叔母君は私の両親を非難なさっていると思っていました。レント殿に会えば、私の事を攻撃して来るかも知れないと考えていました。それなのでテーブルを譲り合っている相手が、まさかレント殿とは思いません。名乗られてとても驚いたのですよ?」
ミリが苦笑を浮かべると、レントも同じ表情を見せた。
「わたくしは実はあなたがミリ様ではないかと考えていました。それですのでテーブルを譲られたら、後で何を言われるか分からないと思って、ミリ様に座って頂こうと懸命でした」
「まあ?そうだったのですか?」
「申し訳ありません」
「ふふ。良いでしょう。謝罪を受け入れます」
「ふふ。ありがとうございます」
「でも、これから何か言うかも知れませんよ?」
「え?そうですか?それでしたら、今から覚悟をしておきますね」
二人は顔を見合わせて、笑い合った。




