親しい人?
「レント殿には、友人ではなくても、親しい方はいらっしゃいますか?」
ミリは、恋人がいるか、との直接の質問は避けた。貴族にとっての恋人は平民の言う恋人と違う事も思い出した。言うとしたらガールフレンドだっけ?交際相手かな?
「親しい・・・家族以外でですか?」
「はい。ご家族以外で家族同然、あるいはそれ以上の方です」
「それ以上・・・それ以上?・・・すみません。親しいってなんだったでしょうか?」
「は?」
思わず令嬢にあるまじき、下町娘の声がミリの口から出た。
「家族同然とか家族以上とか、良く分からなくなってしまいました。親しい・・・親しいとは?」
「一緒にいると嬉しかったり一緒にいたいと思ったり、離れていてもその人の事を考えていたり会いたいと思ったり、お互いにそう思う人です」
「お互い?お互いにですか?」
「はい。親しいって言うのは、相手もそう思っていないと成り立ちませんよね?そうではないと片想いとか親心とかと言うと思います」
「え?片想いと親心が同じなのですか?」
「え?ええ。子供のいる人の話だと、親にならないと親の気持ちは分からないそうですから、親心もかなり一方的なのかと思いますよ?」
「そうなのですか。う~ん、なるほど。親心があるなら親しいとはならないのなら、私には親しい人はいませんね」
「あの、親心が片想いになるのは反抗期とかですから、レント殿もお相手もお互いを思っているなら、親しいで良いと思います」
「それなら私にとって、親しいのは叔母ですね」
「・・・そうですか」
家族以外で訊いたつもりなのにレントに叔母と答えられて、叔母さんは家族ではないのか、それとも家族だけれど親しいと言えるのは叔母さんだけなのか、どう受け取れば良いのかミリは一瞬悩んだ。悩んだけれど、言葉通りに取る事にする。
「それでは、叔母君の様な親しい方はいますか?」
「他にですか?いいえ、全く」
「そうですか。レント殿に婚約者はいらっしゃいますか?」
「いいえ」
レントに婚約者が居ない事は、情報としてミリは知っていたけれど、念の為に確認をした。いても隠しているのなら、この場で白状したりはしないだろうけれど。
「ミリ様には親しい方がいらっしゃいますか?」
「友人ではなくて親しいとなると、私も親戚になりますね」
「ジゴ様ですか?」
「え?いいえ。従姉はイトコですけれど、パノ・コーハナルです。ご存知ですか?」
「はい。叔母から話は伺っています。そうか、ミリ様の従姉なのですね」
「はい。血は繋がっていませんが」
「そう、ですね。でも、親戚と仰いましたけれど、パノ・コーハナル様はミリ様の家族ではないのですか?」
「同じ邸で暮らしていますけれど、普段は母の執事の様な事をしていますから、あまり家族感はありません。とは言っても使用人とは違いますけれど」
改めて考えると、パノってなんなのか、ミリには分からなかった。なんだろう?
「母君とパノ・コーハナル様は、仲がよろしいのですね?」
「はい。続柄は叔母と姪ですけれど、それこそ友人の様ですし、あるいは姉妹の様でもあります」
「そうですか」
そう言うレントの顔が、ミリには少し寂しく見えた。
ミリがもう一歩踏み込んだのは、そのレントの表情がなんとなくイヤだったからだ。
「パノとレント殿の叔母君とは、昔は仲が良かったと聞いています。ご存知でしたか?一番仲の良い友人だったと」
「それはパノ・コーハナル様が仰ったのですか?」
「はい。本人から聞きました」
「それは、手紙の一件に関してでしょうか?」
「・・・はい」
パノからは、パノがリリに送った手紙の封筒が犯罪に使われたと、ミリは聞いていた。しかし、それがラーラの誘拐に使われたとか、それをコーカデス家は使用人の所為にして責任を取っていないとかは聞いていない。それらは他の人から聞いていた。
パノもラーラもバルも、コードナ侯爵家もコーハナル侯爵家もソウサ家も、ミリの父親はバルだと言う事にしているので、ラーラが誘拐された事はミリには教えていない。ミリがそれを知っているのは、別ルートから聞いたからだ。
その辺りの事情をミリはレントに説明していない。
自分も自分の周囲の人間も、レントに会う事は今後しばらくないだろう。そう考えたミリは、バルが自分の本当の父親ではないと知っている事に付いて、レントに口止めをしたりはしなかった。
「レント殿に随分と質問ばかりしてしまいましたね」
「いいえ。わたくしもミリ様に質問を返させて頂きましたし。それに、わたくしに興味を持って尋ねて頂けたのなら光栄です」
レントの言葉に、ミリは困った。返し難い。
まだ二人とも子供だけれど男女ではあるので、興味を持っていると答えると、変な流れになるかも知れない。
しかし興味はないと答えたら、さすがに失礼になる。
「レント殿の事が少しは分かった気がします」
ミリはそう言う事で、興味を持っているかどうかに付いては、はぐらかした。
「そうですか」
レントはそう言うと、少し困った様な表情を浮かべる。
少しの間少し顔を伏せて、顔を上げるとレントは何度か見せた強い目をミリに向けた。
「ミリ様」
「はい」
レントの硬い声に、ミリの返事は少し上擦った。




