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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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緊張と緩和

 席を立とうとするミリに、レントは手を差し伸べた。

 レントのその自然な所作に、ミリは無意識に指を預けてしまって、自分で驚く。もちろん表には出さない。


 立ち上がって、腕を取らせようとするレントに良く分からない対抗心を覚えたミリは、腕を取らずに「こちらへ」と先に歩み出す。

 もう既に二人は周囲の注目をかなり浴びているので、腕を組んでも影響はないかも知れないけれど、腕を組まなかった事の効果をミリは狙った。


 離れた所にいるジゴと目が合うと、ジゴはミリに深く肯いて見せる。

 どう言う積もりでジゴが肯いているのか、ミリは少し不安になった。


 万が一に備えて、ミリは会場周辺の地図は覚えていた。非常事態が起こったら、どこからどうやって避難するのか、シミュレーションは完璧だ。

 それなので、会場に隣接している庭にガゼボがある事も知っていて、ミリはそこをレントと話をする場所に選んだ。


 しかし問題があった。

 目当てのガゼボは六角形でベンチが三脚。それも出入り口の辺が長くて、ベンチの辺が短い。六角形と言うより、三角形の(つの)を切り落としたと言った方が雰囲気に合っている。

 別々に座ると遠くて話し(にく)い。同じベンチに座ると近過ぎる気がする。こんなの、地図では分からなかった。

 ここまで先導してきたミリは、ガゼボの前で立ち竦む。


 そのミリにレントが手を差し伸べた。ミリはレントの顔を見ながら、また無意識に指を預ける。

 レントはミリをベンチの(はし)寄りに導いて座らせると、自分も同じベンチに、ただしミリの反対側の凄い端っこの方に腰を下ろした。

 取り敢えず、家族でも婚約者でもない男女の取るべき距離は、ギリギリ確保されていた。


 ミリは座る位置をリードしたレントに対して、僅かだけれど敗北感を覚えた。

 レントは自分の取った行動の成否を悩んでいた。取り敢えずなるべく離れて座ったし、ミリから苦情が上がっていないから、ダメではないだろう。

 本当はこの場の勝者は、このガゼボの設計者の筈だった。初々しい男女に距離が離れ過ぎない言い訳を与える事で、ガゼボの中が甘酸っぱい空気で満たされる設計だったのだ。

 まさかミリとレントの様な因縁を持った二人が使うとは、設計者の考慮漏れだ。仕様想定外使用とも言える。



「それでお話とは?」


 敗北感から立ち直る為に、ミリはレントに話を促した。

 わざわざ場所を変えたのだから良い話ではないだろうけれど、どの様な話でもミリはなるべく流れをコントロールしたかった。


「あ、いえ。わたくしからの話と言いますか、ミリ様と会話をさせて頂きたくて、お願いしたのです」

「そう・・・そうなのですね」


 会話と言っても、二人の共通の話題は少ない筈だ。

 王都に住んで、三夫人にスパルタ教育をされ、遊びに行くのは港町のミリ。

 地方に暮らし、ほぼ自学自習。生まれて初めて王都に訪れたけれど、観光の予定も全くないレント。

 コーカデス領にも港はあるけれど水深は浅く、大型の貿易船は入港出来ない漁港だから、港町あるあるなども通じない。そもそもレントは海を見た事もない。


 しばらくの間、風が葉を揺らす音だけが聞こえた。


「お誘いして置いて、会話もリード出来ずに申し訳ありません」


 頭を下げるレントに、ミリは慌てた。


「とんでもありません。マナー的にはわたくしがリードすべきですのに」


 本来は家の地位が上のミリに会話の主導権がある。

 それをレントに謝られて、ミリの負けず嫌いの部分が拗れそうだった。


「わたくし達の共通の話題となると、どうしてもわたくしの両親とレント殿の叔母君の話になってしまいますものね」

「・・・そうですね」


 他の人なら普通は二人相手には()ける話題だけれど、これしかミリにもレントにも思い付かない。


「それに絡んでミリ様に伝えたい事はあるのです。しかしいまひとつ、考えがまとまっていません。目処も立てずに貴重なお時間を無駄にする様な事をいたしまして、本当に申し訳ありません」


 レントが更に頭を下げる。

 ミリは開き直った。


「こうなったら、両親と叔母君の話に触れても、良いですか?」


 そもそも、レントが二人で話したいと言ったのも、ミリが平民舌などと口にしたからだ。

 それなのにレントに頭を下げさせていては、ミリの気分が良くない。


「ミリ様がよろしいのでしたら、わたくしは構いません」


 レントは顔を上げてミリを見た。場所を変える事を要望した時の強い目だった。


「リリ・コーカデス様は、その、お元気ですか?」


 決心をして出した言葉だけれど、時候の手紙の挨拶の様になってしまい、ミリは日和ってしまった自分が大分(だいぶ)恥ずかしかった。頬が少し染まる。


「はい。息災に暮らしております」


 ミリの頬の僅かな上気に気付いたけれど、レントはその意味を考え付かなくて、取り敢えずミリの言葉にのみ、返事を返した。


「レント殿とご一緒に暮らしているのですか?」

「はい。同じ邸に住んでおります」

「そう。ご家族とご一緒なら、安心ですね」

「はい」


 ここで会話は途切れる。

 これ以上リリに付いて訊いても大丈夫なのか、ミリには判断できなかった。

 リリに付いての情報はミリも耳にしていた。だから意地悪な質問ならいくらでも思い付く。

 しかしミリはそれをレントに突き付ける気にはなれなかった。


「ミリ様の父君と母君は、お元気なのでしょうか?」

「はい。二人とも、元気にしております」

「そうですか。それは良かった。お二人が仲睦まじいとの噂は、わたくしも聞いています。ご健康で何よりです」

「ありがとうございます」


 また少し間が開く。


「レント殿の父君はお元気でしょうか?」

「父ですか・・・」


 固かったレントの表情が僅かに曇り、それをミリは見逃さなかった。


「元気だとは思います」

「お忙しくて、お会いになれないのですか?」

「・・・そうですね。ここ(いち)()年は遠目に見掛けるだけで、会話はしておりません。二年前に父が体を壊した事がありまして、その時はベッド上の父と多少話をしました」

「そう、なのですか」

「はい」


 コーカデス伯爵領の困窮はミリも良く知っている。

 レントの父、コーカデス伯爵スルトが領地を上手く治められていないのも、話としてはミリも聞いている。

 コードナ侯爵家にもコーハナル侯爵家にもソウサ家にも、コーカデス伯爵家を嫌っている者は多い。家族や親族は口に出さないけれど、使用人達がコーカデスの話をする時には、ザマアミロ、との気持ちがどうしても漏れている。

 二年前にスルトが体を壊した話も、バチが当たったのだと噂されていた。


 しかし今レントを前にしたら、ミリはそれらの話を聞いた時に、笑ったりバカにしたりしなくて良かったと思った。


 ミリも出自で笑われるしバカにされるし、貶されて蔑まれている。

 もちろんミリに面と向かって言う人はいないし、そう言う事を言う人達のレベルまで自分を落としてケンカを買ったりはしていない。

 しかし、腹が立たない訳ではない。


 ミリはレントの現状を思う事で何故か、自分を傷付ける為に投げられた言葉に対しての怒りを思い出していた。



「レント殿」

「はい、ミリ様。なんでしょうか?」

「わたくし達は、もう二度と話を出来ないかも知れませんよね?」

「そうですね。わたくしは学院に通う為だけに、王都に移っては来ないでしょうし」

「そう言う事ではなく、わたくし達の家や家族の事を考えると、たとえ学院に通おうが社交をしようが、わたくし達が会話をする事は周囲に止められるのではないですか?」

「それは、ええ。その通りだと思います」

「それなら今、言い倦ねている時間はないのではありませんか?」

「時間がないのは確かですが」

「ですので、思っている事があるなら、キレイにまとまらなくても良いので、言って下さい」

「しかし」

「わたくしの両親に対しての恨み言でも良いです。わたくしの悪口でも良いです」

「いえ、そんな事は思っていません」

「それを言えといっている訳ではありません。わたくしだって悪口言われるのはイヤですから。でもそんな事でも言って良いです。その代わり」

「その代わり?」

「わたくしの言葉が取り留めもなくても、許して下さい」


 呆気に取られていたレントは、フッと息を吐いて微笑んだ。


「分かりました。しかしわたくしは同年代の子供と会話した事がありません。ミリ様とジゴ様との遣り取りの様にはならず、ぎこちないところが出ると思いますが、ご容赦頂けますか?」

「もちろんですが、わたくしもそうなるかも知れませんから、ご容赦下さいね?」

「はい。もちろんです」


 そのレントの返事と表情に、釣られる様にミリも笑った。

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