面倒臭い一言
レントを面倒臭い系と認識したからには、話の主導権を渡すと面倒臭いとミリは思った。
それなので、話の流れのコントロールをミリは考える。
「謝罪を受け入れます。ジゴに対してのものも含めてです」
「それは、ありがとうございます」
「しかし、謝罪頂く程の事ではございません」
話題を軽くする事を狙って、ミリはそう言った。
「レント殿は正直な方ですね」
ミリの礼儀作法担当教師であるピナ・コーハナル夫人監修の笑顔を浮かべる。これなら言葉通りに受け取って貰える筈だ。
「あ、いえ」
レントの顔に戸惑いが浮かぶ。
言わなくても良い事を言ってしまったり、気持ちが表情に表れ易かったり、将来伯爵家を継ぐのに大丈夫なのか、とミリは心配になる。もちろん顔には出さない。
「そう言えば、ジゴが薬を飲まないので、お菓子に混ぜて食べさせた事がありました」
「え?味は変わらないのですか?」
「変わったと思います。それなのでコードナ家の男達と料理人達が工夫して、ジゴが気付かなくなる様にと何度も挑戦していました」
「ジゴ様に気付かれなく出来たのですか?」
「いいえ。その前に、ジゴの病気が治ってしまって」
「ふふ。ジゴ様の勝ちだったのですね」
「勝ち、なのでしょうか?」
「最後まで違いを見抜いたのですから、勝ちでしょう」
「なるほど。ふふ。そうですね」
熱で舌がおかしくなる事があるから、それで味が違うとジゴが言っていたのかとミリは思っていた。
なるほど。コードナ家の総力を以てしても、ジゴの舌を騙せなかった可能性もあるのね。
「コードナ侯爵家の男性陣と仰いますが、ミリ様も鋭い味覚をお持ちですよね?」
「わたくしはその様な事はありません」
あの人達とは一緒にしないで、とミリは思う。
「ですが先程、ジゴ様と一緒に首を傾げていましたよね?」
「あれは少し違いまして」
「どの様に?」
「ジゴは美味しい物を作り出せる味覚を持っています。何かを食べた時に、こうすればもっと美味しくなる、みたいなのが分かるそうです。スイーツ限定ですけれど」
「そうなのですか。素晴らしいですね」
スイーツ限定と言った時に、レントの顔に僅かに苦笑いが浮かんだのに気付いて、ミリの表情も釣られた。
「ミリ様は違うのですか?」
「わたくしは、金額が浮かぶと言うか」
「金額?食べ物の値段ですか?」
「はい。これならいくらくらいで売れるかなと」
「それはすごいではないですか」
ミリにはレントが本当に称賛している様に思えた。それなのでミリは少し焦る。
「あ、でもそれって、味覚が一般的だからこそで、ジゴの様な繊細さは無いって事なのです」
「一般的?なるほど。買い手の味覚に合わせられると言う事ですか」
「と言うより、舌が平民なのです」
そう言って笑顔を浮かべたミリは、レントの表情を見て失敗を悟った。
自分に貴族の血が流れていないと言う事は、ミリは事実として受け入れている。
それなので、ミリの出自について攻撃してくる人がいても、ミリはその事自体には傷付かない。もちろん両親や親族や身の回りの人達を悪く言うなら許さないけれど。
そして攻撃をして来ないそれ以外の人達からすると、触れずに避けている話題だ。相手に気を使わせている事を感じる時がミリにはある。
まして目の前の少年には、ミリの両親と因縁を持つ叔母がいる。ミリの出生の原因と言える人だ。
ミリはレントを面倒臭いと思い始めていたが、自分の方こそ面倒臭い事を言ってしまったと思った。
しかしここで変に言い訳をすると、傷口を更に広げる事になる。
ミリは、せめて笑顔は完璧にしよう、と考えた。
ミリの笑顔を見て、レントは目を伏せる。
唾を飲んで喉を鳴らし、レントは強い視線をミリに向けた。
「ミリ様。別の場所で、話をさせて頂けませんか?」
これは変なスイッチを押してしまったのかも知れない。もしかしたら地雷を踏んだのかも。
「お話は、今日の方がよろしいのですよね?」
「はい。次にお目に掛かれる機会は、分かりませんので」
「そうですか・・・分かりました」
ミリは肯いてそう答えると給仕を喚んで、レントに出されたクッキーを持ち帰れる様に頼む。
「ケーキの残り、食べてから場所を変えましょう」
ミリが微笑んでそう言うと、レントは固い表情で「はい」と返した。




