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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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面倒臭かった

 ミリは切っただけで口を付けていなかったケーキをジゴの前に押しやった。

 意味は、レントの相手はミリがするからジゴはケーキを口に入れて黙ってろ、だ。


 レントがビスケットを1枚摘まむ。


「ビスケットを1枚ずつと頼んだ時には、これほど多くのビスケットが出て来るとは考えていませんでした。多くても(さん)(よん)種類かと思っていました」


 レントが話題を替えた事に、ミリは感謝した。


「確かに多いですよね。わたくしも驚きました」

「ミリ様が驚いたのは、用意されていた事にではありませんか?」

「え?ええ。そうですが」

「やはりそうなのですね。わたくしが驚いたのは、この世にビスケットの種類がこれ程あるのか、と言う事です」

「・・・そちらですか」


 まだ領地困窮の話題が続いているのかも知れない。


「はい。しかし今のミリ様の表情から見ると、世の中にはもっと種類がありそうですね?そうではありませんか?」

「もっとあると思います。正確な数などは知りませんが、わたくしが知っているだけでも、これで全てではありません」

「やはりそうですよね。わたくしは王都の伝統のビスケットの話を聞いた時に初めて、ビスケットに種類があると知ったのです。それまでビスケットと言うのは全て同じだと、1種類しかないと思っていました」

「そうなのですか」

「はい。本を読んでいて話にビスケットが出て来た時も、いつも同じ自分の知っているビスケットを想像していたのですが、もしかしたら全然違う物だったのかも知れません。今日は自分の知識の浅さに驚きました」


 レントの出した結論は大袈裟ではないかとミリは思うけれど、意見には共感出来る所がある。

 そこの話題を広げて行こうとミリは考えた。


「想像していたのとは違って驚く事は、確かにありますね」

「ミリ様もですか?」

「はい。わたくしも、本にとても不味い果物の事が書かれていて、それを港町に来る船員に知っているかの様に話をしたら、笑われました。手に入れて貰って食べたら、その果物はとても美味しかったのです」

「そうだったのですか」

「はい。現地で食べればもっと美味しいと教わりました。美味しい筈のその果物が不味いと言う事が、本に載っていた話のキーポイントでした。つまりわたくしは実際に食べてみるまで、話の筋を勘違いしていたのです」

「なるほど」


 レントに共感して貰えるかとミリは思ったけれど、反応はいまひとつ薄い。


「ミリ様はそれを現地でも食べたのですか?」

「まだですが、そうですね。いつかは行って食べてみたいですね」

「それは、素敵ですね」


 そう言うレントの微笑みには陰が見える様にミリは感じた。

 ビスケットの話題に戻した方が良いだろうか?


「レント殿がご存知だったビスケットは、どの様な物ですか?」

「そうですね。もっとパサパサして粉っぽく、味も香りもこれ程濃くはありません。甘みも少ないですし」


 ミリの微笑みにヒビが入る。話をビスケットに戻さなければ良かった。

 不幸話なら付き合えるけれど、物資困窮話だとミリには話の種がない。


 ミリが言葉に詰まったのを感じて、レントが頭を下げた


「申し訳ありません。詰まらない事を言いました」

「いいえ。伺ったのはわたくしですから」


 気拙い空気をジゴの言葉が切り裂く。


「そのビスケット、美味しいですか?」


 美味しいわけないじゃない、と思ってミリはジゴを一睨みする。もちろんそんな事は口に出せない。

 皿を見るとジゴはケーキを食べ終わっていた。

 ジゴを黙らせる為にミリが給仕に次を頼もうとすると、ジゴは自分で別のケーキを三皿頼んだ。


「どんな味なのです?」


 ケーキを頼んでいたので、ジゴの話は途切れたと思っていたミリは、質問が追加された事に驚く。ミリはコードナ家の男の、甘い物に対する探究心を改めて思い知った。


「そうですね」


 レントがそう言って苦笑する。


「王都のお菓子や食事に慣れている方には、味気なく感じると思います」

「そうなのですか」


 そんなの訊くまでもないでしょう?と、ミリの眉間が狭くなる。


「わたくしに取っては美味しかったのですが、こちらのビスケットを食べた後では、美味しいとは人に伝えられませんね」


 ミリがなんと返そうかと考えている間に、ジゴが頼んだケーキが来た。


「レント殿。このケーキは私のお勧めです。良かったら召し上がりませんか?」

「ありがとうございます。しかしビスケットをこれだけ頼んでしまいましたので」

「ビスケットは残しても良いじゃないですか」

「ですが頼んだ責任もありますし、もったいないとも思いますので」

「それなら3人で手分けして食べましょう。ね?ミリ姉上?」

「そんな、それは申し訳ないので」

「大丈夫ですよ、レント殿。半分はジゴが食べますので」

「ええ。なんなら全部頂きます」


 驚いた顔のレントにジゴは「気にせず残して下さい」と微笑んだ。


「ありがとうございます」

「構いません。ケーキも口に合わなければ引き受けます。食べきれなくても気にしないで下さい」

「いえ、さすがにそれは」

「大丈夫です。私のお薦めなので」


 何が大丈夫なのだろうかとミリは思ったけれど、レントに向けられた困惑顔には微笑んで小さく肯いて見せた。


「コードナの男は甘い物にうるさいですから、ジゴのお薦めのそちらは期待出来ますよ?」

「ミリ姉上も食べてね」

「これ、私のなの?」

「うん。前回、1番美味しかった。今回追加されたどのお菓子よりも美味しいから」

「もう一通り食べたの?」

「うん」

「そう。だそうですのでレント殿、食べてみましょうか?」

「はい。分かりました」


 3人で同じケーキを口に入れる。


「これは、確かに美味しいですね」


 そう言ってレントが二人を見ると、ジゴは首を傾げ、ミリは眉を寄せていた。


「前回とは味が違うな」


 ジゴの言葉にミリはホッと息を()いた。ジゴの舌がおかしいのか、自分の舌がおかしくなったのか、心配したからだ。


「そうなのね。そうすると今回1番美味しかったのは何?」

「いや、このケーキで合っているけれど、今回食べていないのが前回と同じ味とは限らなくなったな」


 美味しいとは言えるけれど、ジゴが人に勧めるほどではないとミリには思えた。


「レント殿、ビスケットを頂いても良いですか?」

「はい。どうぞ」


 ビスケットが並んだレントの皿からジゴが数枚選び、それらを割って口に入れる。


「ビスケットも違う気がする」


 そうすると全体的に材料が変わったのかも知れないとミリは考えた。

 ジゴが割った残りを差し出すので、その一つをミリも口にする。

 先程の伝統ビスケットと同じ感じがする。

 つまりこちらのビスケットにもケーキにも、王家直轄領か公爵領の材料が使われているのだろう。


 ミリはジゴに小声で尋ねた。


「このテーブルだけ違う物が出されている事は考えられる?」


 ジゴは眉を寄せて「確認してくる」と言うと立ち上がる。


「レント殿。私は席を外しますが、ミリの事をお願いしても良いですか?」


 ジゴの言葉にミリは驚いた。

 気紛れにミリの隣に座ったのかと思っていたけれど、自分を守ってくれていた積もりなんだとミリは気付いて、従弟の言動を少し不思議に感じる。


「ええ。お任せ下さい」


 レントの言葉にもミリは驚いた。

 緊張を含んだ真剣な声色だったからだ。


 レントと肯き合うと、ジゴはコードナ侯爵家配下の子供が座っているテーブルに向かう。

 割り込む様に座るジゴの姿を見て、やり方が雑だと思い、ミリはハラハラした。


 レントが「ミリ様」と小声で話し掛ける。


「はい」

「何か混ぜ物がされていたのですか?」

「え?」


 ミリはレントが毒物などの心配をしている事に気付いた。


「大丈夫です。単に材料が変わったのでしょう。それがこのテーブルだけなのか、この会場全てなのか、ジゴは確認に行きました」

「そうなのですね」


 レントはホッと息を吐いた。


「ですから食べ続けて頂いても問題ありません」

「はい。ありがとうございます」


 レントが微笑みながらそう言うので、ミリも微笑みを返した。


 レントはジゴが割ったビスケットを見詰めた。ケーキを食べる手は止まっている。


「しかし話には聞いていましたが、コードナ侯爵家の男性は、本当にお菓子に詳しいのですね」


 そう言った直後にレントは顔を曇らせた。


「あの、どうしました?」


 気付いたミリが尋ねると、「いえ」とレントは反射的に答えて俯いた。

 そして顔を上げ、ミリを見詰める。


「ミリ様」

「はい」

「わたくし、レント・コーカデスには母がおらず、わたくしは叔母に育てられました。わたくしを育てたのはリリ・コーカデス。ミリ様の母君を罠に嵌めたと言われている人物です」

「・・・はい」


 急に何を言い出すのかと思い、ミリは戸惑った。


「もしかして、ご存知でしたか?」

「詳しい事は存じませんが」

「そうですか」


 そう言うとレントはまた俯いた。


 レントが何を言いたいのか思い当たらないミリは、レントを見詰めながら次の言葉を待つ。


 レントは顔を上げると、哀しみを滲ませた表情をミリに向けた。


「味が違うと聞いてわたくしは毒を思い浮かべました。そして咄嗟にミリ様とジゴ様を疑ってしまったのです」


 そう言うとレントは「申し訳ありません」と頭を下げた。


 ミリの思考は止まってしまった。

 まさか毒物混入容疑を掛けられているとは思っていなかった。

 そしてそれを白状するレントの考えが分からなかった。

 レントが言わなければミリは気付かないし、わざわざ言う事ではない。家の事や自分の立場を考えた場合には、言ってはならない筈だ。



 ミリはレントをホントに面倒臭い系の子だったと認識した。

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