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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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不幸なミリ

 幼いミリ・コードナは、自分が不幸なのだと思っていた。


 周りの人に、ミリ本人は悪くないのに可哀想だ、と言われ続けたら、そうなのだと思ってしまう。


 両親は懸命に隠しているけれど、ミリとミリの父バルとは血が繋がっていない。これは可哀想な事なのだ。

 その上ミリの本当の父親は分からない。これも可哀想だ。

 更にミリには犯罪者の血が流れている。・・・本当の父親が誰だか分からない筈なのに不思議だけれど、確かに可哀想だ。


 それだから父親には愛されていない。

 そうなのだろうか?お父様は優しいけれど?

 甘やかすのは愛せない事の罪滅ぼしなのだと言われても、まだ幼いミリにはピンと来ない。

 でもお父様に愛されないのは、可哀想な筈だ。


 そして母親にも愛されない。

 母親は父親を愛していた。それなのにミリを産んだ所為で父親との間に距離が出来た。

 ミリを産まなければ父親と母親との間にはもっと愛が育ったと言われても、幼いミリには理解できない。

 でもお母様に愛されないのは、可哀想に違いない。


 よその親子と自分達を見比べると、確かに子供に対する親の接し方が違う様に思えなくもない。

 父親も母親もお互いに対して意識を向けていて、ミリにはそれほど注意を払っていないと言われれば、その通りなのかも知れない。


 それらについては、まあそうなのかも知れないな、とミリは思う。



 しかし、これは確かに不幸だろう、とミリは思っている。


 養祖母ピナ・コーハナル夫人に習っている礼儀作法は、他の子供達と比べたらとても厳しいらしい。

 いや比べなくても厳しくて辛い、とミリは思う。

 ミリの出自を馬鹿にさせない為には、礼儀作法は完璧でなければならないとピナは常に繰り返す。それなのでその事についてはミリは疑っていない。物心着く前からずっと言われていれば、疑える筈がない。

 だが、出自の所為で他の子達より辛い思いをするのなら、それはやはり不幸だとミリは思った。


 血の繋がらない曾祖母デドラ・コードナ夫人に教わっている授業は苦しい。

 デドラは教科書の行間を質問して来る。

 これは何故こうなっているか、どうしてそう答えたのか、何故そう考えたのか、どうしてそう思うのか。デドラが納得するまで、何故、どうしてと問われ続ける。

 質問は、一行(いちぎょう)を読む時間の何倍も続く。好い加減な答をすると、更に倍の時間が掛かる。

 たとえ間違っていても、デドラを納得させられれば良い。でもデドラを納得させられる答を見つけ出せるまで、ミリは息が出来ない気分だった。

 何故自分だけこの様な授業を受けなければならないのか、ミリには分からなかった。それこそ何故と問いたい。

 でもそんな事をデドラに訊けば、何故だと思うか考えなさいと言われるに決まっている。

 理由を訊く事も出来ずに、窒息しそうになりながら授業を受けるなんて、やはり不幸だとミリは思った。


 曾祖母フェリ・ソウサにやらされる勉強もしんどい。

 物の値段を当てるのは良い。大分(だいぶ)当たる様になって来ていて、当たった時はとても嬉しい。外れた時も、フェリの偉そうな態度にウンザリする時もあるけれど、納得できる理由を聞けるのは楽しい。

 しかし山ほどの計算は泣けてくる。ソウサ商会の帳簿付けなので、やってもやっても終わらない。やっている最中にやった量以上の追加が来る。心が折れる。

 山ほどの計算をしているのに、一箇所間違えただけで怒られる。間違えたらダメなのは分かるけれど、間違えるよ。人間だもの。まだ子供だし。

 パッと見ただけで間違いに気付かなくてはならないって、そりゃあ何十年もやってればそうなるのだろうけれど、まだ子供なのにそんなレベルの計算精度を求められるなんて、やはり不幸だとミリは思った。


 そしてこれらの苦しみが、誰にも相談出来ないのも不幸だとミリは思う。


 ミリの義理の従姉のパノは、礼儀作法をパノの祖母であるピナに教わった。

 それなのでミリはピナの授業が辛いとパノに零した。

 しかし全然共感してくれない。あれくらい普通だと言う。

 他の子はあんなにやらされていないと訴えると、自分は同じくらいやっていたと言う。

 確かにパノの所作は綺麗だ。それは認める。

 そうミリがパノに言うと、ピナに習っていればミリもいつか自分みたいになれると言われる。だから頑張れと励まされる。

 今も精一杯頑張っているのに、もっと頑張れと言われるなんて、不幸だとミリは思った。


 デドラの授業が苦しいと、ミリはミリの父バルに訴えた。

 バルは大いに共感してくれた。あれは苦しい、確かに息が詰まると。

 しかし頑張っていれば根性が付いて、苦しくなくなると励まされる。自分の根性はデドラの授業で(つちか)ったのだとバルは胸を張る。

 自分の娘なのだからきっと乗り越えられるとバルに言われ、本当の娘ではないと思いながらそう言ってしまう訳にもいかず、言葉を返せないのは不幸だとミリは思った。

 それにデドラの授業は根性を鍛える事を狙っていないとも、ミリはバルに言えなかった。


 ミリの母ラーラに帳簿付けが(つら)いと言うと、困った顔をされる。

 ミリはまだ幼いから足し算しかさせられていないのよ、とラーラは何故か悲しそうな顔をする。

 でもあんなに量があるなんて、と訴えると、でも足し算だけだし、と返される。

 足し算だろうがなんだろうが、ミリの手に負える量ではないと言うと、ミリが出来なかった分はソウサ商会の従業員が計算するから大丈夫、などとトンチンカンな事をラーラは言う。

 計算しきれずに他の人に始末を押し付けてしまう悔しさが分かって貰えないのは、不幸だとミリは思った。


 パノはミリの所作で気になる所があれば、指摘する。

 バルはミリが疲れている所を見せれば、励まして来る。

 ラーラは家の入出金伝票をあっと言う間に計算して、こうすれば良いのよと見本を見せる。


 自分が求めるものを与えられないなんて、その代わりに望んでもいない事をされるなんて、不幸だとミリは思った。

 


 ミリが自分は不幸ではないと思う様になるのは、レント・コーカデスに出会ってからだ。

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