交渉の着地点
「ミリにはまだ縁談は来ていないわ。バルが勝手に言っているだけよ」
バルの母リルデの説明にパノは「そうなのですね」と返した。
「ミリがお嫁に行く時には、ラーラも付いて行きたいなんて言うから」
「ラーラが付いて行くなら、バルも付いて行きそうですね」
「ミリは嫁にやらないってば」
バルの言葉にリルデが小さく、パノは芝居掛かった大袈裟な動き付きで、溜め息を吐いた。
パノに向けてバルの祖母デドラが言う。
「今はコードナ家内部の話をしています。パノさんは部屋から出て下さい」
「デドラ様。その件に関わりそうな話を持って来たのですけれど、話はどこまで進んだのでしょうか?」
「ルモが優秀で、コードナ家の将来に役立つだろうと説明した」
バルがパノに答えた。
「そうですね。会話をしている所を見て、確かに賢いだろうとは思いました。しかし嘘を吐いてまで、守る価値があるとは思えません」
「嘘を吐かなければ、守って育てられるよな?」
バルの言葉にデドラもリルデも小首を傾げた。バルの祖父ゴバが口を開く。
「嘘を吐かないと言うのは、パノの持って来た話に関わるのか?」
皆の視線がパノに向く。小さく肯くパノにバルの父ガダが尋ねる。
「関わりそうな話とは?」
「誘拐犯達の罰の選択肢を確認して来ました」
「死刑以外に選択肢が?」
「ええ。罰を被害者が選択出来る事は、今回の誘拐事件にも適用するそうです」
「ラーラが誘拐された時とは異なり、平民が貴族籍のミリを攫ったのだから、死刑一択ではないのか?」
「はい。他の選択肢もあります。王宮で確認して貰いました。こちらが王宮からの回答状になります」
パノが差し出す書状をガダが受け取って読み、ゴバに回した。ゴバからデドラ、リルデと回る。
その様子を見ながらバルがパノに微笑んだ。
「随分と早かったな」
「そこはコーハナル家の名があるからね」
ゴバがパノの言葉に反応する。
「またルーゾに借りが出来たか」
「いえ。祖父の名は出していません。コーハナル家の名は冗談です。申し訳ありません」
「いや、謝る程ではない。だが、そうか」
「どちらかと言うとミリの誘拐を公表してしまった事で、王宮がコードナ侯爵家に借りを感じているからだと思います」
「なるほど、そうか」
パノの言葉にゴバは小さく肯いた。
皆が書状を確認したのを見て、バルが言う。
「話をすすめるけれど、コードナ侯爵家がルモの罰に死刑以外を選択すれば、子供を処刑したとの批判は上がらない」
「しかし罰を緩めるなど、付け込む隙を与える様なものだ」
ガダの言葉にバルは首を左右に振る。
「主犯は死刑で良い。それなら隙にならないだろう?」
「今後は子供を実行犯に使われるぞ?」
「それは、しかし」
「いまコーハナル家に身を寄せている子供達が、犯罪者の手先として使われるかも知れない。隙を作らない為にも見せしめにする為にも、ルモは処刑すべきだと私は思う」
ガダの意見にゴバが「そうだな」と肯いた。
「死刑以外を選択したところで、賠償金などは一生掛かってもルモには払いきれないだろう」
「それは、やりようだと思うし」
「私はルモを処刑しなくても良いと思います」
そうリルデが言った。それに対してガダが訊く。
「理由は?」
「子供を処刑する事のリスクの方が、隙が出来たり付け込まれたりするリスクより高いと思うのよ。ルモを処刑すればきっと、いつまでも非難の声が消えないわ」
「付け込ませない為に余計なコストが掛かるぞ?」
「どちらにしても内部の子供を使った事が、今回の誘拐を成功させた要因と知られたわ。それに対して何の対策も取らない訳ではないのだから、追加のコストはそれほど掛からないわよ。それよりも領民や国民の信用を失うかも知れない事の方が、見過ごせないと思わない?」
「そうですね」
デドラが小さく肯いた。
「ルモを助ける事で確かに隙は出来ますけれど、助ける事自体はコードナ家や領地の為になりそうです。そのプラスを数値には出来ないかも知れませんが、ルモの払いきれない慰謝料を上回る効果が出るでしょう」
「そうか。そうだな」
ゴバが肯く。
「主犯達は処刑して実行犯は処刑しない理由を公表すれば、コードナ侯爵家のイメージは良くなるだろう」
「確かにイメージアップには良いチャンスだけれどね」
ガダが片手で顔を隠しながら首を左右に振る。
「それなら、ルモは助けても良いんだな?」
「死刑以外の選択肢があるなら、それはミリの親であるバルとラーラが決めるのが正しいのだろうな」
バルの問いにガダが肩を竦めながら答えた。
「ただし、ミリとは離す事。ルモだけではなく、他の子供達もだな」
「そうね。罪がなくなる訳ではないのだから、ルモはミリの傍に置いてはおけないわね。他の子達も利用されない為にはミリから離すべきね」
リルデの言葉にゴバが肯く。
「全員領地に送るか」
「そうですね。ガロン」
デドラに声を掛けられて、ラーラのお父ちゃん事ガロンは「はい」と応えた。
「ソウサ商会の行商には幼い子も連れて行くのですか?」
「はい。産んで直ぐに連れ歩きます。出先で子供を産む事もありますので」
「え?流産の危険とかは?」
驚いたリルデの声が、少し大きくなる。
「流産した話は聞きません」
「妊娠中も荷物の積み卸しとかするの?」
「はい。ですが余り重い物は持たないと思います」
「そう。妊娠中も体を動かしているから、無事に産めるのかしら?」
「どうでしょう?」
「マイに聞いた方が良さそうね。分かったわ」
「はい」
「ソウサ商会に頼めば、小さい子でも領地に運んで貰えますか?」
デドラの質問にガロンは「はい」と答える。
「問題ないかと思います」
「そうですか」
「では子供達の移送はソウサ商会と相談しよう」
「そうですね」
こうしてルモの処遇が決まった。
誘拐の主犯二人は死罪となった。ルモを含めた共犯者達には賠償金の支払いが請求される。
ルモ以外の共犯者からの賠償金請求はソウサ商会が請け負った。
ルモはコードナ侯爵家に勤め、給与から賠償金が天引きされる事になる。
名誉棄損の罪の信徒会の信徒達は、ラーラとバルとミリへの賠償金の支払いが命じられた。
コードナ侯爵家とコーハナル侯爵家への名誉棄損罪に付いては罰の執行が保留とされ、ラーラ達への支払いが完了したら改めて罰の選択と執行が実施される。
信徒達への賠償金請求もソウサ商会が請け負った。
信徒会の信徒達は、ソウサ商会に雇われる事になる。
勤務先は他国。他国の港でソウサ商会の支部の立ち上げを手伝う仕事をする。
海外進出事業はラーラの次兄ワールが担当する。ワールの担当していた犯罪被害者サポート事業はラーラの父ダンが、ダンが名目上の責任者だった職業訓練と人材育成はバルが、それぞれ担当責任者になった。
ルモは他の子供達と共に、コードナ侯爵領に向かった。
コードナ侯爵領で勉強や仕事を行うのだ。
コードナ侯爵領に向かう子供達には、コードナ侯爵家の護衛とソウサ商会の従業員が同行する。
その中にはガロンとマイの姿もあった。ガロンとマイはコードナ侯爵家の使用人を辞め、ソウサ商会の従業員になっていた。
ルモと幼い二人の子供は、ガロンとマイと暮らす。
ルモの休みの日には5人で、コードナ領都周辺の街に行商に行く予定だ。
ルモを助けて欲しいと言った手前、ラーラはガロンとマイに行くなとは言えなかった。




