誕生祝い
ミリ・コードナの誕生を祝う会場が、王都の城下街に何ヶ所も設けられた。
費用は全てソウサ家持ち。ソウサ家からソウサ商会に依頼して、王都民にタダで食事やお菓子が振る舞われる。
食事には、王都に残っている貴族家の料理人達に協力を仰いで、貴族風料理が提供される。実際には貴族の口に入る物とは異なるが、品質の高い食材が使われて丁寧に作られた料理は、食べた王都民達から絶賛された。
お菓子はバルの監修だ。子供や女性を中心に高評価だった。
どの会場も人数制限も回数制限もなかったので、空いている時を狙って食べに来れば良い。
会場毎に用意された料理が少しずつ違い、何ヶ所も回って食べ比べをする人も現れる。
会場ではソウサ商会の護衛達も、料理の取り分けや片付けなどを担当していた。もちろん警備もしている。
食べに来た王都民の中には、学院襲撃事件を知っている人もいる。その人達が護衛女性達に声を掛けて、褒めそやす事もあった。
それを聞いた人々が噂を広め、学院襲撃事件があった事と、その際にソウサ商会の護衛女性達の護衛対象生徒は誰も怪我をしなかった話が、急速に王都民に知られていった。
その勤務に就いていた訳ではない護衛女性達は、自分の手柄ではないのに褒められて戸惑う事もあった。
戸惑いながらもそう言ったケースでは、活躍したのは自分の同僚である事と、賛辞はその同僚に伝えると答えた。そしてその受け答えの姿勢が正直だし謙虚だと、更に褒められる事もあった。
会場ではソウサ商会の従業員達も護衛達も制服を着ている。しかしソウサ家やソウサ商会の名は会場に表記していない。
ミリ・コードナの名はあるが、コードナ侯爵家との関わりを示す物はない。料理に協力している他の貴族家も同様だ。
ミリ・コードナが誰なのか分かる説明も、会場に記されていなかった。
参加者はソウサ商会の従業員に尋ねて初めて、ミリ・コードナが誰だか知る事が出来た。
祝いの場を設けたソウサ家の目的の一つは、王都の雰囲気を明るくする事だった。王都民の気分を明るくする事で、経済を活性化させることを狙う。
王都は落ち着いて来てはいたが、経済的には低い位置での安定だった。
流通は回復したけれど消費が回復していないので、ソウサ商会の在庫も余っている。この状況で在庫があるからと流通を止めると、再回復させるのにまた時間が掛かる。
つまりソウサ家は余剰在庫の処分と王都民の気分上昇を目論んでいた。
その際にラーラやバルを王都民に意識させると、盛り上がりに水を差す事になるかも知れない。その判断で、ラーラもバルもコードナ侯爵家もソウサ家も、表には出さない事に決まった。
ソウサ家とソウサ商会としては、王都民に純粋に楽しんで貰えば良かったのだ。そしてミリの誕生を序でにでも、誰だか分からないままでも、祝って貰えれば充分だった。
祝いの場に祭りの様な雰囲気が加わり、会場の周辺も賑やかになって行く。
そうすると当然、祝っている内容が気に食わないと思う人達の耳にも入り、我慢出来ない人が文句を言いに来る事もある。
会場に入って来る人達を案内していた護衛女性に向かい、文句を言う女性がいた。
「あなた達は誰に断ってこんな事をやっているの?」
「王宮に届け出ていますよ」
「こんな馬鹿な事は直ぐに止めなさい」
「馬鹿な事?」
「悪魔の子の誕生を祝う事よ」
「悪魔って」
「王宮が許しても、神は赦しません」
「あなたは神殿の信徒?」
「そうよ」
「ちょっと待ってくれ!」
女性信徒と護衛女性の遣り取りを聞いていた男性が話に割って入る。
「俺も信徒だが、一緒にしないでくれ。あんたは信徒会の人間だろう?」
「信徒なのだから当然でしょう?神殿の信徒は皆、信徒会に入っているわ」
「王都ではそうかも知んないけど、俺は信徒だが信徒会ってヤツに入っちゃいない」
「神殿の信徒、即ち、信徒会の会員じゃないの」
「そんな訳ないだろう!」
「私も信徒で、王都の生まれ育ちだけど、信徒会になんて入ってない」
今度は護衛女性が口を挟んだ。
「そうだよな!」
「なんてとはなんですか、なんてとは!それにあなた!信徒ならなんで悪魔の子を祝ってるんですか!」
「悪魔の子なんていないわ」
「いるじゃないですか!悪魔ラーラ・ソウサの産んだ子ですよ!」
その女信者の怒鳴り声に、ソウサ商会の関係者が振り向く。
「ラーラ様のどこが悪魔なのよ」
「ラーラ・ソウサは神に祝福されない子を産んだではないですか!知らないとは言わせません!」
「知らないも何も、誰がそう言ったの?」
「誰もがそう言っているではないですか!」
「私は言ってない」
「俺も言ってないぞ」
「あなた達は悪魔に誑かされているからです!」
「それは誰が言ってたの?」
「誰がって、皆です!」
「少し落ち着いてよ」
「私は極めて落ち着いてます!」
「根拠もなく、人を悪魔呼ばわりするあなたの様な人がいるから、信徒が変な目で見られるのよ」
「な!なんですって!」
「そうだな!そうだ!あんたの言う通りだ!」
「あなた達!グルになって私を貶めようとしてるのね!」
「そんな訳ないだろう?俺とこの姉さんは今初めて会ったんだよ。あんたが勝手に落ちてるんじゃないか」
「なんですって!」
「あ、ちょっと待って。どうぞ通って」
「あ、良いですか?」
三人が入り口で言い合っていたので、会場に入れなくて待っている人達がいた。
護衛女性が振り向くと後ろに、先輩の護衛女性と護衛男性が一人ずつ、様子を見ていた。
「すいません、こちらの方達を案内して頂けますか?」
「ええ。分かったわ。皆さんご案内しますね。こちらへいらして下さい」
「あなた達!こんな悪魔を祝う席に参加してはダメよ!」
「いえ、私達はそう言うのは良いんで」
「待ちなさい!」
入っていく人達を女性信徒が掴もうとするのを、護衛女性が体を割り込ませて遮った。
女性信徒に通せんぼをする様な格好のまま、護衛女性は男性信徒に顔を向ける。
「あなたも今のうちに中へ」
「いや俺は後で良い。信徒を騙るこの女にはまだ言ってやりたい事がある」
「なんですって!騙るとは何よ!」
「あんた、ホントは神殿の信徒じゃないだろう?異教の回しモンじゃねえのか?」
「なんですって!」
護衛女性を挟んでつかみ合いになりそうな雰囲気に、後ろにいた先輩護衛男性が護衛女性に小さな声を掛ける。
「大丈夫か?」
「はい。任せて下さい」
「分かった。後ろで見てるから、手に負えなかったら言え」
「ありがとうございます」
「なにコソコソやってるのよ!」
女性信徒が護衛女性を突き飛ばそうとして、自分が弾かれる。それを倒れない様に護衛女性が手を掴んで引き留めた。
「業務連絡なので、気にしないで」
「放しなさいよ!」
「どう見てもあんたは、神殿を陥れようとしてるね」
「なんですって!私ほど神様を信仰している信徒は居ないわよ!」
「だからそれが、神殿とは違う神様なんだろう?」
「な!ふざけないで!」
「まあまあ、落ち着いて」
「こんな侮辱をされて落ち着いてなんていられる訳ないでしょう!」
「そうね。あなたもあまり煽らないで」
「いや、悪かったよ。王都に来てから信徒だって事でヤな思いが続いたんで、ちょっと感情的になっちまった」
「信徒でイヤな事なんてあるわけないでしょう!」
「それが感じられねえから、あんたみたいになるんだろうよ」
「それはどう言う意味よ!」
「言葉通りだ」
「ちょっと二人とも」
「何がちょっとよ!良い?!神殿には居場所を無くした人が大勢身を寄せてるのよ!食べる物だってギリギリで暮らしてるの!それなのにこんな所で悪魔の為に食べ物を無駄にして!どうしてこんな事をするの?!」
「食い物がないならここに来りゃ良いじゃねえか。タダで食わせて貰えるんだから」
「違うわよ!こんな風に食べ物を無駄にするくらいなら、なんで神殿に寄進しないのよ!」
「したわよ」
「え?」
「こちらの会場はソウサ家主催だけど、ソウサ商会として今朝、食べ物を神殿に寄進できた所もあるわ」
「嘘よ!」
「本当よ。王都の城下街の全ての神殿に、それぞれ最寄りのソウサ商会の店舗から今日の朝一で寄進の届け出をしたわよ」
「そんなの私は聞いて無い!」
「あんたが聞いてないだけだろ」
「何ですって!」
「ただし、受け取った所と受け取らなかった所があるそうだから、知らないのはその所為かも知れない」
「受け取らない所って、悪魔がどうとかって言ってか?」
「全部がそうかは分からないけど、私が行った所ではそう言われたわね」
「で、持ってった食い物を突き返された訳か」
「いえ。その場で地面に撒かれたわ」
「え?食い物をか?」
「ええ」
「うそ」
「王都の神官はそんな事をするのか?」
「神官には取り次いで貰えなくて、代わりに受け取った信者達がやったわ」
「嘘よ!信者がそんな事をする筈ないわ!あなたは嘘を言ってるのよ!」
「直ぐそこの神殿でだから、見に行けばまだ門前に食べ物が散らばってると思うわ」
「酷え事するよな」
「うそよ。こいつが嘘を吐いてるのよ」
「そんな事するヤツは罰が当たりゃあ良いんだ」
「嘘に決まってる。だって食べ物に困ってるのよ?きっと自分達でやったのよ。そうよ。そうに違いないわ」
「明日も食料を寄進に行く予定だけど」
「明日も?」
「ええ。ここの会場でも三日間、お祝いの振る舞いをするから」
「え?三日間もやるのか?」
「ええ、そうよ。明後日の夕方までね」
「寄進もか?」
「ええ。ソウサ商会の寄進は朝だけだけれど、明日と明後日も行うわ」
「そんな扱いをされてもか」
「受け取った所があると言う事は、今朝は受け取らなかった所も明日は受け取るかも知れないからだそうよ」
「今日受け取って明日受け取らないもあるかもな」
「それは仕方ないわ」
「どうする?明日もばら撒かれたら?」
「今日、食べ物を撒いた所には、さすがに明日と明後日は行かないから」
「え?」
「そりゃそうか」
「なんで?なんで行かないの?」
「また撒かれたらもったいないもの」
「だって食べ物に困ってる人がいるのよ?」
「困っていようがいまいが、地面に撒かれたら食べられないわ」
「そりゃそうだな」
「困ってる人を見捨てるの?」
「話聞けよ。地面にばら撒いたって、困ってる人の腹が膨れる訳ないだろう?」
「でも、小さい子がお腹を空かせているのよ?可哀想だと思わないの?」
「可哀想なのはこの姉さんだ。折角持って行った食い物を捨てられたんだぞ」
「それは、悪魔が悪いのよ」
「そうかよ。腹空かしてるなら、他の神殿から貰って食わせれば良いだろう?」
「誰が運ぶのよ?」
「自分達で貰いに行かせろ」
「無理かも。神殿に身を寄せている人数に基づいて、神殿毎に寄進量を決めているとの事だから、受け取った神殿には余ってはいないと思う」
「そうなのか」
「そんな!非道いじゃない!」
「いや、非道いのは食い物を撒いたヤツだ。そうだ。神殿がここから近いなら、腹減ってるヤツをここに連れて来りゃ良いじゃねえか」
「ふざけないで!悪魔を祝わせるって言うの!」
「だから誰が悪魔だって言ってんだよ?」
「それは神様に決まってるじゃない!」
その言葉に男性信徒も護衛女性も顔を引き攣らせた。
「神様が言ってるって、誰が言ってたんだ?」
「神様が言ってるのに決まってるでしょう!」
女性信徒の声に周囲がざわつく。
眉間に皺を寄せた男性信徒が護衛女性に囁く。
「王都の信徒は神の言葉を騙って良いのか?」
「いえ」
「神様が言っているって言うコイツの発言は、王都でもアウト?」
「アウトね」
「何コソコソしてるのよ!」
女性信徒が男性信徒と護衛女性の肩を掴む。
「痛えな、放せ」
男性信徒が腕を回して、女性信徒の手を払う。
護衛女性は肩を掴まれたまま、先輩護衛男性を振り返った。
「神殿に送って来ます」
神の言葉を騙るのは赦されない筈。それをどう対処するかは神殿に丸投げする。
護衛女性の言葉に先輩護衛男性が「分かった」と肯くと、男性信徒が「ちょっと待て」と口を挟む。
「姉さんは今朝、神殿に行ったんだよな?」
「ええ」
「それなら姉さんが連れて行けば、揉め事になるんじゃないか?」
「その可能性はあるけど」
「なら俺が連れて行くよ」
「それって助かるけど、大丈夫?」
「ここ、明日も明後日もやってんだよな?」
「ええ」
「なら大丈夫だ。戻って来るのが遅くなっても、明日寄らして貰うから」
「一晩中やってるから」
「え?夜中も?」
「ええ。明後日は夕方までだけど、今夜と明日の夜は夜通しで食べ物を提供するのよ」
「尚更良いね。夜は酒も出るのか?」
「出ません。酔っ払いが来たら私達が追い払うし」
「そりゃ困る」
二人して笑い合ってると、女性信徒が「何がおかしいのよ!」と文句を言う。
「私の事を笑ったんでしょう!」
「酒の話をしてたんだよ」
「食べる物に困ってる子がいるのに!お酒を飲むなんて!」
「分かった分かった。なあ?俺を神殿まで連れてってくれよ」
「あなた、場所を知らないの?」
「知ってたらあんたなんかに頼まねえさ」
「何ですって!」
「あ、あんたが知らねえなら他の人に教えてもらう。どうだ?神殿の場所、知ってるのか?」
「当たり前じゃないの!」
「案内出来るか?」
「何で私が!」
「なんだ。信徒じゃねえから出来ないんだな?」
「出来るわよ!」
「じゃあ頼む」
「だいたい、王都に来たらまず、神殿を訪ねるのが普通でしょう!」
「王都には何ヶ所も神殿があるから、どこにあんのか分かんなくなっちまうんだ。なにせ田舎もんだからな」
「それなら、まあ、仕方ないわね」
そう言うと女性信徒は「あなた」と護衛女性を指差す。
「明日の寄進についてはもう一度考え直しなさい」
護衛女性はそれを決めるのは自分じゃないと思いつつも、「ええ」と答えた。
「ほら、案内してくれ。どっちに行けば良いんだ?」
「そっちじゃないわ!こっちよ!」
そう言うと女性信徒はスタスタと会場を後にした。
男性信徒は護衛女性に挨拶代わりに片手を上げて、女性信徒の後を付いて行く。
護衛女性も男性信徒に片手を上げて応えた。
かなりの時間が経ってから、男性信徒が子供達を連れて会場に戻って来た。
子供達は皆痩せていて、顔色も良くない。
護衛女性は休憩を貰い、男性信徒と一緒に子供達に料理を食べさせた。




