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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第一章 バルとラーラ
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名付け

 バルが寝室に入ると、ベッドの上にはラーラと赤ん坊が寝ていた。

 横向きになっているラーラはバルを見ると、口角を上げて笑顔を作った。


「バル・・・」

「・・・ラーラ」


 バルが足を止め、二人は見詰め合う。


「それが、君の産んだ子?」

「・・・ええ」

「あの、ラーラにソックリだと聞いたけれど?」

「ええ。生まれた時はもっとシワクチャだったけれど、その時からお祖母ちゃんも母さんも、私にソックリだって言っていたわ。ソウサ家の他の皆もこの子の顔を見て、私にソックリって」

「皆さんは?」

「帰ったわ」

「そうか」

「・・・祖母と母は出産の間ずっと私に付いていてくれたので。それはコードナのお義祖母(ばあ)様もお義母(かあ)様も、コーハナルのお養母(かあ)様もだけれど、皆様も戻られたの」

「そうか」

「・・・パノもね。パノもずっと付いていてくれて、それなのに今も傍にいてくれているの」

「そうか」


 二人の会話が途切れた。

 室内にいる侍女達が何か言いたそうにしていたが、パノが人差し指を唇に当てて彼女達を見回して黙らせる。


「その、赤ちゃんの顔を見せて貰っても良い?」

「ええ。もちろん」


 バルがベッドに近寄る。


「本当だ。ラーラに似ている」

「そう?」

「ああ。将来美人に、あの、女の子だよな?」

「ええ」

「そうか。将来美人になるな。変な虫が付かない様に気を付けないと」

「今から?」

「もちろん」


 二人は微笑みを交わすが、また会話が途切れた。


「抱いてみないの?」


 とうとう我慢出来なくて、パノが口を挟む。周りで侍女達が肯いている。

 パノを見て困った顔をしたバルは、パノにも肯かれ、一つ唾を飲み込んでラーラに向き直った。


「あの、俺が抱いても、良い?」

「うん。抱いてあげてくれる?」

「ああ。うん」


 そう言ってバルは両腕を赤ん坊に伸ばす。しかし、どう抱き上げれば良いか分からない。

 確か生まれたばかりは、頭を触ってはダメだった筈。首も据わるまでは支えて上げなければならないらしい。力を入れすぎるのもダメだが、結構重たいから落とさない様にも注意しなくてはならない。


 バルが腕を伸ばしたり引っ込めたり、向こう側に手を回したり、こちら側で赤ん坊の下に手を差し込もうとしたりしていたら、またパノが我慢出来なくなった。


「腕をこうやって」


 パノがバルに腕の形を作らせる。


「そこに赤ちゃんを乗せるから」


 侍女達が椅子を持って来て、バルを座らせた。

 パノが赤ん坊を抱き上げて、バルの前に立つ。


「何でパノが俺より先に抱いているんだよ?」

「ゴメン。それは本当にゴメン」


 謝りながらパノは、赤ん坊をバルの腕の上に下ろした。


「もっと力を抜いて」

「え?落としちゃうだろう!」

「落とさないくらいによ。腕が硬いと赤ちゃんが痛いでしょう?だから赤ちゃんが乗っている部分は柔らかくして、それ以外の所に力を入れて置くのよ。それと大きな声を出さない。赤ちゃんが起きちゃうでしょう」

「え?声を下げるのは分かったけれど、腕をどうすれば良いのか分からないぞ?」


 その様子を見て、ラーラが微笑みながら声を掛けた。


「大丈夫よ、バル。私も力が入っちゃうから」

「そうなのか?」

「ラーラもバルも、それは大丈夫じゃないからね?」

「そう言うパノは出来るのか?」

「私は弟がいるしね」

「あ、そうか。俺もラーラも末っ子だからか」

「私は赤ちゃんを抱っこした事があるわよ?」

「確かにバルよりは良いけれど、でも、ラーラもまだまだよ」

「それはそうだけれど」

「まあ、母親初心者なのだから、仕方ないわよ。この子の成長と一緒に、ラーラも母親になれば良いのだから」

「なんと言うか、お祖母ちゃんみたい。私のお祖母ちゃんと同じ様な事を言ってるわよ、パノ」


 そう言ってラーラがクスクスと笑う。

 パノは「それは光栄だわ」とラーラに笑い返した。



 バルが真剣な顔で「ラーラ」と呼び掛ける。


「この子は俺の子で良いんだよな?」

「良いの?」

「俺はもちろんだ。ラーラもこの子も俺が守る。俺をこの子の父親にさせてくれ」

「バル・・・ありがとう」

「ありがとうは俺の方だ。ラーラ。この子を産んでくれてありがとう」

「バル」

「この子は絶対に幸せにする」

「ありがとう、バル」

「ああ。一緒に頑張ろうな」

「うん。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく」


 バルの優しい笑顔に、ラーラは涙ぐんだ。

 その顔を見てバルはラーラに触れたくなる。

 その気持ちを逸らすために、バルは赤ん坊の顔を覗き込んだ。


 確かにラーラに似ている。

 目を開けたらどんなだろう?眼差しもやはりラーラに似ているのだろうか?

 そう思うと不意に感情が膨れ上がる。赤ん坊が(いと)おしく感じた。


「ようこそ・・・」


 バルはフッと顔を上げて、ラーラを見た。


「この子の名前は?」


 赤ん坊に語り掛けようとして、名前を聞いていない事にバルは気付いた。


「名前、私に決めさせて欲しい。良いかな?」

「ラーラが選んで構わないよ。ただし俺が父親だから、決めるのは俺だ。ラーラが選んだ名前に俺が決める」


 真面目な顔でそう言うバルに、ラーラは笑顔を向けた。



 他の人達は退出して、バルとラーラと赤ん坊の三人だけになった部屋に、ラーラのお父ちゃん(こと)ガロンとお母ちゃん事マイが喚ばれた。

 ドアが閉められると、赤ん坊を抱いたラーラが二人に呼び掛ける。


「お父ちゃん、お母ちゃん」


 その声にガロンが返す。


「ラーラ様。この度はご出産、おめでとうございます」

「おめでとうございます」


 マイも祝いの言葉を告げ、二人揃って頭を下げた。


「今はバルしかいないから、大丈夫よ?」


 二人は頭を上げて首を振った。


「そうはいきません」

「昔とは違います」

「でもこの間の時はお父ちゃんは、あたしをラーラって呼んだじゃない?」

「・・・いつですか?」

「学院が襲われた時」

「申し訳ございません」


 ガロンはもう一度頭を下げる。


「謝らないでよ。覚えてるでしょ?」

「いいえ、覚えておりません」


 頭を下げたまま、ガロンは言った。


「ラーラ。その件はまた今度にしたらどうだ?二人とも俺がいない方がラーラと話し易いだろう」

「そう?そうね」


 ラーラは一度バルに向けた顔を、ガロンとマイに戻した。


「あたし、女の子を産んだの。お父ちゃん、お母ちゃん。抱いてあげてくれる?」


 抱いている赤ん坊の顔が二人に見える様に、ラーラは腕を傾けた。


「ですが」


 そう言ってマイはガロンを見た。ガロンは顔を上げながらチラリとマイの視線を確認し、ラーラを向く。


「血の繋がりがなくとも、その(かた)はコードナ侯爵家のご息女。他の皆様を差し置いて私達の様な者が()れるのは、恐れ多いのでご容赦頂けないでしょうか?」

「お父ちゃん・・・」


 ラーラの眉尻が下がる。


「俺は外に出ているよ」


 バルの提案に「いえいえ」とガロンが手を左右に振る。


「バル様がいらっしゃらなくても、立場は変わりません」

「なるほど。なるほどね。では命令だ。二人とも赤ん坊を抱きなさい」


 バルの言葉にガロンは息を飲み、マイは顔を伏せた。


「・・・分かりました」

「ガロン」


 命令を受け入れたガロンをマイが眉尻を下げた顔で見る。ガロンはマイを見返して肯いた。

 ガロンがマイの腰に手を当てて、ラーラに近付ける。

 ベッドに座ったままのラーラが赤ん坊をマイの(ほう)に近付けると、マイは手を出して受け取った。


「ホント、ラーラ様の赤ちゃんの頃にソックリ。ね?ガロン?」

「そうだな」


 ガロンがマイの隣で、赤ん坊の顔を覗き込んで肯いた。

 少し抱いて、マイがガロンに赤ん坊を渡す。

 ガロンの抱く赤ん坊を見るマイは目を細め、微笑んで見えた。


「お父ちゃん、お母ちゃん。お願いがあるの」


 ラーラの声にマイはハッとラーラを見る。対照的にガロンはゆっくりと赤ん坊からラーラに視線を動かした。

 二人は無言でラーラの言葉を待った。


「この子にミリと名付けたいの」

「何で」


 小声で返したマイの腕をガロンが赤ん坊を抱いている肘で突く。

 マイはガロンを見たが、ガロンはラーラを見たまま口を開いた。


「亡くなった人間の名を付けるのは、よろしくないのではありませんか?」

「縁起が悪いって言うの?」

「反対されると思います」

「そんな訳ないじゃない」

「ましてやミリは、幸せな死に方ではありませんでした」

「それは!・・・分かってる。それは分かってるわ。だからこそあたしは、お姉ちゃんの代わりにこの子を幸せにしたいの」

「・・・替わりですか」

「ええ。お願い。お父ちゃん、お母ちゃん。お姉ちゃんの名前をこの子にちょうだい」


 マイが両手を口に当てて、「そんな」と呟いた。


「ガロンさん、マイさん。俺からもお願いします。この子にミリさんの名前を付けさせて下さい。俺とラーラでこの子を必ず幸せにします。だからお願いします」

「お願いします」


 バルとラーラが揃って二人に頭を下げた。

 ガロンは赤ん坊を片手で抱き、空けた腕でマイを抱き寄せ、自分の肩にマイの顔を当てさせた。


「マイ。良いな?」

「ガロン」

「大丈夫だ。分かってる」


 そう言うとガロンは二人を見た。


「分かりました。頭をお上げ下さい」


 顔を上げた二人にガロンは真面目な表情を向ける。

 ガロンはマイを放してバルに近寄り、赤ん坊をバルに差し出した。

 ぎこちなく受け取るバルの腕の形を何度か直しさせながら、ガロンは赤ん坊をバルの腕に預けた。


「私達の娘の分まで、お嬢様を幸せにして上げて下さい」

「分かった。約束する」


 その言葉にガロンは微笑みを浮かべると、マイの隣に立って背中に手を回し、二人してバルとラーラと赤ん坊にお辞儀をした。



 ガロンはマイの肩を抱いたまま、マイは手で隠した顔をガロンの肩に付けたまま、宛がわれている使用人用の部屋まで戻った。


 部屋に戻るとマイが小さく嗚咽を漏らす。


「良く我慢したな。良く頑張った」


 その体を抱き寄せて、ガロンはマイの髪を撫でた。

 嗚咽の合間に途切れ途切れに、マイは小さな声を出す。


「キロとミリの、命だけじゃなくて・・・名前まで、奪うなんて・・・」

「ああ。良く耐えたな、マイ」


 マイは(こら)えたけれど、小さな小さな泣き声が漏れる。

 ガロンはそっと、マイの髪を撫で続けた。 



 ラーラの幼い頃を知っている人達は、ラーラの産んだ娘を見て、誰もがラーラにソックリだと言った。

 確かに今のラーラにも良く似ている。


 実際には違いがあったのかも知れないが、過去の記憶の朧気なラーラの面影は、目の前の鮮やかなラーラの娘の姿で塗り替えられて行った。

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