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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第一章 バルとラーラ
10/642

10 交際の危険

「お父様とお母様が思い出話をなさるなら、私は部屋に戻るわね」


 リリは何に対してか分からない苛立ちを感じていた。

 確かに商品の売り込みの様な両親の会話にも苛立ちを感じた。しかしそれが根本ではない。両親の売り込みは単にリリの心の底を掻き回して、沈んでいた筈の本来の苛立ちを浮き上がらせただけだった。


「いや待て待て」

「違うのよ。リリも交際練習を始めてみない?」

「相手なら探して来るぞ?」

「気になる(かた)とか、いらっしゃらないの?」

「バルは駄目だがな」

「リート!」

「バル?」

「何でもないのよ」

「お父様、バルがどうしたの?」

「うん?コードナ家の話では、バルは例の平民以外とは交際しないそうだ」

「わざわざ尋ねたの?」

「ああ」

「たまたま耳にしただけよねリート?」

「どうせ付き合うなら、平民よりリリにしないかって提案しただけだ」

「リート」

「そう」

「リリとだと練習にはならないって言ってたぞ」

「リート!いい加減になさって」

「うん?何がだ?」


 リリとだと練習ではなく本番になってしまうとのバルの発言は、リートの不完全な言葉でリリの気持ちを冷え固まらせる。

 始末に負えないのは、リートはバルの発言の真意を伝えた積りでいる所だ。だがバルが口にした時に感じていたであろう照れた気持ちは、微塵もリリに伝わらなかった。


「良いのよお母様。でもお父様、交際の練習ってそんなに大切なの?」

「それはそうだ」

「私は交際の練習しないと、結婚相手と上手(うま)く関係を築けなさそう?」

「いや、どうだろうな」

「そんな事ないわよ。リリなら大丈夫よ」

「ありがとう、お母様。お父様とお母様は婚約前に交際の練習はなさったの?」

「いや、我々の若い頃はそんなのはなかったぞ」

「言葉を交わすだけで色々と言われたりしたから、私はあまり男性に近寄らない様にしていたわ」

「そう。それなのに私に交際の練習を勧めるって事は、お二人は後悔しているのね?」

「後悔?」

「してないわよ!違うわ!」

「そうなのかしら?お父様もお母様も結婚に後悔しているから、私に交際の練習をさせたいのではなくて?」

「違う!後悔なんてしていないぞ!」

「それなら何故、私には練習を勧めるの?」

「それは、あなたに失敗して欲しくないからよ」

「練習なんてしなくても、結婚に失敗も後悔もしていないお父様とお母様の娘である私も、失敗しないのではないかしら?」

「だって時代が違うじゃない?」

「そうだ。私達の時とは時代が違う」

「時代が違うって事は、多分練習なんてしてなかったと思われるお祖父様とお祖母様は、お父様とお母様と違って結婚に失敗して後悔しているって事かしら?それともお祖母様達の世代にも交際練習が流行(はや)っていたの?」

「そんな訳ないけれど、そう言う事じゃないでしょう?」

「じゃあ曾御祖父様(ひいおじいさま)曾御祖母様(ひいおばあさま)は?もっと(さかのぼ)ったご先祖様は?」

(なか)には失敗した先祖もいたかも知れないが」

「リート!」

「いや、それとリリが交際練習をしないのと、なんの関係があるんだ?」

「私は婚約者や結婚相手と、真剣に向き合って生きて行きたい」

「うん?どう言う意味だ?」

「そのままの意味よ。さっきダンスの失敗の話が出ていたけれど、私は失敗するなら結婚相手とが良いわ。練習だから失敗しても恥ずかしくない、なんて遊び半分でダンスするより、夫になる人と一番権威のある舞踏会で真剣に踊りたい。無駄な失敗の時間を過ごしたくない。失敗しても構わない練習で、大切な何かを手に入れる事が出来る気がしないの。私は間違っている?」

「それは」

「間違っては聞こえないが」

「お父様とお母様は私より、お姉様の事を心配した方が良いのではない?」

「え?なぜだ?」

「お姉様は交際練習を楽しくなさっているのでしょう?」

「ああ、そうだ。そうだがあくまで練習としてだぞ?それは本人も充分(じゅうぶん)()かっている筈だ」

「筈だ?」

「いや、分かっている。チェチェも充分分かっている」

「お姉様のお相手の(ほう)は、随分とお姉様の事を気に入っていると聞いたわ」

「それはそうだろう。チェチェはとても魅力的で可愛いし美人だ。もちろんリリも同じくらい素敵だぞ?本当だ。どちらが上かなんて決められない。二人共本当に最高だ」

「お祖父様はお姉様とお相手の(かた)を婚約させるのかしら?」

「いやいやそれは駄目だ。相手は跡継ぎとはいえ伯爵家だぞ?なぜ格下の(いえ)にチェチェを嫁に出さなければならないんだ?」

「そうなのね。でもそれならお姉様のその(かた)との交際練習は、()めさせた(ほう)が良いのではないの?」

「練習だって分かっていると言ったろう?チェチェはちゃんと練習だと分かっているから大丈夫だ」

「リリは何を心配しているの?」

「お姉様が頂く贈り物が、大分(だいぶ)豪華になっている事ね」

「そうなのか?」

「確かに、お相手は随分と頑張っている様で、かなり高価な物も頂いているけれど」

「それがどうした?ちゃんとお返しはしているんだろう?」

「ええ。チェチェも見合った物は贈っていますから、多少は値が張りますけれど、それでも刺繍した物やチェチェが手を加えたお菓子などですから、予算を越える様な事にはなっていませんよ?」

「お姉様が婚約した時に、婚約者から頂く贈り物は当然、今の交際練習相手が贈って下さった物と比較されますよね?」

「それ!」

「それはそうだろうな」

「リート!駄目よ!」

「何がだ?」

「婚約者に贈る物って、自分で買ったり作ったりした物じゃない!」

「当たり前だろう?」

「でも交際練習の贈り物って、(いえ)から予算が出ているのよ?」

「交際費や教育費としてな。それくらいは知っている」

「チェチェのお相手は伯爵家の一人息子だから、伯爵家の予算を独り占めよ?」

「息子が交際費を全額使う訳じゃないだろう?」

「それでも結婚前の令息のお小遣いや自分で稼げる額とは違うわ」

「それはそうだ」

「そうだじゃないわよ!」

「当たり前じゃないか。婚約者へのプレゼントは自分で稼いだ金から出すものだ。(いえ)に出して貰った金で贈り物をしたら、笑いもんになってしまう。結婚式や新居は家が出してくれても、それは別だ」

「だから、贈り物が比較されるってリリは言っているのよ!」

「比較されようが何だろうが、婚約者が贈った物だ。セリだって婚約時代に私が自分の稼ぎで贈った、安っぽいブローチを(いま)だに捨てていないだろう?」

「当たり前じゃないの!でも違うのよ。私は比較する物がなかったけれど、チェチェは交際練習で貰った物と比較しちゃうじゃないの?」

「セリも比較対象があったら、私の安物ブローチは捨てたって事か?」

「違うわよ。そうじゃないけれど」

「世の中にはそう言う女もいるのは知っている。平民の商売女なんてそんな感じだ。だが私とセリの娘のチェチェが、そんな比較をする訳ないだろう?」

「そうだけれど」

「お父様、お母様。また二人の思い出話が始まった様だし、私はもう部屋に戻っても良いかしら?」

「いや、待て。肝腎の交際練習はどうするんだ?」

「そうね。それならお兄様は?」

「うん?もう結婚しているじゃないか?今更交際練習なんて必要ないだろう?」

「お父様とお母様も、お祖父様とお祖母様も、時代が違うから交際練習なんてしなくても失敗も後悔もしてないのでしょう?」

「もちろんだ」

「それなら私と同じ時代のお兄様とお義姉(ねえ)様は、交際練習をしていないから失敗するのよね?」

「いや、する訳ないだろう?もう結婚しているのだから」

「それなら私も失敗しないわ」

「いや、リリの婚約も結婚もこれからだろう?」

「だからお兄様と同じ様に政略結婚すれば、私も失敗も後悔もしない。交際練習をしなくてもね。それともお父様はお兄様をお義姉様と結婚させた事を後悔なさっているの?」

「二人は失敗なんてしていないんだから、後悔している訳ないだろう?」

「お兄様とお義姉様は後悔していないかも知れないわね。でも今私が訊いたのは、お父様がお二人の結婚を後悔しているのかどうかよ?」

「なに?」

「お母様はどう?」

「どうって」

「お母様も後悔していないの?」

「後悔って」


 言い淀むセリを見て、リートは唇を強く結んだ。妻から嫁の愚痴を良く聞かされていたからだ。


「お父様もお母様もお疲れの様ですし、今度こそ私は部屋に戻りますね」


 リリは微笑みを両親に向けてそう言うと、部屋を(あと)にした。



 バルとラーラが交際を始めた頃、リリはまだ自分の気持ちをしっかりと把握していなかった。なぜバルに、付き合ってあげるなんて自分から言ったのか、自分では分かっていなかった。

 でも、バルに付き合ってあげると言ったのに、ラーラに振られたら頼むなんて言われたら、リリが振られたみたいになってしまう。ラーラに負けた様に周囲にも思われる。

 だから、誰も付き合ってくれないので平民の子と付き合うなんて言い出したバルが可哀想なので助けて上げようとしたのだと、バルになんか好意を持ってはいないのだと、リリは自分に言い訳をしていた。仲の良い友人にも、それとなくそう仄めかした。


 しかしバルとラーラの交際が上手(うま)くいっている話が耳に入る度に、リリの胸は痛む。上手くいっていると言うのが二人の仲の事ではなく、交際の練習自体に付いてだったとしても。

 胸が痛むその理由について、自分を誤魔化し続ける事がリリには出来なくなっていった。

 もしリリが二人の様子を自分の目で見ていたのなら、リリが思っている関係ではない事に気が付いて、胸の痛みは減っていたのかも知れない。


 そしてバルとの会話の機会が極端に減った事を思う時に、ふと感じるのが寂しさなのだと、リリがいつまでも気付かない訳にはいかなかった。

 (じつ)はリリが寂しさを感じた瞬間のバルは、何を贈ればリリが喜ぶのか悩んでいたり、素敵な景色なのでリリに見せたいと思っていたり、どうすればリリは振り向いてくれるのか考えていたりする。


 ラーラとの交際練習をしながら一度でも、バルがリリに贈り物を贈るかデートに誘っていたのなら、そこからリリとバルが一緒に過ごす時間は増えたのかも知れない。


 バルとラーラが出会ってからリリがバルに交際を断られるまでの一日の間に、バルとの婚約を両親から打診されていたなら、リリは肯いていたのかも知れない。

 バルとラーラの交際を知ったばかりの両親から、勧められたのが交際練習だったなら、リリは肯いていたのかも知れない。

 リリが自分の気持ちを認めた今、両親からバルとの婚約を打診されたのなら、リリは肯くのかも知れなかった。


 肯くタイミングをことごとく逃したのは、決してリリの所為ではなかった。



 以前はバルと一緒に参加していた様な社交の場に、リリが姿を現わす事は減った。バルとラーラの姿を見る事が、リリには耐えられなくなっていた。

 リリが参加するのは、ラーラの様な平民が出席出来ない場に限られる様になった。そしてラーラとの交際練習が出来ないその様な所には、バルが姿を現す事は失くなっていた。

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