01
詳細な描写はありませんが、連載前半にレイプ、殺人、肉刑が出てくるので、R15指定をしています。
サブタイトル、本文の表現、ルビや誤字などを修正するかも知れませんが、内容は変えませんのでご容赦ください。
「好きだよ、リリ。今日も綺麗だね。お願いだから、俺と付き合ってよ」
「おはよう、バル。お断りよ」
「おはよう、バル。今日もいつも通りね」
「やあ、パノ。今日も良い笑顔だな。俺と付き合わない?」
「遠慮するわ、バル。ほら、リリが睨んでいるわよ?」
「睨んでないわよ」
「ああ、そういう表情も素敵だよ、リリ。頼むから俺と付き合ってくれない?」
「おことわり」
貴族の子息令嬢と成績優秀な平民の通う学院の門を潜って、生徒達が互いに挨拶を交わす。
そんな中、一人の男子生徒、コードナ侯爵の孫バル・コードナが見目麗しい女生徒達にアプローチをしているが、周囲の令嬢達は慣れたものだ。
バルがリリにアプローチして振られ、他の令嬢に交際を申し込んで振られ、再びリリにアプローチするのが、セットの様に繰り返される。
バルの本命はコーカデス侯爵の孫リリ・コーカデスであると周囲は認識しているが、リリがバルの気持ちを受け取る事は一度もなかった。リリの家族がバルの行動を許しているから周りは何も言わないが、関係者はみな苦笑いだ。そしてお陰でバルの祖父母のコードナ侯爵夫妻は、リリの祖父母のコーカデス侯爵夫妻に頭が上がらなくなっている。
それでもこんな状況が許されているのは、バルがリリを本当に慕っていてリリも満更ではないと、認める人達が周囲にいるからだ。リリが肯いたら婚約させても良いと、両家の間で口約束もされていた。
そのバルは、少し離れた所に立っている少女に気が付いた。
「あれ?見た事のない子がいるな」
「新入生っぽいわね」
パノもそちらを向いているが、リリは横目でチラリと見て直ぐに視線を戻した。
「知らない顔だから平民かな?」
「地味な感じだし、そうなんじゃない?」
「ちょっと行ってくる」
「さすがバル。見境ないわね」
バルの背中に投げられたパノの言葉にリリは溜め息を吐くと、パノに声を掛けて校舎に足を向ける。
「先に行きましょう」
「ふふ。バルってば、手を振り解かれているわよ」
パノの笑い声に振り向けば、バルは少女に謝っている様だ。次はまた自分にアプローチしてくるのかと思うと、もう一度リリは溜め息を吐いた。
「あれ?」
「何?」
「バルがあの子と一緒に行っちゃうわ」
「え?」
リリが再びバルの方に顔を向けると、確かにバルが少女と並んで遠ざかって行く。
「どこに行くの?」
「いや分からないけれど、でもあの子が肯いていたから、お詫びに教室にでも案内するんじゃない?」
「教室はこっちでしょう?」
「知らないわよ。いや知っているけれど、二人がどこに行くのかは知らないわ」
立ち止まって二人の背中を見送っていたリリは、パノに促されて校舎に向かって歩き始める。
いつものアプローチのお代わりが来ない事に、リリの心にスッと一筋の波紋が広がった。
学院は今日が新年度の初日なので、授業はなくてガイダンスだけで終了した。
帰り支度もそこそこに、バルが教室から出て行こうとしている。
リリは慌ててバルを呼び止めた。
「バル!」
「お?どうした、リリ?」
「急いでどこに行くの?」
「カフェ。じゃあ、また明日」
「待って待って!一緒に帰らないの?」
「帰りどうなるか分からないから、今日は先に帰って」
「え?なんで?」
「え?なんでってなんで?」
「カフェに何しに行くの?」
「今朝、女の子がいたろう?交際を申し込んだらOKを貰ったから、話をしに行くんだ」
「「「ええ~?!」」」
バルとリリの遣り取りを聞いていたクラスメイト達は、皆驚きの声を上げた。
リリは息が止まって声が出せない。
代わりにクラスメイト達が近寄って来て、口々にバルに訊ねる。
「バル!その子と付き合うの?」
「うん?その積もりだけれど、なに?」
「相手は誰なんだ?」
「ラーラ・ソウサさんって言う新入生」
「え?そんな名字って、平民?」
「ソウサ?ソウサ商会の?」
「え?ソウサ商会?いや、どうだろう?」
「聞いてないのか?」
「言われなかったから、違うんじゃないか?」
「でも、ソウサ商会の会長の孫娘が入学するって聞いたよ?」
「名前はラーラだった筈よ。パーティーで見掛けた事があるわ」
「そうなのか?本人に聞いてみるよ。じゃあな」
「待って待って!バルはその子と付き合うの?」
「え?だからそうだってば」
「じゃあリリは?」
クラスメイト達の視線がバルとリリの表情の間を行き来する。
「リリには今朝も振られたんだよ。その後、ソウサさんにOKして貰ったんだ」
「リリの事、好きじゃなかったの?」
「何言ってんのさ?好きじゃなければ、俺は言い寄ったりしない」
「その割にはリリ以外にも声掛けてたじゃない?私にも言ってたし」
「私も日に1回は言い寄られたわ」
「好きな子にしか声掛けないし、応えて貰えたらちゃんと付き合っていたよ」
「え?リリが好きなんじゃなかったの?」
「もちろんリリが一番好きだよ?」
その言葉を聞いたリリの頬が朱に染まる。
それに気付いたクラスメイトは、あれだけ毎日好き好き言われていたのに今更赤くなるのかと、不思議に思った。一番と言うのがポイントなのだろうかと。
「え?知らなかった?」
「知っていたわよ」
「あの様子ではリリ本人がどうかは分からないけれど、バルはリリが一番なのは他のみんなは知っているわ」
「でも付き合うのは他の子でも良かったの?」
「もちろん」
「誰でも良いって事?」
「声を掛けた子ならそうだけれど?」
バルがクラス中の女子の敵になった瞬間だった。
誰でも良いなんて、リリにも他の女性にも失礼過ぎる。
「その子、バルがコードナ侯爵家の人間だって知っていたの?」
「いや、どうだろう?家名も名乗ったけれど、特に何も言ってなかったけれど?」
「絶対、侯爵家とのコネが欲しくてOKしたのよ」
「コネの為に自分から声を掛けられに行ったとか?」
「ええ?俺、三男だし、爵位は父親ではなくて、まだ祖父が持っているんだよ?大したコネにならないんじゃない?ソロン殿下も在学中だから、コネを狙うならそっちでしょ?」
「バルを足掛かりにして、お兄様を狙うとか?」
「兄を?ああ、まあ注意するよ。忠告、ありがとな」
「バル」
ずっと声を出さなかったリリがバルに呼び掛けた。
「私と帰らないで、その子の所に行くの?」
「ああ」
「私が好きなんでしょう?」
「ああ。リリが一番好きだよ」
またリリが頬を染める。耳も赤い。
クラスメイト達は、赤くなってないで何か訴えろ、と思った。
「じゃあ、ソウサさんがもう来ているかも知れないから、俺は行くね。みんな、また明日」
バルが片手を上げて教室を出て行く。
リリは「あっ」と言って腕を伸ばしたけれど、言葉は続かなかった。
クラスメイト達もバルの言う事とやる事の違いに「えっ?」と呆気に取られて、動けなかった。