プロローグ&1始まりの日
本日初回は11話分を投稿致します。
初めての作品ですが、興味を持ってくださりありがとうございます!
よろしくお願いします。
プロローグ
《君、アデリナっていうの?僕たちと遊ぶ?》
様々な遠い記憶が薄れていく日々で、不思議な事にあの出会いだけは鮮明に思い出せる。
裏庭での出会いから十数年。
「ここに永遠の愛を誓いますか?」
「「はい、誓います!」」
新緑の香りと快晴の空、幸せそうに顔を見合わせた新郎新婦の声が重なる。
この庭での出会いは、たくさんの思惑や思いもよらない出来事をいくつも連れてきた。それでも、この瞬間を迎えられた今となってはーーー。
純白のドレスに身を包む花嫁は幼き日を思い返すように、そっと目を閉じた。
◇ ◇ ◇ ◇
1.始まりの日
エクターム王国宮内 精霊祭祝祭の日ーー。
職人によって手掛けられた緻密にカットされたガラスと共に、赤い宝石や金の装飾に彩られた華麗で巨大なシャンデリアがいくつも下がる王宮大広間。
その下にはきらびやかに着飾った大勢の人々。中でも一際豪奢な衣装と気品を纏うこの国の頂点たる王が、威厳あふれる声で高らかに告げる。
「敬愛する精霊様への感謝と真心を捧げる素晴らしきこの日、精霊祭の宴の始まりをここに宣言する!」
王の手にあるグラスが高く掲げられると同時に宮廷楽団の雅やかな演奏がゆったりと流れ始め、広間に集まった人々の肩の力は少しだけ抜け、その顔には次々に笑顔が浮かぶ。
そんなキラキラとした王都の中心から馬車で5日程の距離に位置する、貴族領としては豊かな資産と辺境ゆえの広大な土地を有する子爵家領地にある子爵邸の同時刻ーー。
太陽の光が差し思わず深呼吸したくなる心地良い草の香り漂う、手入れの行き届いた芝生に敷かれた厚手の布の上で、遊び着なのか装飾の少ないシンプルなワンピースを翻しながら手を叩き楽しそうに転がる幼子がいる。
プニプニの頬やおでこ、そして幼児特有の繊細な髪の毛へと爽やかな風が絡み過ぎていくと‥‥。
「うふふふ」「きゃはは」
ーーと無邪気に笑い出だす。彼女が笑ってしまうと、再びそれに応えるように風が吹きその肌を優しく撫でる‥‥という不思議な光景が幾度も繰り広げられていた。
しかし、彼女専属の侍女見習いの少女と本日の護衛担当は10メートル以上離れた場所から遠巻きに見守っていた為‥。
(何故だろう強弱はあるものの、ここら一帯だけ風がずっと吹き続けて止む気配がないわ。しかもお嬢様の居る辺りから発生しているように感じるのは気のせい?)
程度の認識しか出来ていない。何故こんな状態なのかというと遡ること30分前ーー。
この邸宅の当主ルラント子爵のひとり娘で、二ヶ月前に三歳の誕生日を迎えたばかりのアデリナの体力づくりと、気晴らし等々を兼ねた日課となる屋敷内の散歩がきっかけだった。
誕生日の翌日からひとり歩きが解禁された小さな令嬢に同日専属の世話係に任命された13歳の駆け出し侍女(見習い)は散歩に付き添う事となった。
範囲は屋敷内と裏庭だけなので言葉だけを聞くと、範囲も狭そうで護衛騎士が伴うのも一見大袈裟にも見えるし、要所要所を警備用魔道具で守られている安全な敷地内外のルート。
でも実際は裏庭と一言で表現していても、温室等の建物を含む一キロ弱程度の手入れされている『裏庭』の向こうに広大な森、その先には岩山がそびえ立っている。なので怪我や思わぬ事故、事件に合わないよう大切に見守られているのだ。
散歩は前日から当日の朝食までの親子の交流よって、多少なりとも感じ取れる娘アデリナの体調や好奇心の方向、前日とは違う成長の変化を加味し子爵夫人によって決められる。
その【本日のお散歩コース】と命名された場所を巡るのだが、子爵邸内の窓から夫人や他の作業をしている多くの使用人の視界に入りやすいよう考えられていた。護衛騎士も伴っているのに過保護に見えるが、十年近く前からこの国や周辺国の貴族の中で常識になっている光景だ。
使用人達の目に触れ、時に交流することで目の前の働き手の大まかな仕事内容や、邸内で働く者への労いの心が自然と身につくようにとの願いも薄っすら込められている。
そんな【本日のお散歩コース】今日の最終目的地である裏庭の一角に大きく枝葉を広げる巨木の下に到着すると、侍女見習いのメルは護衛の男性から幾つかの荷を受け取り、いつもと同じ様に敷き布を広げおやつ等の入ったバスケットと小さめのクッションを2つ並べながら何と無しにアデリナへと振り返ると、同じタイミングで一陣の強風が吹き抜けた。
思わず顔を顰め目を閉じてしまったメルだったが、慌てて目を開きアデリナの方へ視線を戻すと、かなりの突風だったが護衛の近くで何事もなく佇むアデリナの姿には大きな乱れも見当たらず、先程と変わらず晴れた空を見上げ明るい表情のままでいる。
ホッとしたメルは止めていた作業の手を先程より少し早め、一通りの準備を素早く済ませると小さな主に向かい合う形でしゃがみ話しかけた。
「アデリナお嬢様、お飲み物はリンゴジュースとオレンジジュースどちらになさいますか?」
「‥‥‥」
いつもは満面の笑みで即答するアデリナからの応答はない。
「‥‥アデリナお嬢様?」
「‥‥‥」
アデリナは身体の向きこそメルに向いているが、その顔は無言でメルの後方上の空を仰いでいる。
(鳥か虫でもいるのかしら?)
そう思いながらメルも同じ方向に顔だけを向けるが、気持ち良く晴れた春の空と新緑の枝葉が広がるだけだ。
小首を傾げながらアデリナに向き直ると、再び先程とよく似た強めの風がビュービューと二度三度と吹きつけ、そこに居る者たちの髪の毛や身に纏う物、細かい芝生の破片、丁寧にセッティングしたばかりの敷き布の端を捲りあげてバタバタと大きな音を立て煽っていく。
その瞬間、強風が過ぎるのをひたすら耐えていた侍女と護衛は気付くことはなかったが、何も無い一点を見つめるアデリナの目が大きく見開き、まるでプレゼントの箱を開け素敵な何かを見つけたかのように、この上なく嬉しそうな無邪気な顔で微笑み大きく頷いていた。