第五十六話 魔法金属の活用 その1
「これがミスリル合金ですか」
コボちゃんがこねこねした翌日、カエデとタティアナさんの動きは予想以上に早かった。
「ミスリル90%、銅8%、銀2%ですね! この少し銀を混ぜる発想が重要なんです!」
カエデ係のエミリさんによるリフトアップ! それだけ自信のある合金ということなんだろう。
「この合金はどういった特徴があるんですか?」
「それはね。この合金は発電するんですよ、マーリン君」
タティアナさんも興奮しているのか、いつもより笑みが深い。
発電か。俺にも前世地球レベルの発電する物質の知識はある。圧力だったり温度だったりを電気に変えるやつだ。
「何か刺激を与えると発電するんですか?」
「するどいですね! そう、なんとこれは、魔力を流すと発電する合金なんです!」
「おお!」
いやこれは、俺レベルでもすごい発見だということがわかる。つまりあれだ。スマホの充電がコンセント無しでもできるってことだ。例えがしょぼくて申し訳ない。
「ものすごい変換効率よ。昨日少し試しただけだけど、MP1ポイントの消費に対しておよそ3kWの発電量だったわ」
「おぉ」
それは……、すごいんですか? タティアナさんがドヤってるから多分すごいんだろう!
「どうやら、体積が総発電量に、断面積が出力に影響しているようです! 限界性能はまだ試験していませんが、かなり期待できます! くふふふ!」
「どんな性能になるか楽しみね。うふふふ」
「お、おぉ」
なんだか2人のテンションがちょっと怖いがヨシ!
「というわけで、もう少しミスリルが欲しいのよ。お願いできるかしら?」
「銀インゴットはこっちで用意しておきました!」
「大丈夫ですよ。コボちゃん、お願いね」
「ゥワン!」
こねこねこねこね!
さらに翌日。いまだに高いテンションを維持し続けているカエデとタティアナさんが、新たなミスリル合金を引っ提げてやってきた。
「また何か新しい発見がありましたか?」
「そうなんだよマーリン君! もうすっごいんですよ!」
「ふふ、こんなにも楽しいのは久しぶりよ」
話したくて仕方がないといった感じのカエデの説明によると、今度のミスリル合金は、オリハルコンを少量添加したものだそうだ。添加量としては0.5%。
このオリハルコンの効果で、総発電量がおよそ1.5倍になる。ただし瞬間的な出力は半分程度に落ちてしまう。
車に例えるなら、オリハルコン無しのものが燃費の悪いスポーツカーで、オリハルコン有のものが燃費の良い軽自動車といったところ。
「マーリン君に少し手伝ってほしいことがあるの」
「なんでしょう。できることなら手伝いますよ」
「限界性能はまだ試していないって話はしたわよね。私たちの魔力や持っている魔石だと、その限界性能を試すにはMPが足りないの。他の試験のこともあるし」
なるほど。呆れるほどMPのある俺向きの試験ってわけだな。
「いいですよ。魔力を流せばいいんですよね? どれからやりますか?」
「ありがとう。試したいのはとりあえずこの3つよ。出力はそのまま放電させると危険そうね。熱に変換しようかしら」
「それは危ないと思うワン! マスターにシールドを張ってもらったほうがいいワン!」
「そうね。マーリン君、魔法でいい感じにシールドを張ってもらえるかしら」
「わかりました。初めての試験ですからね。安全重視でいきましょう」
「ティア、こっちの準備はできました!」
「ありがとう、カエデ。それじゃあ、サンプルNo.1 ミスリル9銅0.8銀0.2、限界性能試験を開始するわ。マーリン君、お願いね」
「いきますよ」
タティアナさんの指示で魔力を流し始めた。最初は毎秒10MP程度の定格で、一定時間後にそこから10MPずつ流す魔力を増やしていく。
「ふおおお! 1kW・h! 2kW・h! まだまだ上昇していきます!」
「ミスリル合金が赤熱しているわね。温度はそれほどでもないけど、まだまだ改善の余地がありそうだわ」
「ミスリルから魔力が抜けて言っているワン!」
「毎秒100MPまで達しました。ここからはこのままでいいんですよね?」
「そうです! そのままでお願いします! ふおおお!」
それからしばらくして、ストンと魔力の通りが悪くなった。無理やりやろうと思えば魔力を通せそうだが、ここで試験は終了だろう。
「どうやらここまでのようです」
「そうみたいね。サンプルNo.1 ミスリル9銅0.8銀0.2、限界性能試験を終了するわ」
「ミスリルがただの銀になっちゃったワン!」
「コボ君、このままこねこねしたら元に戻せますか?」
「それは無理だワン。ただのミスリルインゴットになるワン!」
「なるほど。これがこのミスリル合金の寿命ということね」
試験の終わったサンプルに集まるカエデとタティアナさん、とコボちゃん――、ってコボちゃん!?
「コボちゃん、しゃべれたんですか!?」
「カエデちゃんに音声出力デバイスをもらったワン!」
コボちゃんのちっちゃなお手々が、しゅばばばばっと空中をパンチすると、胸のリボンからかわいらしい声が聞こえた。手入力のようだ。
「ああ、それですか。昨日手伝ってもらったお礼に作ったんですよ。ねー」
「ねー、ワン!」
「精霊は賢いからね。こうやって意思疎通できれば、研究もはかどるわ」
そ、そうですか。
たしかにコボルトは金属のエキスパートと言ってもいい。大きなものの鍛冶や力仕事はできないが、金属の見極めやアクセサリーの作製にはとても強い。
召喚者と召喚体の間では簡単な意思疎通ができるので、何らかのデバイスを使って意思疎通を図るなんて考えたこともなかった。コボちゃんができるということは、フローティングアイのアイちゃんもできるんだろうか。……今度試してみようかな。
「総発電量は3MW弱、最大出力は2.94MW・h。すばらしいわ」
「とんでもない性能ですよ! 出力不足でお蔵入りになったあれやこれも実現できる可能性が……、くふふふ!」
「カエデちゃんの笑顔が黒いワン! すぐにセレナさんに報告だワン!」
「あ、ちょ、コボ君待って! 冗談、冗談だから!」
コボちゃんにもしっかりセレナさんストッパーが周知されていたようで、駆け足で部屋を出ていった。ちなみに二足駆け足だ。
「さ、残りの2つのサンプルも限界性能試験をしましょうか」
「あっ、はい」




