第五十二話 SF訓練場バトルでボコる
いち早く言葉を発したのはホロウェイ先生だった。
「ダレルヤ君、今はお客様の案内中です。邪魔をせず訓練に戻りなさい」
「ふぅん……」
ホロウェイ先生の注意もどこ吹く風と聞き流しながら、ダレルヤ君と呼ばれた男がこちらへ視線を向けてくる。その視線は、見下していることがありありとわかるほど大量の侮蔑を含んだもので、つんと顎を上げた姿はまさに嫌味な貴族と言った様子だ。
「……ふっ」
極めつけに鼻で笑うのも忘れない。
「お客様になんという態度ですか」
「そんなことより、リリーナ嬢。これからランチでもいかがですか」
またもやホロウェイ先生の注意を聞き流し、リリーナ様へと話しかけるダレルヤ君。しかし話しかけられているリリーナ様は、一切ダレルヤ君には視線を向けず遠い目をしている。それでもめげずに話しかけるダレルヤ君は凄まじい精神力を持っているのかもな。
「ホロウェイ先生、彼はいったい何なんですか?」
俺への興味がなくなったようなので、少し離れてホロウェイ先生に聞いてみた。おお、ホロウェイ先生の表情がさらに歪んでしまった。
「申し訳ありません。彼はサイオンジ星系のダレルヤ伯爵家次男です」
「なるほど」
サイオンジ星系出身ということで、リリーナ様とも知り合いなんだろう。
「再三注意しているのですが、マーガリン様への失礼な態度、誠に申し訳ありません」
「いえ、あまり気にしてもいませんし大丈夫です。謝罪を受け入れます。ですが、彼は大丈夫なのですか?」
「大丈夫ではありませんね」
あ、やっぱり。
ダレルヤ君が知らなかったとはいえ、俺はサイオンジ公爵家の食客で、なおかつ魔法研究所の顧問だ。それを決めたのはアクリティオ様なので、俺を馬鹿にするということはアクリティオ様の判断を馬鹿にするということである。つまりはそういうことだ。
サイオンジ星系とはあまり関わりのない貴族家がやったのなら、多少はなあなあになるかもしれないが、サイオンジ星系の貴族がそれをやっちゃいかんでしょ。しかもリリーナ様が隣にいる場面で。
「そういった教育はされないんですか?」
「もちろんあります。ありますが……」
ああ。その結果がこれなのね。それはホロウェイ先生もやりきれないだろう。
詳しく聞くと、貴族としての心得を学ぶためのカリキュラムは、かなりの時間を割いて行われるという。
まずは『貴族心得・基礎』これを学ぶ。そして、『貴族心得・Ⅰ』、『貴族心得・Ⅱ』、『貴族心得・Ⅲ』。おいおい数学かよ、という分類だな。
さらには、『貴族心得・応用』、『実践貴族心得』を経て、最後に修飾語のなにも付いていない『貴族心得』を学んで修了となる。
いやどんだけあるんだよ。逆にこれだけ学んでも嫌味な貴族ムーブをしているダレルヤ君に驚愕だわ。
「『実践貴族心得』の中に日常での実践がありまして、今のダレルヤ君のような振る舞いをする役者を配置してその対処を学びます。それを見たダレルヤ君は、逆にその振る舞いが許されるのだと勘違いしてしまいまして」
「え? 基礎から応用まで学んだ後の実践で勘違いしてしまったんですか?」
「……はい。十数年に一度はそういった生徒が現れます」
ダレルヤ君は、十数年に一度の逸材だったのか。
「リリーナ君も最初は貴族心得通りに対処していたのですが、頻度が頻度でしたので学園からもう無視してもいいと許可を出してあります」
うわぁ……。それはホロウェイ先生もリリーナ様も表情がゆがむよね。
ところで、どういった理由でダレルヤ君はリリーナ様にアタックしているんだろうか。男性が女性に話しかける理由をシンプルに考えると好意だけど、結婚したいとか?
『冗談でもこんなのと結婚とか口にしないでちょうだい』
『あっ、はい』
個人チャットでリリーナ様に聞いてみたら、なんとも辛辣なお言葉が返ってきた。
『コレは私の結婚相手の候補リストにすら載っていないわ。候補リストを作るための名簿の一番上に名前があっただけよ。すぐに排除したわ。それをどこかから嗅ぎつけたコレは何をとち狂ったか私の婚約者だとか言い始めて本当に迷惑しているの。もううんざりよ!』
『ああ落ち着いてくださいリリーナ様。『カームマインド』。落ち着きましたか?』
『ふう……。ええ、大丈夫よ』
リリーナ様がここまで取り乱すとは、結構なうっぷんが溜まってたんだな。研究所にもどったら小妖精をいっぱい召喚して、もふもふパラダイスで癒してあげよう。うん。
『はあ。近接戦闘でうっかり叩きのめしたら余計にからんでくるようになるし。嫌になるわ』
『叩きのめしちゃったんですか』
『魔法研究所の癖で少しやりすぎたのよ……』
魔法を習得してから、リリーナ様たちの身体能力が向上していることがステータス魔法から判明している。その能力を活かさない手はないので、主に騎士組が魔法研究所でも組手のようなことをやっていたのだ。俺やリリーナ様もたまに参加している。
その時のノリで、ダレルヤ君をボコってしまったと。それで余計に絡んでくるとはマゾなのかな?
『もうめんどうだから、マーリンが叩きのめしてくれないかしら』
『はい?』
『できればもう二度と話しかけてこないよう、徹底的にお願いね』
「あなた、私に話しかけたいならこのマーリンに勝ってからにしていただけませんか。私、飛び回るハエが嫌いなの」
「……はぁ。はい、というわけですので、ハエさん。これからぼこぼこにしますね」
「高貴な私にハエだと!? 貴様殺してやる!?」
顔を真っ赤にして今にも憤死しそうなダレルヤ君。最初にハエって言ったのはリリーナ様なんだよなぁ。実に都合の良い耳と頭をしていらっしゃる。
「双方開始位置まで下がってください。有効打3本で終了です。追撃は無しです。ダレルヤ君、わかりましたね」
「早く始めろ!」
「マーガリン様」
「私はいつでも大丈夫ですよ」
SFチックな訓練場で向かい合う俺とダレルヤ君。手には光る棒、そうラ〇トセ〇バーだ。そして頭にはヘッドギアを装着。このヘッドギアのSF的機能によって、体へのダメージはほとんどない。これがSF的近接戦闘訓練スタイルだ。
そして、今回のルールだが、基本的には剣道のようなものだと思ってもらえればいい。光る棒が体に当るとダメージ量が蓄積し、致命傷となる値まで溜まると有効打となる。これを3本先取すると勝ちだ。
「それでは……、始め!」
「死ねぇええ、おぐぶへええぇぇ……!!」
俺の突きによって吹っ飛んでいくダレルヤ君。
「え……?」
「ホロウェイ先生、1本ですよね?」
「あ、え、あ、はい。1本……、だと思います。何故かヘッドギアのダメージ判定が作動しませんでしたが……」
「追撃はしていませんよ。突きを1発だけです」
「は、はい。そのようですね」
『いいわね。その調子よ!』
リリーナ様もご満足いただけたようで何よりです。
「ぐえええ! おえっ! うっ、ううっ!!」
「まだ2本残っていますが、降参しますか?」
「くっ、誰が降参するか!! ホロウェイ、さっさと始めろ!!」
「先生を付けなさい、ダレルヤ君。はぁ……。開始線へ、それでは、始め!」
「死、ぐべぇぇぇええ!!!」
「マーガリン様、1本です」
まったく同じ位置に、もう一度突きをいれてあげた。これで2本だ。
『次はそうね。コレの攻撃をすべて避けて、その度に鼻先へ突きの寸止めをしましょう。もちろん殺気込みよ。それをコレの心が折れるまで繰り返すの』
わお。リリーナ様が大変はしゃいでらっしゃる。まあ雇い主に言われたら仕様がないね。ご希望を叶えるとしましょう。
「も゛う、生意気言いま゛せん゛! 許じてください゛!」
30分ほど寸止めを繰り返したら、ダレルヤ君も理解してくれたようだ。よかったよかった。貴族心得を取り戻したんだね。
「ありがとうマーリン。これでもう付きまとわれたりしないでしょう」
「そうなればいいですね。もしまた付きまとうようなら……」
「し、しません!! 二度としません!! 失礼します!!」
ダレルヤ君が走り去っていった。さすがに二度目はないだろう。
「ホロウェイ先生、ありがとうございました。学園の訓練場はなかなか楽しめますね」
「そ、そうですか。それは良かったです」
「案内はここで最後でしたわね。後は帰るだけですので、私が一緒に戻りますわ」
「わかりました。あとはサイオンジ君にまかせます。マーガリン様、本日は色々とありがとうございました。また何か聞きたいことがありましたらいつでもお訪ねください」
「こちらこそありがとうございました。大変参考になりました」
「それでは先生」
「はい。お気をつけて」
んー、ちょっとアクシデントもあったが、満足できる学園見学だったな。教壇は浮遊しなかったが、最後にはSFチックな訓練場も見れたし、ラ〇トセ〇バーも振り回せたし。
「リリーナ様、今日はありがとうございました」
「参考になったかしら」
「そうですね。私の考えとしては魔法研究所にいた方がいいと思います。みんなもいますしね」
「そうね。私もそう思うわ」
「もしかして、最初からマナちゃんを学園に通わせる気はなかったんですか?」
「私はあなたたちが納得するならどちらでも良かったのよ。ただ、何も知らなかったら判断できないでしょう?」
「お気遣いありがとうございます。セレナさんとも相談して決めたいと思います。お礼と言っては何ですが――」
車の中はもふもふパラダイスだ。




