第五十一話 学校見学
リリーナ様が通っている学校は、正確には「王立教育院 ターブラ第一学園」という。短く縮めて「第一」なんて呼ばれたりもする。
第一があるということは第二以降もあるということで、全部で第五学園まである。この5つの学園はそれぞれ学ぶ内容が異なっており、所属する貴族家や治める惑星によってどの学園に通うかが決まる。
第一だから一番優れているってことではないのだが、そもそもの惑星の経済規模の差によって、第一学園が頭一つ抜けている、というのが共通した認識だ。
「大きいですね」
車で移動してきた俺の目に入ったのは、宇宙船が通れそうなほど幅の広い門。門の前に広がる前庭も相応に広く、聞けば許可があれば宇宙船でも乗り付けることができるらしい。
「何かの式典でもない限りは滅多に許可は下りないのだけどね。たまに勘違いした考えなしが小型シャトルで来て排除されているわ」
なんともスケールのデカい話だ。例えるなら……、幼稚園にクソ長いリムジンで通うみたいな感じか? 違う?
「さあ行くわよ。今日は特別優秀な学生向けの特別教育課程についても説明してもらうことになっているわ」
「マナちゃんが通うことになったら、その特別教育課程というのを受けることになるんですか?」
「その可能性もあるでしょうね。今更低レベルな授業から始めても無駄が多すぎるし――、ああ、迎えが来たわね」
車を降りた俺たちの元に、さわやかそうなお兄さんがやってきた。腰に手を当てて、「良い子の皆ー」なんて言って体操を始めそうなお兄さんだ。きっと白い歯がキラリと輝くんだ。
「サイオンジ君、待っていましたよ。お客様もようこそいらっしゃいました。本日の案内を担当するホロウェイと申します」
「よろしくお願いします。マーリン・マーガリンと申します」
今日の俺はマーリンの姿だ。さすがに子供であるマーティンの姿で見学に行くのはおかしいからな。学園には子供向けの見学などはない。
ちなみに、マーリンの見た目だってリリーナ様と同年代に見えるが、そういうのは貴族ではよくあることらしい。
学園訪問のために、わざわざマーリンの姿でカミヤワンから宇宙船に乗って出発し、ターブラまで来たアリバイまで作ってある。サイオンジ星系には、サーレでの俺のやらかしを調べに来ている調査官がまだいるが、魔法に関してグウェンの理解を得た今、あまり気にしなくてもいいだろう。
そして、その調査官も近いうちにターブラへと戻すことが決まっている。騒動の原因は俺であるとグウェンは知っているし、優秀な調査官を無駄に遊ばせておくのはもったいない。
「まずは応接室にご案内いたします。どうぞこちらへ」
案内されながら歩く学園内の様子は、なんというか、普通の木造建築だ。SF的な謎素材の建材は使われておらず、見える範囲は主に木材が使われている。木材風ではなく天然の木材だぞ。
この世界、少なくともクレイトス帝国では、天然の木材を使うのは贅沢な選択だ。サイオンジ家の邸宅やグウェンの部屋でも使われていた。
感心するべきところなのかもしれないが、地球育ちの俺からしたらごくごく普通で、MFOの世界においても言わずもがなだな。
通された応接室についても同様だ。
「改めまして自己紹介をいたします。ここ第一学園で材料工学を教えているハリソン・ホロウェイと申します。マーガリン様、本日はよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします、ホロウェイ先生。私は、あー……、リリーナ様の運営する研究所の顧問をしています。マーリン・マーガリンです」
魔法研究所などと言うわけにもいかず、なんとも怪しい自己紹介になってしまった。初対面でこんな自己紹介をされたら、俺なら相手をやばいやつ認定するな。
「お気になさらず、マーガリン様。貴族家で独自研究を行うことは良くありますし、サイオンジ君からも事情を聞いています」
「ありがとうございます」
どうやら怪しいやつ認定は避けられたようだ。
「早速ですが、ご息女の進路のひとつとして、我が学園を考えていると伺っています」
「はい。親のひいき目を抜きにしても相当な才を持っているようなので」
「私から見ても圧倒的な才能ですわ」
「サイオンジ君が褒めるほどですか。わかりました。それでは学園について説明させていただきます」
この学園で行われているのは、ほとんどの貴族が学ぶ基礎教育課程。その実態は地球における大学に近い。必要な授業を選択し、試験を受け、単位を取得する。必修と選択科目があることも同じで、この選択科目が学園によって異なる。
そして、取得した単位が規定数に達すれば、晴れて卒業だ。
「リリーナ様はすでに卒業要件を満たしているんですね」
「そうね。6年かからずに卒業する人も珍しくないわ。大抵は社交のために残るけれどね」
「サイオンジ君は3年と少しで基礎教育課程を終えています。これはあまり例のないことですよ」
元々6年のところを3年ちょっとか。さすがリリーナ様だ。
「続けて特定の学園生向けの特別教育課程について説明します」
特別教育課程とは、地球でいうところの大学院に相当する。もちろん違いもあって、大きなところは基礎教育課程から進学するのではなく、これはという生徒に対して基礎教育課程とは別の教育を施す点だ。
教育内容は主に研究員を目指すもので、そこは大学院での研究室に近いものがある。また、一部騎士団入りを目指すものもあるが、マナちゃんには関係ないな。
「サイオンジ星系で特別教育課程に進まれた方ですと、カエデ・ミナミデ様が有名ですね」
「カエデがですか?」
「ご交友がおありなのですね。ミナミデ様はそれはもう優秀な方で、1年とたたずに指導教員の上を行き、逆に学園側が指導を受ける側にまわるほどだったと聞いております」
ほう! あの魔法に対するテンションが天井知らずのカエデがそんなことをしていたのか。でもまあ、アクリティオ様も優秀だと言っていたし、ついこの間には魔力検知の実現にも成功していた。優秀なのは間違いないだろう。
「同時期に特別教育課程に在籍していたタティアナ・ガスパール様と合わせて、帝国の技術を200年は進めた天才として、とても有名です」
タティアナさんの名前もでてきたぞ。というかその2人が揃って魔法研究所に在籍しているのですが。
「ガスパール様は中央研究所に所属していましたが、陛下直々に異動の指示をなされたとか。一体何のための異動なのか噂が絶えません」
「そ、そうなんですね」
2人揃って魔法研究所にいます! というか待てよ。あらためて考えてみると、優秀なカエデとタティアナさんがいる魔法研究所って、帝国一の環境とも言えるのでは?
うーん……。仮にマナちゃんが学園に通うとなったら、当然魔法のことは秘密にしなければならない。そうするとあまり自由に活動できるとは思えない。むしろ特別教育課程だけを考えると魔法研究所の方が環境としてはいいだろう。
そしてもう一点。これは根本的なことなんだが、マナちゃんはまだ肉体的に幼すぎる。ホロウェイ先生の説明を聞く限り、将来的に学園に行くのはいいかもしれないが、今すぐは時期尚早な気がする。
「そうですか。そこまで幼いとなると、さすがにいくつかの必修科目で支障が出ますね」
「はい。私も娘に無理をさせたいわけではありませんので。説明いただいたのに、申し訳ありません」
「いえいえ、いいんですよ。今後の参考になったのであれば幸いです。しばらくご入学は見送られるようですが施設見学などはいたしますか?」
「いいんですか?」
「もちろんかまいません。もともとの予定にもありますし、お時間がよろしければぜひ」
やったぜ。実際どうやって授業しているか気になっていたんだ。マナちゃんが魔法研究所でお勉強しているときは、携帯型のタブレット端末でやっていたんだけど、ここでも同じだろうか。
やっぱり教壇が浮遊したり、空間投影された教材がくるくる回ったり、拡張現実だったり仮想現実だったりがもりもりだったりするんだろうか!
「あの、マーガリン様。何かご不満な点でもありましたか?」
「いえ。ただ、ちょっと想像とは違ったものですから」
はい。教壇は浮遊しません。黒板が超大型ディスプレイになって、机に据え付けの端末があるくらいでいたって普通です。
「ホロウェイ先生。彼は少しばかり夢見がちなところがありますの。ですので気にしなくて大丈夫ですわ」
「そ、そうですか」
でも一つだけ。一つだけ超SFチックなものがあった。それがこれだ!
「こちらが室内訓練場になります」
「おぉー」
室内訓練場。まあその名の通り、室内で体を動かす訓練をする場所で、主に近接戦闘術を習う場所だ。
壁は一面SFチックな白い壁で、天井は全体が淡く光っている。踏みしめる床は、木材のようなリノリウムのような不思議な感触でこちらも白い。
訓練場自体の大きさは400メートルトラックがすっぽり入るくらいの長方形で、その外周を観客席がぐるっと覆っている。ちょうど陸上競技場のようなものをイメージしてもらえればいいだろう。
「大きいですね」
「近衛騎士団の訓練にも使われるんですよ」
ホロウェイ先生が少し自慢げなところを見ると、ターブラの中でもすごい施設なんだろう。
今もいくつかのグループが訓練の真っ最中で、ヘッドギアのようなものをつけて、光る棒のようなものを打ち合っている。光る棒、つまりラ〇トセー〇ーだ!
俺が密かにテンションを上げていると、訓練中のグループから一人の男性がこちらへやってきた。年のころはリリーナ様と同じくらいに見える。
「こんにちは、リリーナ嬢。もしかして、僕のことを見に来てくれたのかな?」
途端にリリーナ様とホロウェイ先生の顔が、まるで臭いものでも見たかのようにゆがんだ。




