第四十二話 グウェンとのお茶会 準備
「はあ、順番に確認させてちょうだい」
眉間を揉み解しながら、リリーナ様が絞り出した様な声を発した。内心の葛藤や戸惑いがひしひしと感じられる。悪いとは思っているので、お詫びにウサギ型小妖精のロップを膝に向かわせよう。ゴー、ロップ、ゴー!
「まず妹の件はいいわ。おめでとうお母様」
「ありがとう。リリーが喜んでくれて、私も嬉しいわ」
「その次の皇帝陛下とのお茶会はどうしてそんなことになったの?」
「それは私にもわからないわね。つい先日皇居で一目お会いしたんだけど、そうしたら急に決まったのよね。どうしてかしら?」
グウェンがお茶会を開く理由か。本人に聞いてみるとか? ダメだよな。そんなことをしたら、俺がサイオンジ家の関係者だとばらすようなものだし。
「そう。それで最後のマーリンだけど……。皇帝陛下に魔法を指導しているって、一体どうしてそうなったのよ」
「色々ありまして。アクリティオ様には報告していたんですが、無暗に広げる話題でもないということで、皆さんには秘密にしていました」
「そう、お父様は知っていたのね。その色々の部分を細かく聞きましょうか」
この説明はもう3度目だ。俺の説明も慣れたもので、グウェンへの従属魔法、その対策、指導はしていても不倫ではないこと、これらをしっかりと順序立ててリリーナ様に説明した。
「マーリンはもっと警戒心を持つべきね」
「……そんなに警戒心が足りてませんか?」
「ええ、これっぽっちも足りていないわ」
そんなにか。そんなに警戒心が足りていないか。俺的にはかなりの警戒心を持って事に当たっていると思っているんだけどな。
バフ魔法は事前にかけてあるし、シールド魔法をマジックディレイで常に待機状態にしてある。いつ奇襲が来ても大丈夫だ。こんなに警戒している人はなかなかいないぞ。
「まず女性の部屋に1人で入る、これが論外よ。次に女性を抱きかかえる、これも論外。最後に寝室へ入る、これは論外中の論外よ」
スリーストライクでアウトだ。
なるほど、つまり不倫にならないように気を付けろってことか。マナちゃんもいることだし、今後グウェンと会う時は、2人以上で、抱きかかえない、寝室に行かない、ということを徹底すればいいんだな。……どうやって?
「わかりました。今後の参考にします」
「微妙に頼りないわね。というか、皇帝陛下が急にお茶会を開いたのはマーリンが原因なんじゃないの?」
「いえ、姿を変えて会っているので、マーリンと繋がることはないと思います」
「そうよね。いくらマーリンでも自分から正体を明かすはずもないし」
変装の魔法は機械ではやぶれないし、グウェンと会っている人物がマーリンと繋がることはないだろう。
「リリーナ、終わったことは置いておいて、陛下とのお茶会の衣装を決めましょう。今日はこれがメインなのよ」
お茶会の開催は今から2週間後だ。はっきりいって国のトップが動くにしては、準備期間が短すぎる。公爵家の場合でも短いくらいだ。服の用意にも時間がかかるため、早めに準備を始めなければならない。
「まずは生地から選びましょうか。たくさん持ってきたから候補はいっぱいあるわよ」
はっ、これはファッションショーが開催される流れではないか。魔法の装備を選んでもらう時や、俺の装備確認の時でも相当な時間がかかった。俺の警戒心が撤退しろと叫んでいるぞ。
「そうだわ。男性のマーリンさんにも意見をもらいましょう。ティオがいればお願いしたんだけど、こっちに来るのはぎりぎりになるのよね」
◇ ◇ ◇
1週間がたった。
「こっちの石の方が良くないかしら。リリーの髪色にも合っているし」
「それだと少し主張しすぎていない? お母様とお父様もいるのに私が前に出過ぎている気がすのよね」
「あら、そんなことないわ。むしろ若さが感じられていいんじゃないかしら。マーリンさんはどう思います?」
そうだね。まだ服飾選びが終わっていないんだね。
作製されたドレスは1人につき5着+α。+αというのは今回のお茶会では使用しないドレスという意味だ。
宝飾品はさすがに新たに作る時間が足りず、既存品の手直しにとどまっている。それでも石を取り替えたり、サブの石の組み合わせを変えたりと手間がかかっている。
用意されるドレスと宝飾品が多くなるのに応じて、俺に意見が求められる機会も多くなっていった。似合っています、綺麗です、可愛いです、好きです、これらでやり過ごせたのは初日だけだ。
「そうですね。色はいいとしてもう少し小さい石にしてはどうでしょう。若さと謙虚さのバランスをとった形です」
「私はもうちょっと冒険してもいいと思うのよね」
「お母様はいいけれど、私は陛下との初めてのお茶会なのよ? 無難なマーリンの案でいきましょう」
ようやく決まりそうだ。アクリティオ様は毎回この会に付き合っているのか? だとしたら尊敬する。そして意見を求められたとき、どう返答したらいいのかコツを教えてもらいたい。
「パパ! あたしもきれい?」
「うわ。どこかのお姫様かと思ったよ。いつもよりきれいだね」
「そお? えへへへ」
唯一の安らぎは、一緒にドレスを作ることになったマナちゃんだ。可愛い、綺麗、思った気持ちを素直に言うだけで、こんなに喜んでくれるなんて。
マナちゃんは特にフリルのたくさん付いたドレスが好きなようで、スカートから袖口から襟周り、そして帽子に至るまでフリフリだ。リリーナ様は子供のころからすっきりとしたドレスを好んでいたらしく、フリフリのマナちゃんはお針子さん達からの評価も高い。
しかしマナちゃんをフリフリにした流れで、俺までフリフリにするのはやめてもらいたい。めちゃくちゃフリルの付いたシャツに白のタイツを渡された時は寒気がしたぞ。
「そうね~。うん、"1着目"はこれで決まりにしましょうか」
待って。今何か不穏な言葉が聞こえた気がしたぞ。気のせいであってくれ!
「それじゃあ"2着目"を決めましょうか」
ダメか!
「なるほど。それでマーリン殿はそんなに疲れた様子なのか」
2着目のドレスと宝飾品が決まり、お茶会まで3日となった頃にようやくアクリティオ様がターブラへ到着した。
「はい。女性たちのあのバイタリティは魔法がかかっているとしか思えません」
「はは、魔法使いの君が言うと本当のことのように聞こえるな」
「アクリティオ様もあれに付き合ったことがあるんですか?」
「もちろんだとも。ふむ、先達としてひとつアドバイスを送ろう――、慣れるしかない」
「そうですか……」
むしろ慣れるまで付き合わされることが決まったともとれるな。
ちなみに、アクリティオ様の衣装選びは、それこそ到着したその日だけで終わった。なんという早業。
ついでに、何かあったときに便利だということで俺の分の衣装も2セットほど決められた。時間効率で考えると、何十分の一かの時間で俺たちの衣装が決まったことになる。なんという早業。
「それで、お茶会についてマーリン殿に新しい情報はあるかな?」
「いいえ。指導の際のグウェンの様子はいつも通りですし、こちらから何かを尋ねるとサイオンジ家との繋がりを気取られそうで何も情報はないですね。アイちゃんにも探らせていますが、特に変わった様子はないようです」
「ふむ。こちらでも特に情報はなかった。騎士団が動いている様子はないし、物騒な事にはならないだろう」
まったくグウェンはどういうつもりなんだろうか。どうでもいい内容だったら文句の1つでも言ってやりたいぐらいだ。まあ文句を言う機会はないと思うけれど。
「何もないとは思うが、当日は家にいてもらえるかな?」
「もちろんかまいません。元々そんなに外出もしませんし」
リリーナ様がいない間、邸宅を取り仕切るのはセレナさんの役割だ。その間、俺たち3人のお世話ができないことは特に問題にはならいないだろう。マナちゃんも1人でしっかりやるんだと、むしろ気合が入っている。
そしてお茶会当日がやってきた。




