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第三十六話 グウェン

「やはり素晴らしい椅子だ。今からでも私の椅子にならんか?」


「なりませんって。それより先ほどの行動の意味を説明してください」


「言ったであろう。信頼できるかどうか確かめる、とな」


「攻撃とどうつながるんです?」


「察しが悪いのう。いや、人間の感情の機微に疎いのか? まあよい」


 あのー、使徒の皮をかぶっているけど、一応俺って人間なんだけど。グウェンの俺に対する評価はかなり辛口だな。


「使徒がどうかは知らんが、人間が最後に頼れるのは力だ。だからそれを試したというわけだ」


「最後は首に刃を突き付けられてしまいましたが、いいんですか?」


「ふん。何も力とは腕力だけではない。結果的に、私はお主を信頼するに値する男だと判断した。それだけだ」


 おおう、羽をめちゃくちゃにモフモフしないで。


「それで、お主を信頼したのだから、魔法を覚えられるのであろう?」


「そうですね。覚えられる魔法は5種類あります。どれにしますか?」


 1つずつ魔法の特徴を説明していって、最終的にグウェンが選んだのは強化魔法だった。


「しばらくは他の魔法を習得できないですが、強化魔法でいいんですね?」


「これでよい。いつかお主にリベンジせねばならんからな」


 意外と負けず嫌いなのか、振り向いたグウェンがにやりと笑っている。あの動きが魔法で強化されたら、普通の人では対処できないだろう。ただ、こちらにも強化魔法があるので、両者ともに魔法を使えば俺とグウェンの差はむしろ広がるかもな。


「それでは、強化魔法が習得したい、と私に向けて祈ってください。私との繋がりが感じられれば成功です」


「繋がりとな。まあやってみるか」


 きた。魔法研究所で実践したときと同じように、グウェンとの繋がりが感じられる。無事に成功したようだ。これでグウェンも魔法使いだな。


「成功しましたね。これで魔力が感じられるようになって、以前のようにずっと操られるということはありません」


「ふぅむ、これが魔力か。なんとまあお主の魔力の大きさよ。これでは敵うはずもないの」


 新しく感じられるようになった魔力が珍しいのか、あちこちを見回して、羽をまじまじと見て、最後に俺の魔力量に驚いている。


「それで、覚えたからには、ちゃんと指導もしてくれるのであろうな?」


 あー、それについては考えてなかった。そもそもイレギュラーな対面から始まったことなので、考えというものは最初からなかったのだが。


「その顔は、何も考えていなかった、という顔だな。よく会議で見る顔だ」


 理解が早い。


 一般人に魔法の力を搭載しただけの俺よりも、グウェンの方が何倍も上手であろうから、こうなることも致し方なし。


「まさか、魔法を覚えさせてさようなら、などと考えていたわけではなかろうな? ううん?」


 さすがにそこまでは考えてないよ。グウェンに魔法防御力を持たせた後は、あやしいところをアイちゃんと俺で調査して原因を排除しようと思っていたのだ。


「少し軽率だったのは認めます。けれど、グウェンに指導すると言っても、大手を振ってやるわけにはいかないでしょう?」


「どうせ昼間は時間が取れぬのだ、またこうやって夜中に忍び込んで来ればよかろう」


「それもそうですね。乗り掛かった舟ですし、指導をすることについては了承しました。ただ、私もいつも時間が取れるというわけではないので、毎日は無理ですよ」


「まあそうであろうな。次回の予定は都度決めればよかろう」


 かなり緩い感じの指導になりそうだ。指導と言っても、効率的な魔法の運用法を教えて、それを反復してもらうだけなので、元々緩いか。魔法研究所での経験があるので、少しはグウェンに活かせるだろう。


「最初に約束ですが、誰かの目があるところでみだりに魔法を使わないでくださいね」


「当然だな。当面は指導の際にのみ使うとするか」


「それがいいでしょう。もう日が変わりそうですけど、今日はどうしますか?」


「一度魔法を使ってみるかの。魔力を集めて、こうか? 『補助』 ほう、確かに効果があるようだ」


 一発で魔法を発動させたグウェンが、右手をにぎにぎして何かを確かめている。


「ふぅむ。一動作は術者の認識に左右されるのか。効果時間にも制限があるな。きっかり10秒、時間単位が我々が使うものなのは偶然か? いや、これも術者の認識が影響している可能性があるの」


 めっちゃ考察するやん。一度と言っておきながら、ばんばん『補助』を使いながら考察を進めていくグウェン。だけど、そんなに魔法を使うと。


「おお。これはどうしたことだ。疲労物質やホルモンは正常範囲であるのに、一気に倦怠感が現れたぞ」


「初めてなのに、魔法を使い過ぎましたね。MP切れです」


「MP切れとな」


「魔法を使うためのエネルギーが少なくなっている状態です。安静にしていれば落ち着きますよ」


「体の防衛反応というわけか。認識すらできていなかったMPの減少に対して防衛反応があるとは奇妙に感じるのう」


 ぐったりとして膝からずり落ちそうになるグウェンを抱えなおした。MPが一定量に回復するまで数時間はこのままだろう。


「今日はもう終わりにしましょう。休む準備は自分でできますか?」


「ギデオンが着替えを手伝ってくれてもよいのだぞ? 冗談だ。特製の服でな、着替えも一瞬だ」


 グウェンの言った通り、豪奢なドレスが一瞬でシルクのネグリジェに変化した。ご丁寧に上着も羽織っている。一体どういう構造なんだろうか、まるで魔法みたいだ。


 ただ一点問題があって、俺の装備セットによる装備変更と違って、一瞬とは言っても微妙に時間がかかっている。つまり俺は真横を向いている。


「ははは。一瞬と言っても、ギデオンにすれば長い時間であったようだな」


「もっと慎みをもってください。ベッドへ移動できますか?」


「無理だ。ギデオンが運んでくれねば、このままソファで眠ることになる。ほれ、お姫様を運ばんか」


「姫ではなく皇帝でしょうに」


「良いではないか。皇帝が甘えられる存在など、帝国内にはおらん。むしろ光栄に思うべきぞ」


 お姫様抱っこされたグウェンがぽつりとこぼした。皇帝ならではの悩みってやつだな。マーガリン魔法大国で権力者の真似事をしていたので、多少なら理解できる。


「両親には甘えられないんですか?」


「ああそうか、知らんのか。皇帝には両親はおらん。もちろん生物学的には両親に近しい存在はおるが、私たちは文字通り"作られた"存在であるからな」


「どういう意味なんです?」


 隣の寝室のベッドへとグウェンを下ろした。


「そのままの意味よ。私たちは最高の存在であるように帝国によって作られた。遺伝子、環境、教育。そして最後まで残った者が皇帝になる。私のようにな」


「そうだったんですか」


 かなりヘビーな生い立ちに、とっさに言葉がでない。権力者の真似事をしていたから理解できるなんて甘かったな。グウェンにかける言葉が俺の中にはない。


「ああ別に非人道的なことが行われたりはしておらんぞ。皇帝になれなかった者たちも普通に生きておる。能力が高く、あちこちで重宝されておるようだ」


「グウェンは皇帝になりたかったんですか?」


「それは難しい問いだ。手を抜かないと決めたのは自分で、その結果が皇帝になることだとも理解していた。ただ、皇帝という存在を正確に理解していたかというと微妙ではあるな。それでも後悔はしておらんよ」


「そうですか。グウェンは頑張り屋さんなんですね」


「そうだ。私は頑張り屋さんなのだ。褒めても良いぞ?」


「褒めるくらいならいくらでもしましょう」


 ベッドに広がる髪を整えて頭を撫でると、グウェンは静かに目を閉じてそれを受け入れた。


「父がおればこういう感じなのか……」


「お父さんと呼んでくれてもいいですよ?」


「ふっ、私の父になるなら、もう少し警戒心と狡猾さが必要だな。ほいほいと寝室へ入り込むなど不用心ぞ」


 まったく手厳しい。不用心さで言えば、横になって目を閉じているグウェンの方がよっぽど不用心だよな。


「撫で方がなおざりになってきておるぞ。心を込めて撫でんか」


「はいはい。いい子いい子」


「うむ。ついでに羽も出してくれ」


「これでいいですか?」


「うむ、うむ。暖かくて気持ち良いのう……」


 これが本当の羽布団ってか。俺も今度やってみようかな。


 ベッドサイドから羽を伸ばしている都合上、グウェンを覆っているのは片側の2枚の羽だけだが、それでも十分な大きさがある。


「眠るまでこうしていてくれんか?」


「今日だけですよ」


「……感謝する」


 それからしばらくして、グウェンの寝息が聞こえてきた。


「眠ったようですね。アイちゃん、羽は残していくので、朝までグウェンの様子を見ていてくれますか? 何かあれば連絡してください。お願いしますね」


 背中から切り離した羽はグウェンの羽布団に残しておく。朝がきたら魔力に戻せば跡形もなく消えてくれる。これはアイちゃんにまかせておけば問題はないな。


 予想外の皇帝グウェンとの出会いで俺も疲れた。公爵邸に戻って休むとしよう。テレポート!


――――――

――――

――


「……、はぁ、やはり警戒心が足らない男であるな。アイちゃんとやらも苦労しておるのではないか? 私は眠っておったし会話も聞いておらん。そういうことで良いから姿を見せてはくれぬか」


「おお、そこにおったのか。ギデオンよりもよっぽど隠形に優れておるな。ふむ、愛嬌のある姿をしておる」


「アイちゃんからもギデオンに忠告したらどうだ。もう少し警戒心を持てとな」


「その動きは……、それもギデオンの魅力の一つと言っておるのか? まあわからんでもないが」


「動きから意思を読み取るのは少し面倒だな。アイちゃん、なんとかならんか?」


「ほう、念話。通信のようなものかの。うむ。これで会話できるな。どうだ、女子会とやらをやってみぬか? ギデオンは男であるから、女子会には参加不可だ」


「うむ、うむ。なかなか話せるではないか。よし、朝まで語ろうぞ」


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