第三十三話 首都惑星ターブラへ
魔法研究所がターブラへ移動することが決まって、少ないながらも準備などをしていると、出発の日はすぐにやってきた。
その反面、魔法の訓練はあまり進まず、見習いレベルーー熟練度15を超えた人はいなかった。もし超えていたとしても、あまり時間が取れなかっただろう。
「マーリン君! これも入れておいてください!」
今、カエデと何をしているかというと、ターブラへ持っていく測定器やら検出器やらを俺のインベントリに収納している。
ターブラには本格的な設備がないため、それを補うのに魔法研究所にあるそれらを根こそぎ持っていく勢いだ。軽い気持ちで提案したのを後悔しそう。
意外にもこれに賛成したのはフィーネだった。面白そうですわ、と言って測定器をいじくりまわし、あちこちに検出器を向けて楽しそうにしている。
カエデとの相性も良く、2人で素粒子がどうとか魔力の素がどうとか議論をしている。段々議論のレベルが上がっていくのを横で聞いている感じだと、俺よりもよっぽどこの世界の法則について詳しいと思う。
「つまり、魔力は重力と同じく、次元を超えた力ってこと?」
「そうですわ。テレポートは光より速く2点間に干渉しますし、何より私が召喚されていることが証拠になりますわ」
「仮説としてはすっごく面白い! だけど魔力を観測できないのが大問題だー! 検証も何もできないよ!」
「工学のことはカエデが頑張ってくださいまし。私は助言くらいしかできませんわ」
これだよ。明らかに俺より馴染んでいる。もっと専門的なことも話していたが、専門的過ぎて全く頭に残らなかった。
「カエデ、全部入れ終わりましたよ」
「ありがとう、マーリン君!」
「カエデ様、マーリン君ではなく、マー君です。それとマー君も、カエデお姉ちゃんと呼ばなくてはダメですよ?」
やんわりとエミリさんからお直しが入った。エミリさんの言動には、優しいのになんとなく抗えない雰囲気がある。子供のお世話とか得意そう……、って子供じゃねぇよ!
「わかりました、エミリお姉ちゃん」
「良い子ですね」
というわけで、カエデの準備、もとい設備の収納もなんとか終わった。俺の方の準備はとっくの前に終わっている。
「終わったみたいね。もうすぐ出発だから、いつでも動けるようにしておくのよ」
「はい。リリーナお姉ちゃん」
「弟ってこんなに良いものなのね。……お父様にお願いしようかしら」
「お嬢様、マー君は特別ですよ。普通の弟はもっとやんちゃなものです」
「そういえばエミリは弟がいたわね。そんなにやんちゃなの?」
「それはもう」
そうか。エミリさんには弟がいるのか。リリーナ様に答えるエミリさんの表情には万感の思いが浮かんでいる。カエデや俺への対応がこなれているのはそれが理由だったんだな。
皆の準備が整ったので、ターブラに向けてカミヤワンを出発する。初めてサイオンジ星系に来た時と同じ陣形で、俺たちの乗る座布団型の宇宙船――通称クッション――と護衛艦3機での移動だ。ブリッジにもお邪魔させてもらった。
発進シークエンス開始! 重力制御起動!
うーん、何度見てもいいものだな。宇宙船の発進はロマンが満載だ。
一緒にはしゃぐかと思っていたカエデは、知り尽くした技術だからか船室で普通にすごしている。フィーネもそちらにいるので、ブリッジにいるのは俺とセレナさんだけ。操縦をしている航空騎士団の人からは、子供に付きそうお姉さんに見えたことだろう。でも気にしない。だってロマンだから。
その後は巨大なハイパーレーンに突入し、クレイトス星系ターブラに到着。ふう、堪能させてもらいました。
「今日はこのまま休んで、明日から活動を始めるわよ」
「わかりました。リリーナお姉ちゃんはいつから基礎教育課程が再開するんですか?」
「5日後ね。それまでにアリスを呼べるようになりたいわ」
5日か。訓練に使える時間はもっと少ないので、小妖精の召喚を覚えられる熟練度15にまで上げられるか微妙なところだ。仮に熟練度が15になったとしても、アリスが現れるかの召喚ガチャが始まるので、道のりは遠い。諦めずに頑張ってほしい。
「マー君、以前とはお部屋が違うので案内しますね」
「はい。セレナお姉ちゃん」
今回俺があてがわれた部屋は、公爵家のプライベートスペースの一角にある。この世界に来てすぐの時はあくまでお客様だったので、プライベートスペースには入っていない。
「ところで、どうしてフィーネお姉ちゃんもついてきているんです?」
「あら。姉弟なのだから、当然同じ部屋ですわ」
「え?」
なんだって? それはありなんですかセレナさん?
「むしろ離す方が不自然ですから」
「そうですわ。弟はお姉ちゃんと一緒の部屋にいるものですわ」
その姉弟像は多分に偏見まみれだと思う。情報元はセレナさんか?
「こちらです」
案内された部屋は、2人がすごすには十分すぎるほどの広さがあり、居間とそれに続く大きめの寝室、トイレとバスルームも専用のものがついている。
ただ、寝室には何故かベッドが1つしか置かれておらず、明らかにもう1つベッドがあったであろうスペースがぽっかりと空いている。
「まあ。ベッドが1つしかありませんわ。どうしてかしら。これではお姉ちゃんと一緒に眠るしかありませんわね」
いけしゃあしゃあと下手人が何かを言っている。セレナさんも苦笑いだ。
「もう1つベッドを持ってきましょう。私のインベントリを使えばすぐです」
「ダメですわ。この部屋にはもうベッドは入りませんの」
サイドテーブルや置物がひとりでに動き、元はベッドがあったスペースへと積み重なっていく。精密な魔力制御できっちり積み重ねられていてすごいのだが、やっていることは駄々をこねているだけというのがなんとも。
「いいではないですか。一緒に寝てあげてください」
「そうですわ。マスターはもっと私と寝るべきですわ」
その言い方はちょっと語弊がある。なんだか俺がめちゃくちゃひどい奴みたいだ。
「わかりました。一緒に眠ればいいんですね。でも小さい姿の時だけですよ? いいですね?」
「やりましたわ! カエデが言っていた通りですわ!」
カエデェ! フィーネがカエデと仲良くしているのは良いが、こんな弊害があろうとは……。今度こっそりいたずらしてやる。
「それではお風呂に入りましょう。フィーネも準備してくださいね」
「お姉ちゃんですから、私がマー君を洗ってあげますわ」
「いやいや、1人でできますから」
「フィーネ、あまりわがままを言ってはダメですよ。こういうのは徐々に慣らしていけば良いのです。その内に一緒にお風呂に入ってくれますよ」
「わかりましたわ。お姉ちゃんへの道は厳しいのですわ」
いやいや、入らないからね?
「ダメですの?」
上目遣いで可愛く言ってもダメ。
「リリーナのアドバイスはダメでしたわ」
リリーナ様の差し金だったか。
このままここにいると身の危険を感じるので、俺は逃げさせてもらう。
「フィーネお姉ちゃんがお風呂から出るまで、私は席を外しておきますね。では、テレポート!」
引き止められる前にテレポートで移動した。移動先はカミヤワンの公爵邸だ。マー君ことマーティンはターブラへ移動したことになっているので、姿をマーリンのものに戻してある。
「アクリティオ様、お話があるとのことですが」
「おお。本当に来たのだな。こんなに早いとは。クルちゃんもよくやってくれたな」
何もフィーネから逃げるためだけにカミヤワンに来たわけではない。アクリティオ様の首元で伸びているカーバンクルのクルちゃん経由で、アクリティオ様から呼び出しがあったのだ。
クルちゃんをカミヤワンに残していったのは、アクリティオ様からの熱い要望があったからだ。神言を工夫しても2日程度しか召喚していられないので、定期的にカミヤワンに来て再召喚しなければならない。
行き来はテレポートを使えば一瞬で済むし、再召喚もこれまた一瞬だ。それよりも、クルちゃんの回復能力や防御能力、今回のような通信能力を活用できるメリットが勝る。
「ターブラの情報を整理し直していてな、魔法の存在を考慮すると、気になる点がいくつかでてきたのだ」
「それはサイオンジ家に仕掛けられていたような、魔法を使った攻撃ということですか?」
「それももちろんありえるが、人や情報の不自然な動きが気になる。明らかに特定の勢力に有利に動いている」
「その勢力とは?」
「クレイトス帝国の象徴にして柱――、皇帝だよ」




