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第三十二話 フィーネお姉ちゃんとマー君

「急に呼び出してしまってすまないな」


 そう言って椅子に深く腰掛けているアクリティオ様の首元には、カーバンクルのクルちゃんが巻き付いている。見たところ、十分に癒されているようだな。


「お父様、何の用なの?」


「ああ。今日の昼頃、マーリン殿のお告げがあっただろう。あれを受けて、中央がこちらに調査官を寄越すそうだ」


「調査官が? それはおかしくないけど、随分と早いのね」


「調査官ですか? 詳しく説明してもらっても?」


「うむ」


 単に調査官と言ったとき、大抵の場合は帝国騎士団広域捜査局に所属する調査員のことを指す。


 クレイトス帝国は帝政を敷いているが、皇帝1人で国内すべてに目をやることは到底できない。そこで、各星系ごとにかなりの範囲の自治を認めている。というか、実質的には連邦制とほとんど同じだ。


 そんな中で、帝国全体に渡って星系を越えて捜査を行う機関が帝国騎士団広域捜査局である。米国におけるFBIをイメージしてもらえればいいだろう。


 今回彼らがやって来るのは、サイオンジ星系に対するサーレの攻撃の影響を調査するためだ。


 サーレに対するワールドチャットでの布告をする際に、俺が割と詳し目にサイオンジ家に対する攻撃を語ったので、「サイオンジ家の警備、大丈夫? いっちょウチらが調査したるわ」という名目だな。


 裏にあるのは、そもそも布告を行った存在は何なのか、神とは何なのか、そういったことの調査だ。


「何の電子的痕跡も残さず、帝国中の全ての国民に同時に話を聞かせるなど、中央は腰を抜かしただろうな」


「故意にではないんですよ」


「わかっているとも。事情を知っている我々からすれば笑い話だが、彼らにとってはそうではないということだ」


「そうは言ってもマーリンのことを説明するわけにはいかないわよ? どうするつもりなの?」


「面倒事はサーレに投げてしまおうと思ってな。幸いにも、白紙委任状をもらっている。これがあれば、調査官がサーレで活動することもできるだろう」


「ということは、私たちは使徒について何も知らないってことになるのね」


「そうだ。使徒についてはサーレから語ってもらおう」


 サーレでは大司教だけでなく、色々な人の前に出ていたから、情報を集めるという意味では困らないだろう。ただその情報は、新生エル・サーレ教のフィルターを通しているのでかなり歪んでいるだろうけど。


 いかに神が偉大かだとか、使徒がすごい存在なのかとかを語られるんだろうな。三席の興奮具合を思い出すと、調査員が少し気の毒になる。


「それなら私たちを呼んだ理由は何?」


「うむ。調査が主にサーレで実施されるように動きはするが、ここも調べられるだろう。その際に魔法研究所があると、少し都合が悪い」


 まあ予想はできる。不思議な現象を調べに来たらカミヤワンで不思議な現象が研究されてました、となれば、2つを結びつけない方が不自然だろう。


「しばらくは活動休止ですか?」


「それもいいが、調査は数か月はかかるだろう。それならばリリーナと一緒にターブラに戻って、そちらで研究を続けてはどうかと思ってな」


 リリーナ様がカミヤワンにいるのは、基礎教育課程の期末休暇だからだ。あと1週間ほどで首都惑星ターブラに戻る必要がある。それに合わせて、魔法研究所もターブラに移動してはどうかというのがアクリティオ様の提案だな。


 魔法研究所は、研究所と名が付いているが、やっていることはかなり属人的な活動だ。大規模な装置や器具なんてものはカエデ以外特に必要としておらず、身ひとつあれば活動できる。


「私はそれでいいけど、マーリンはどう?」


「かまいませんよ。今のところ必要な設備もありませんし、場所が変わっても問題ありません」


「そうか。ひとつだけ問題になりそうなことがある。マーリン殿がオークション会場に突然現れたことはそれなりの人数に目撃されている。できれば余計な横やりは避けたいんだが、何か対処できそうな魔法はあるだろうか?」


 俺がこの世界に現れた場所は、会場の注目を集めるステージの上であったので、オークションに来ていた人たちにはバッチリと目撃されている。


 その後の追求をサイオンジ家がどうやって躱したのかは知らないが、現れた当人、つまり俺がのこのことやってくれば、その追及は激しくなるだろう。


「あら。それなら、ついさっき役に立ちそうな魔法を見せてもらったばかりよ。新しい戸籍は必要になるけど、絶対にばれないわ」


「ほう。やはり対処のできる魔法があったか。なくてもなんとかなるが、あればスムーズに事が進むからな」


「リリーナ様、なんだか嫌な予感がするのですが……」


「ふふ。マーリンには、小さくなってもらいましょう」



 ◇    ◇    ◇



「というわけで、魔法研究所は移動。マーリンとカエデは、私と一緒にターブラへ来てもらうわ。それとマーリンには、正体を隠すために小さい姿でいてもらうわ」


 研究所に戻ってきてのリリーナ様の発言に、皆大盛り上がり。どの部分で盛り上がったのかはあえて考えないようにした。


「そういうことになったんだね。エミリ君がいなくなってどうしようかと思ってたけど、なんとかなって良かったよ!」


 のん気にカエデも喜んでいるが、そんなんじゃ甘いよ? 俺が着替えさせられるとき、カエデもまた着替えさせられるだろう。


「私ももちろんマスターについて行きますわよ」


「え? フィーネは帰らないんですか?」


「いっぱいお話してくれると約束しましたわよね? 私はまだ満足していませんわ」


 そういう居残りみたいなのはありなんだな。確かに、やることやったらすぐに帰ること、みたいな召喚にはなっていない。まあ無理やり送還することはできるんだが、それをするほどのことでもない。


「別にいいわよ。むしろマーリン1人より、2人で姉弟としたら違和感がないかもしれないわね」


「マスターが私の弟ですの?」


 大精霊に兄弟とかいるんだろうか? そういう設定は聞いたことがない。同じ大精霊同士も、別個の存在という感じで、兄弟という感じではない。


「うふふ、弟ができるのは初めてですわ」


「フィーネがマスターと呼ぶのも改めないとね。マーリンとか愛称とか、呼び名を決めておきましょう」


「そうですわね。マー君と呼ぶことにしますわ。マスター、マー君になってくださいまし」


「今からですか? 移動するときになってからでもいいのでは」


「お父様にも紹介したいし、フィーネの予行練習にもなるし、いいんじゃない?」


「マーリン様、お着換えはこちらにご用意してあります」


 逃げ道がふさがれた上に、着替えまで用意されてしまった。ちゃっかり眼鏡まであるのは、さすがセレナさんだ。


「わかりました。大人しく小さくなります。……はい、これでいいですか?」


「フィーネ。姉というのは弟のお世話をするものです。私と一緒にマーリン様、いえ、マー君のお世話をしましょう」


「まあ! 弟というのは素晴らしいのね! マー君、この姉が着替えさせてあげますわ」


「そういうときは、自分のことを"お姉ちゃん"と呼ぶのです。マー君もそう呼んであげてくださいね。私のことは、セレナお姉ちゃんでいいですよ」


「そうなのね……。マー君、お姉ちゃんが着替えさせてあげますわ」


 すごい圧力だ! まさかセレナさんがこんなにもお姉ちゃんキャラだったとは。フィーネがどんどん染まっていく。至急援護が必要だ。リリーナ様、助けてください!


「リ、リリーナ様、研究所の規則違反では?」


「マー君のときは、私のことはリリーナお姉ちゃんと呼ぶように。規則よ」


 なんてこった……。



「ほう。マーリン殿がこんなにも小さくなるとは……」


「お父様、この姿の時は、マーリンではなくマーティンと呼ばなくては。愛称はマー君よ」


 新しく小さなマーリン用の戸籍が作られ、名前はマーティンとなった。マーリンと語感が近く、マー君の愛称も同じだ。


「そして君が」


「マー君のお姉ちゃんのフィーネですわ」


 フィーネも同様に戸籍が作られた。俺とは姉弟の設定で、家名はサイオンジ家の遠縁にあたるサイキョウとした。フィーネ・サイキョウとマーティン・サイキョウだな。


「報告は聞いていたが会うのは初めてだな。色々と協力感謝する」


「私はマスターに従ったに過ぎませんわ。それにマー君のお姉ちゃんですもの。マー君がいる場所を守るのは当然ですわ」


「そうか。食事に関心があると聞いた。サイオンジ家にいる間は、できるだけ希望に沿えるようにしよう」


「ありがとうございますわ」


「うむ。それにしてもマーリン殿、いやマーティン君の姿は見事なものだな。他の姿にもなれるのか?」


「これは直接自分の姿を変えるものですから、はっきりとイメージできなければいけません。私がとれる姿はこの姿だけですね」


「なるほど。欠点もあるのだな」


「変装の魔法と違い、実体がありますからね」


 実体があるからこそ、食べたり飲んだり普通の生活ができる。フィーネが飲食できるのも同じだな。


「これで問題は解決したわね。ターブラに戻ってからも楽しみだわ」


「もうしばらく根回しに時間がかかりそうだから、くれぐれも目立たないようにな」


「マーリンじゃないんだから大丈夫よ」


 ちょっとリリーナ様、それは一体どういう意味ですか?


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