第三十話 大精霊シルフのフィーネ
なんとか気力を振り絞ったリリーナ様に、サーレのあれこれを一通り説明し終わった。
サーレ側の策略は、三席が洗脳されていたこと以外は単純で、体内に爆弾を入れた文官を送り込んで爆発させるというもの。マップに敵対反応が出なかったのは、彼らがそれを爆弾と認識していなかったからだ。
元凶は一席。排除したので元と付くが。
さらに、後ろ暗いことを何も知らない十席に三席を洗脳させ、三席の敵意を隠していた。これは三席を従順にさせるというのが目的で、俺のマップを欺く意図はなかった。結果的にマップ対策として機能しただけだ。
そして時が来たら、十席に三席の洗脳を解除させ、三席が文官の体内の爆弾を爆発させる計画だった。
この一件で、俺のマップ機能の限界も見えてきた。本人にその気がなくても、誰かに利用されて攻撃に利用されることもある。あまり過信しないように上手に使っていきたい。
サーレでやらかしたことについては、カミヤワンへの道中で詳しくアクリティオ様に説明してある。リリーナ様の疑問点にいくつか答えて説明を終えた。
「はあ、出せない情報が多すぎるわね。お父様が頭を抱えるのもわかるわ」
言いながら、リリーナ様も頭を抱えている。
アクリティオ様も言っていたが、結果としては最上だ。サーレからの攻撃が根本からなくなり、悪さをしていた一席を排除し、賠償はこちらの思う通り。「※ただし国への報告を考慮しないとする」という注釈はつくが。
「いっそのこと、正直に伝えたらどうです?」
「一生中央の研究所暮らしになるけれどいいの?」
「……すみませんでした」
「マーリンなら抜け出すことは簡単だろうけどね。穏便に済ませるには、まだ根回しが全然足りないわ」
「ご迷惑をおかけします」
「いいのよ。忘れているようだけど、マーリンがいなかったら、私はここにはいないのよ? それにお父様もね」
確かにそうだ。2人とも俺がいたから良かったものの、いなかったら最悪の展開もあっただろう。
「神の思し召しというやつですね。何か手伝えることがあったら言ってください」
「マーリンが神というと冗談には聞こえないわね……。それと洗脳魔法だけは絶対にやめてよ。後でけちが付くのは目に見えているから」
「しませんよ」
俺の存在を認めさせようというときに、洗脳魔法を使っては完全に逆効果だろう。あとリリーナ様、洗脳魔法ではなく、友愛魔法ですよ、友愛魔法!
「マスター、お話は終わったかしら?」
俺の報告がひと段落した雰囲気を感じ取って、フィーネが話しかけてきた。
「どうしました?」
「私もお話したいですわ。船の中ではそんな暇なかったでしょう?」
「いいですよ。でも意外ですね。フィーネが話好きだったなんて」
「楽しいことは何でも好きでしてよ。それに前の世界では全然お話してくれなかったじゃありませんの」
「それは、すみませんでした」
これには心当たりがある。前の世界とはMFOのことだろう。単なるゲームだと思っていたので、わざわざ召喚体に話しかけたりしなかった。必要になったら召喚して、食事を与えて帰ってもらう。そんな感じ。
なんだか説明だけ聞くと、俺がめちゃくちゃ悪い奴に感じられるな。むしろ、そんな扱いをされても召喚に答えてくれたフィーネが良い精霊過ぎる。
「多少は事情を知っていますのよ。これからはお話してくれるというなら気にしませんわ」
「もちろんです。これからはちゃんとお話ししますよ」
「フィーネは昔のマーリンのことを良く知っているのね」
「そうですわ。小さい頃のマスターは可愛らしかったですわ」
MFOでは身長の小さいショタキャラだったので、小さい頃というのはそういうことだ。
それにしても、フィーネにはMFOの記憶がしっかりあるんだな。あと姿が変わっているのに俺がマーリンだということも分かっている。容姿はあまりいじっていないので、MFOのショタマーリンと似通った部分もあるが、成長度合いでいったらかなり違っている。どうやって判断したんだろう?
「話は聞かせてもらったよ!」
少し考え込んでいる間に、カエデが部屋に突撃してきた。そういえば、何か物足りないと感じていたのは、カエデがいなかったからか。
「君がフィーネ君ですね! 人間以外の知的生命体! これは歴史的偉業だよ!」
「あら。ずいぶん可愛らしい人間ですわね。誰かの子供でして?」
「対話をしている! ふおおお! すごいすごい! あと子供じゃないよ!」
カエデが遅れた理由は、ちょうど魔法の検証中だったからだ。切りの良いところまで検証が終わったので、こうして部屋へ突撃してきた。
「カエデといいます! あ、握手してください!」
「良くてよ」
「ふおおお! 手があったかい! しっとりすべすべ!」
「マスターと初めて会ったときも、こうして握手しましたわね」
「そうでしたか?」
「そうですわ。その後べたべたと体を触ってきたではありませんの」
「え? ……あっ」
思い出した。初めて召喚に成功した大精霊ということで、物珍しくテンションが上がっていろいろと触っていたような。決していやらしい意味ではないぞ?
「ちょっとマーリン、一体何をしてるのよ……」
「誤解ですよリリーナ様。少し腕力と魔力を確かめただけです。そうですよね、フィーネ?」
「あら、昔のことではっきり覚えていませんわ。うふふ」
はぐらかすフィーネはとても楽しそうだ。
「この人間の子供のように、ずいぶんはしゃいでいたのはよく覚えていてよ」
「マーリンにもカエデのような時期があったのね。……今もそうかしら?」
「小さい体で、とても可愛らしかったですわよ」
「降参ですフィーネ。あまりいじめないでください」
両手をあげて降参だ。フィーネとリリーナ様の相手をするのに、俺1人では分が悪い。
「小さいマーリンね。どういう感じだったのか気になるわね」
「今のマスターなら、簡単に前の姿に戻れますわよ。気になるなら、マスターに頼んでみることですわ」
「そうなの、マーリン?」
「いえ。小さくなるのは大きくなるのと同じように難しいですよ。フィーネの助けがあれば可能だと思いますけど」
「マスターは自分の力を過小評価しすぎですわ。ここに来た影響で、どちらかと言えば精霊に近い存在になっていますのよ」
なんだって? 衝撃の事実だ。
精霊というのは、魔力が受肉した存在と表現される。妖精もそれに近い。俺の体って、魔力が受肉したものなの? 科学的検査では人間と同じって結果だったけど?
「それは私も気になるね! フィーネ君、詳しく説明してください!」
「いいですわよ。精霊というのは魔力が主で、体が従。魔力が変われば姿も変わりますわ。人間はその逆で、体が主で魔力が従。だから人間の魔力は変わらず、ひとりひとり固有の魔力を持つのですわ」
「ほー! ということはフィーネ君の姿は自由自在というわけですね!」
「そうですわ。このように」
フィーネの姿が、サーレの一件で見せた神の使徒に変化した。ご丁寧に天使の輪っかと白い羽もある。
「ふおお! 一瞬で変化しました!」
「体が従となる精霊なら簡単にできますわよ」
「あ、元に戻りました!」
「自由にできると言っても、気に入った姿というものはありますのよ。私のこの姿は、マスターの好みですの」
なんて?
「へー、マーリン君はこういう女性が好みなんだね!」
今のフィーネは、着物を着ていれば大和撫子と言って問題ない姿をしている。
髪は艶のある濡れ羽色で、癖もなく腰までまっすぐのストレート。もちろん前髪はぱっつんだ。眉は太目であるが、やや垂れ目と相まって、そこまできつい印象は与えない。
ちなみに胸は大きい。
「どうしてそういうことになるんですか?」
「精霊の姿というのは召喚者の意識によって変化しますわ。つまり私の姿は、マスターが無意識に望んだ結果でしてよ」
「うそだ!」とは言いづらい。実際そういう設定はあった。初めてフィーネを召喚したときは、なんとなく日本人っぽい精霊がきたら面白いな、くらいの気持ちで召喚していたはずだ。
「それでも好みとは」
「マスターは、私のこの姿がお嫌いですの?」
「それは……、嫌いではないですが」
「それではお好きですの?」
「うっ……。好ましいと思っていますよ」
「うふふふ」
「マーリンの好みは後でしっかり確認するとして、マーリンが精霊に近いという説明を続けてもらえるかしら?」
「そうですわね。好みはあとでしっかりマスターに確認することですわ」
後でしっかり確認されるのか。
フィーネによると、俺の魔力が人間の枠を超えて高まったことで、精霊に近い存在になったという。つまり神様の仕業だ。
それでも元々は人間なので、普段は普通の人間と変わらない。変わるのは、体を魔力に変換する際の抵抗だ。精霊に近いので、ほとんど抵抗なく可能で、さきほどフィーネがやったように魔力の形を変えることも容易になる。
「ずっと姿を変え続けるといったことは難しいでしょうけれど、1日2日なら何の問題もなくてよ」
「これは実践してみるべきだよ! マーリン君、やってください!」
「問題がないなら見てみたいわね。どうやって姿を変えるのかしら?」
「どんな姿でもマーリン様への信仰は薄れません」
「やってもいいですが、面白いものでもないと思いますよ。セレナさん、いいですか?」
一応セレナさんへ確認をとる。ここでセレナさんのストップがかかれば、皆も諦めてくれるだろう。
「周りへの被害がなさそうですし、問題ありませんよ。フィーネ、大丈夫ですよね?」
「もちろんですわ。未熟な者なら魔力を爆発させることもあるかもしれませんが、マスターはそんなことしませんわ」
「爆発……、そういうこともあるのですか」
「もしもの時は、私が抑え込みますわ」
「そんな素人のような失敗はしませんよ。セレナさんの許可も出たので、やってみますね。変化する姿は、フィーネの知っている小さい姿でいいんですね?」
「私はどんな姿でもいいよ!」
「そうね。小さいマーリンになってもらいましょうか」
「わかりました。少し離れていてください」
体を魔力に変換する過程は魔法ではない。純粋に魔力を制御する技術なのだ。したがって、極論すれば神言を1つも覚えていない魔法使いでも可能である。
ただ難易度が著しく高いので、先ほどフィーネが言ったように魔力を爆発させたり、そもそも魔力に変換できなかったりする。
普通は精霊やそれに近い存在に手助けしてもらうのだが、今は俺ひとりだ。魔力を内から外へ、外から内へ循環させ、体内を魔力で満たす。限界を超えて魔力を満たし、それを無理やり体へと押し留める。
順調に魔力への変換が進み、小さなマーリンーー、MFOのマーリンの姿を思い浮かべる。




