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第二十九話 やらかし

「すまない、もう一度最初から説明してもらっていいかな?」


「え? ええ、かまいませんよ。あっそうだ、今回の会談について、すべての条件をのむとの書状も貰っています」


「……はぁ」


 せっかく準備をして会談に臨んだのに、その準備が無駄になったものだから、アクリティオ様ががっくりしてしまった。すべての条件をのむと言っているので、やってきた文官たちもやることがなくなってしまったな。


「いや、そうではない。そうではないがまあいい。結果としては最上だ」


「そうですか? では説明しますね」


「ああ、頼む」



 三席に友愛魔法をかけた後、俺とフィーネはサーレの首都惑星へとテレポートした。その時についでに十席も回収して洗脳し、一緒に連れて行った。


 三席の記憶を頼りにテレポートした先は、大司教たちが集まる建物だ。ちょうどその場にいた四席から八席までを洗脳し、使いに出ていた九席の帰りを待って同様に洗脳した。


 残りの一席と二席は、それぞれ個人用の執務室にいたところをアイちゃんが発見したので、そのまま洗脳してフィニッシュだ。


 あっ、洗脳ではなく友愛魔法だった。


 そして"元人間"の居場所、もといアクセス方法は一席が知っていたので、そちらも友愛魔法を試してみたところ、ばっちり友愛に成功したので俺たちのミッションは成功した。


 あとは教義を修正して、不正をしていた一席を排除したり、サーレ神聖王国中にワールドチャットを利用して布告したり、王国と名が付くのに王が不在――正確には"元人間"が永世王だった――は恰好がつかないので王にならないかという提案を蹴ったりした。


「……はぁ」


 おかしいな。2回目の説明を終えても、アクリティオ様ががっくりしたまま戻らないぞ。


「やはりあれはマーリン殿だったか。……はぁ」


「どうしました?」


「サーレで行った布告だが、あれはサイオンジ星系まで届いていた。それどころか、首都惑星を超えてクレイトス帝国の反対側まで届いていたそうだ。ははは、もしかすると世界全体に届いていたかもな」


 これは……、やばいな?


 布告に使用したワールドチャットは、ゲームシステム能力の一部であるチャットで最も範囲の広いものだ。ちなみに広い方から、ワールド、地域、勢力、グループ、個人ウィスパーがある。


 神の使徒としての神秘性を演出するため、国全体に布告する必要があり、遠慮している場合でもなかった。そのため最も範囲の広いワールドチャットを使用したのだが、範囲が広すぎたみたいだな。


「ま、まあ特に問題のある発言をした記憶はない……、ない、と思うので、大丈夫でしょう」


「そうだな。神の存在が明言されたり、エル・サーレ教の不正が暴かれたり、サイオンジ家が襲撃されていたことが明るみになったりしたが問題はないな」


「……すみませんでした」


「いや、大人げなかったな。これは愚痴みたいなものだ。大勢には影響しない。逆に、国に入り込んでいるサーレの者に、個別に対処する必要がなくなったとも考えられる。国全体で見れば良い手だった。私は国へ報告しなければならないことが山積みになるだろうがな」


 サーレとの会談が事実上なくなった代わりに、国へ報告しなければならないことが特盛になった感じだ。準備の手間があったことを考えると、会談がなくなったことは逆にマイナスだったとも言える。つまり仕事はまったく減っていない。


 これに関しては俺に手伝えることは何もない。お詫びも兼ねて回復魔法でもかけておくか。


「さて、会談に来ていたサーレの者はすでに国へ帰ったのだったな」


「ええ。布告の範囲がここまで広いとは思っていなかったので、一時的にサーレへ移動させました。そのまま国に残るとは思いませんでしたが」


 会談に来ていたサーレの文官たちは俺がテレポートでサーレに移動させた。会談を少しでも有利にしようと、布告を聞いてもらおうと思ったのだ。


 その結果、白紙委任状とも言うべき書状をアクリティオ様に提出することになった。彼らからすると、神の意思に反して行ったことに対する恐怖があったのだ。


「我々も一度カミヤワンに戻ることになるだろう。会談はサーレが落ち着いてから日を改めて実施する」


 延期して実施となると、またスケジュール調整やら警備やらで仕事が増えるな。本当に申し訳ない。


「カミヤワンへ戻るのでしたら、私が魔法で運びましょうか? 宇宙船も一緒に、一瞬で移動できますよ」


「……いや、考える時間が欲しいから、それはやめておこう」


「そうですか……」


 いやもうなんか、本当に申し訳ない。回復魔法をかけておきますね。



 ◇    ◇    ◇



「戻ってきたわね」


 昼食を食べて、ゆっくり通常速度で戻ってきた俺たちを、リリーナ様が出迎えた。ちょうど会談へ出発したときと同じ恰好だ。


「ただいま戻りました」


「さあ。何をやらかしたのか、洗いざらい吐いてもらうわよ」


「そうだな。詳しい聞き取りはリリーナにまかせよう。私は今日はもう休むとする」


「お父様がこんなになるなんて……。よっぽどのことをしたのね」


 ひどい決めつけだ! でも間違いとも言い切れない。カミヤワンに戻る間もせっせと報告書を作成していたアクリティオ様は、到着する頃にはしなしなになっていた。


 さすがにこのままアクリティオ様を放置するのは気がとがめたので、カーバンクルのクルちゃんで癒されてもらおう。俺はリリーナ様の事情聴取があるからな。


「クルちゃん。アクリティオ様についていってあげてください」


 小さくうなずいたクルちゃんは、リリーナ様の後ろに控えていたセレナさんの肩から飛び降りた。


 地面に着くころにはクルちゃんの体は大きくなり、体高が人の腰の高さを超えるほどになっていた。小さいだけのクルちゃんではないのだ。


 同じく大きくもふもふになった尻尾は、それ自体が体と同じくらいの大きさがある。そのもふ尻尾を器用に動かしてアクリティオ様を持ち上げると、優しく自分の背中に乗せた。


 ピンと上に伸びたもふ尻尾が背もたれとなり、クルちゃんの背中に座るアクリティオ様はフルもっふだ。そのままもふ尻尾に包まれて、静かに遠ざかっていった。


「何あれ……」


「クルちゃんの尻尾はもふもふですからね。アクリティオ様も癒されることでしょう」


「そう……」


「お嬢様、気をしっかり持ってください。これからマーリン様のやらかしを聴取しなければなりませんよ」


「そうね……。よし、研究所へ行くわよ」


 セレナさんからの激励を受けたリリーナ様に連れられ、魔法研究所へと移動した。


 クルちゃんが大きくなったのがそんなにショックだったのかな? 精霊や妖精が大きくなるのは、常識の範囲内だと思っていたが、そうではないようだ。


「まずはそうね、クルちゃんが大きくなったけど、マーリンも大きくなったりできるの?」


「私がですか? さすがにできませんよ。精霊ではなく、普通の人間ですからね」


「そうよね。あなたから"普通"なんて言葉が出てくるのは違和感があるけれど、普通できないわよね」


「ええ。体を魔力に変換して、その上でならできますが、そのままだとさすがに無理ですね」


「……できるんじゃない」


「お嬢様、始まったばかりですが休憩にいたしましょう。マーリン様も少しは常識というものを知ってください」


「わかりませんが、わかりました」


 いやさすがに俺だって簡単に体を大きくしたりはできない。体を魔力に変換するのだって大変だし、それを維持するとなるともっと大変だ。召喚した大精霊に協力してもらって、時間をかけてなんとかできるといった感じ。


 大きくなるメリットはほとんどないので、大道芸の一種としてお祭りなどで披露されたりしていた。インパクトだけはそれなりにあるからな。


「甘いお菓子もご用意いたしました」


「やけ食いなんてしたくないけれど、そんな気分ね」


 テーブルにはお茶とカラフルなお菓子が並んでいる。昼食を交易ステーションで食べてからゆっくり帰ってきたので、おやつの時間としてはちょうどいい。


「これがマスターの今の世界のお菓子ですのね。前のよりよほど美味しそうですわ。うん、美味しい。あら? どうしたんですの、みんな固まって。遠慮せずに食べてはいかが?」


「あっ。フィーネ、勝手に姿を表してはダメだと言ったでしょう」


「それは魔法を知らない者の前での話でしょう? ここにいる人間たちは魔法を知っているのだから、何も問題ないわ」


「マーリン様、その方はどなたでしょうか? 先ほどまではいなかったはずですが」


 少し警戒心をにじませてセレナさんが問いかける。


「あなたがセレナという人間ね。私は大精霊シルフ、名前はフィーネよ」


「あー、セレナさん、フィーネの言う通りです。彼女は私が召喚した大精霊シルフです。サーレへの対処を少し手伝ってもらいました。対価として、食べ物を提供することになっていたんです」


「だからこうしてお菓子をいただいているのですわ」


 大精霊の召喚は、他の精霊や妖精の召喚とは少し事情が異なる。要求と対価を提示し、応じても良しと大精霊が判断したならば召喚が成功する。召喚者と被召喚者ではあるが、あくまでも立場は対等なのだ。


 この大精霊シルフーー、フィーネは、だいたい食べ物で釣れば召喚が成功し、俺の火魔法との相性も良かったことから、MFOのときから良く召喚していた。


 対等な立場であるのに、彼女が俺のことをマスターと呼ぶ理由はわからない。口調の割にお調子者なところがあるので、特に意味はないのかもしれない。


「フィーネ様とおっしゃるのですね」


「フィーネでいいですわ。それより、このお菓子は他に種類はないのかしら?」


「お出ししますね」


「ありがとうですわ」


 ちゃっかり席を確保して、追加のお菓子を要求するフィーネ。他の皆がまだ固まっている中で動けるセレナさんもさすがだ。


「リリーナ様、報告が遅れましたが大精霊シルフのフィーネです。食事の費用は私のお給料から引いておいてもらえますか?」


「食事の費用なんてそんな小さなことはどうでもいいのよ……。はぁ、私もお父様と同じように、今日はもう休んだらだめかしら?」


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